第八話・工芸品の裏側

”キーンコンカーンコーン”授業終了の鐘がなった。


 この授業中、私は完璧な学生を演じてはいたが、さっきの事で一杯で、何も頭に入ってこなかった。


 いつもの”リリス”の行動パターンならこの時間私は食堂に向かい、同級生たちと食事やおしゃべりをするはず。でもさっきの職員室での選挙辞退の騒動を何人かは聞きつけていると思う。こんな状況で食堂に行くなんて絶対に良い選択じゃない。だから同級生たちに見つからないよう、私はいそいそと教室をあとにした。


 「リリスさん、一緒に食堂に行き・・・。れれ?」


 「リリスさんは今日何か用があったのかな?」


 いつもリリスを誘う同級生たちはあちこち探してみたが見つけられなかった。


 学校はとても広く、食堂の他に、庭園で食事をする人もいる。この人たちは普通教室から近いところに集まって、食事の後すぐに戻ってこれるようにしている。だから庭園の教室から遠いところは誰からも話しかけられることのない場所になる。


 バラ園はまさにそのような場所だった。珍しいバラを育てているところは週末、恋人たちにとって格好のデート場となっているが、しかし遠いために昼食の時間にそこに行く人はほとんどいなかった。


 私はバラ園へ入っていき、その中にある東屋に座った。


 すっとスカートのポケットから包まれたケーキを取り出した。そして静かに、できるだけ音を立てないように食べ始めた。


 何か飲みたい・・・


 いつも食堂で昼食を食べるのがリリスの日常で、かつて例外はなかった。だからケーキを昼食にしたこともなく、水や紅茶の用意などしていなかった。しかも今水を飲みたいと思っても、教室から一番遠い東屋ではどうすることもできない。言うまでもなく、一度食堂に戻ってしまったら、同級生たちの質問攻めから逃れられない。


 このケーキは本当はとっても美味しいに違いないのに、飲み物がないのでとても飲み込めたものではない。


 食べにくい・・・でも朝食も食べてないし、お腹はとても空いている。しかも昨日の夜はずっと泣き通しで、もう気力も限界。もし今このケーキを食べなかったら、きっと下校時間までもたない。


 それと、この昼食時間を有効に使って、さっき職員室で起きたことをよく思い出さないといけない。


 「・・・・・・・・・・・・」生徒会長選挙に向けて努力しなくちゃいけない私から辞退の申し出を聞いた教授たちは、きっととても失望したでしょう・・・。


 これは”リリス”がすべきことではなかった。


 最初からよく考えるべきだった。会長選に出るかどうかは、死に戻る前の不幸とは関連がない。ただ私がわがままだっただけだ。


 ・・・・・・・・・


 なんとか思い出すのをやめ、選挙のことに考えを集中させる。


 大丈夫、生徒会長に当選したとしても、殿下から距離を置くようにすればいいんだから・・・。


 そうすれば、殿下のために私が傷つくこともないから・・・


 頭の中で数え切れないくらい何度も自分自身を説得しようとした。


 でも心の中の気持ちは、どうにも抑えられなくて、涙となって頬を滑り落ちた。


 人に聞かれないよう椅子にしがみついて泣いた。


 死に戻る前の牢屋の、絶望の中の絶望とは違う。


 今度は、自分の目で自分が消えるのをすべて見なければならない。


 今度は、自分の手で自分が手にしていたものすべてを葬らなければならない。


 苦しい、辛い、嫌だ。


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 「殿下!たった今リリス様のことについて耳にした事があるのですが・・・」とナミスが入ってきた。


 「すでにそのことについては話したはずだ。この件についてこれ以上話すことはない。小細工などいらない!」カシリアはやや怒声まじりに言った。


 「いえ、そうではありません、殿下。評議会の成績が出て間もなくのことです。リリス様が職員室に入っていき立候補の取り消しを願い出ているのを聞きました。」


 「!!!!???ナミス!!貴様コソコソと何をした!!」カシリアは怒鳴った。


 「そんな馬鹿なことがあるものか!私がリリスのことを知らないとでも思っているのか!?先日あの完璧な演説をやってのけた女が今日突然諦めただと!?私を謀るなナミス!答えろ!一体何をした!」


 カシリアはナミスに近づき怒鳴りつけた。


 「殿下、落ち着いてください」ナミスは落ち着いて少し下がった。


 「本当に私は何もしておりません。そしてリリス様は確かに辞退を願い出ましたが、しかし教授方は説得していました。あの演説から今日まで何があったのかはわかりかねますが、私の見たところリリス様は情緒不安定に陥っておられます。殿下にとっては良いことかと。」


 「リリスに限ってそんなことはありえないな」カシリアは信じられないといった様子で、「つまりあの完璧なリリスが今、心に問題を生じたと?ありえない。もし母君のことが原因であるなら、演説のあの日に異常を見て取れただろう、決して今日ではない。」


 カシリアは全く持って信じようとしない。


 「まさか父王の意思では!?」


 「それはありません。これは陛下のやり方ではありません。」ナミスは冷静に答える。


 「わかっている。しかし絶対にリリスのやり方でもない。あの女は絶対に途中で投げ出したりせないことを私はよく知っている。やはり解せない。直接聞いてみるほかないな。」


 カシリアは思案の後、真相を突き止めることにし、すぐに皇室用休憩室を出ていく。


 「現在昼食の時間です。彼女は食堂かと。」ナミスは付き添いつつ助言をした。


 それを聞いたカシリアはさっそうと食堂に入り、部屋の隅々までリリスを探した。


 おかしい、いつもならリリスはここにいるはずだ。俗な貴族子女に囲まれて、動く社交場を成しているはず。しかし、今日は見たところそのような集団がいない。この普通ではない光景は、カシリアを混乱させた。


 「あっ!カシリア殿下、お食事に来られたのですか?ご一緒させていただいてもよろしいですか?」


 「カシリア殿下、今度の生徒会長選、私はずっと殿下を支持しています。私は・・・」


 「カシリア殿下・・・」


 媚を売ってくる貴族たちが、カシリアを見つけるとすぐに、少しでも印象を残そうと色々と声をかけてきた。


 「・・・・・・」カシリアは軽蔑の目で彼らゴマすり貴族を睨みつける。実に嫌な奴らだ。


 食堂の前を通るといつも必ず貴族たちの視線を集めるので、あまり食堂には近づかないことにしていた。


 王族である以上、カシリアは常に上流階級の社交場に出なければならない。だから貴族たちと相対する経験も十分に豊富だった。


 王族は貴族と同類には違いないが、しかしカシリアは貴族たちの人に対する態度をどうしても好きになれなかった。


 媚を売ってくる貴族たちは、目上の者にむかっては、笑顔と愛想をふりまき、相手の好感を得ようとする。しかし目下の者を見つけると、すぐに笑顔はなくなり、傲慢な態度で社交場から追い出しにかかる。


 このような口先だけの、権力と名誉のためだけに生きている貴族を、カシリアは心底嫌っていた。


 奴らにリリスの爪の垢でも飲ませてやりたい。


 リリスはカシリアが見た中で最も素晴らしい貴族の一人で、すべての人に対して貴賎に関係なく向き合う。王族に対しても同じで、カシリアと対するときでも、卑屈になったり傲慢になったりすることはなく、どんなときでも完璧な貴族というものを見せてくれる。あのような自己の欲望ばかり見せつけてくる貴族とは明らかに違う存在だ。


 カシリアにとってリリスは、確かに完璧であった。しかし完璧とは心を込めて作り上げた芸術品でしかない。”満点”は一般の学生を熱狂させる。しかし常に”満点”であるリリスは、それが普通になり、人々にとって”あたりまえ”になってしまう。


 最も優秀な答え、最も優秀な行動が、カシリアには優秀すぎて面白みが感じられない。


 このように思っていたので、今日のリリスの異常な行動がカシリアには殊の外気になった。


 貴族を侮蔑する気持ちを抑えつつ、貴族たちに尋ねた。


 「リリスがどこにいるかしらないか?探しているのだが。」


 「リリスさんなら今日は体調がよくないようでしたよ。」


 「そうそう、いつもならリリスさんとご飯を食べるんだけど、今日は授業後すぐにいなくなったわ。」


 「それに今日リリスさん遅刻したのよ。初めて見たわ。」


 貴族たちから色々と反応が返ってきたが、簡単に言えば”今日のリリスは確かに普通ではない”ということだった。


 公爵殿の愛妻が亡くなって一か月間ほどだが、この明らかな異常は、あの何をやっても完璧なリリスが、この時期に陥るべき失態ではありえない。


 何が起きたかは定かではないが、なんとしても彼女を捕まえて聞かねばならない。


 「そういえば、リリスさんによく似た人がバラ園の方へ行くのを見た気がします。」


 その中の一人がためらいがちに言った。


 「バラ園?それはリリスにはふさわしくない場所だな。」カシリアは冷たく問い返した。


 「も、申し訳ございません。はっきりと本人を確認したわけではありませんので・・・」貴族は慌てて答えた。


 「・・・わかった」カシリアはそう言うと、身を翻して食堂を出ていった。


 リリスは昼食時間にいなくなり、そしてなんの手がかりも得られなかった。


 授業が始まればリリスが帰ってくることはわかっているが、それでは遅すぎる。早く何が起きているのかを明らかにしたい。


 「ナミス、お前はどうおもう?」


 「日頃リリス様とよく一緒にいる貴族の少女に聞いてみましたが、やはりリリス様がどこへ消えたのかは知らないそうです。」


 「・・・。しかたない、まず校舎内を探してみよう。」


 「御意」


 「正門から左側をお前に任せる、私は右側を探す。」


 右側は校舎の外れで、バラ園もそこにある。この手がかりには希望を持っていなかったが、どんなに小さな手がかりでもはっきりさせた方が良いだろう。


 カシリアは西の方を見回しながら、ゆっくりとバラ園へと入っていった。


 突然、目の前に雪のように白い人影をみた。


 整った制服、優雅な歩き方、髪が舞い超然とした姿。


 間違いなく、これこそ今日突然にいなくなっったリリスその人だ。


 バラ園は教室から最も離れた場所にある。リリスはここで一体何をしている?


 合理的な答えを見つけられないが、しかしこれはリリスの行動には全くふさわしくない。


 強い好奇心に襲われ、静かに後をつけ、その秘密を観察することにした。


 リリスは静かに東屋に座り、スカートからケーキを取り出し、そしてゆっくりと食べ始めた。


 これはどういうことだ??????食堂にいかず、こんな遠いところまできて、ただケーキを食べている?


 進み出るべきか?カシリアはそれほど我慢強い方ではない。しかしこのあまりにも普通ではない光景に、カシリアはすぐに判断をすることができず、そう遠くないところで隠れて見守るほかなかった。ちょうど頭を下げていたリリスはカシリアを見つけることができなかった。


 ・・・・・・・・・時間は静かに過ぎていくが、リリスはずっと同じ姿勢のままで、まるで時間の止まった庭園の芸術品のようになっていた。


 !!!!!!!!!!!!!!


 この広いバラ園はとても静寂だった。たまに風に揺れる草木の音以外何も聞こえなかった。ただ一つ、リリスの涙が地面に落ちる音を除いては。


 自分の感情を押さえるように、リリスは強く自分の体を抱きしめ、泣き声を噛み殺し、しかしその苦痛は顔にはっきりと現れていて、手の中のケーキは握りつぶされてしまっているようだ。この静かな庭園に泣き声は聞こえてこないが、涙はその精気のない目からとめどなく流れ出し、地面に落ちるポタポタという音が東屋に響いていた。


 ・・・・・・・・・!!!!!!!!!!!!


 あれは・・・リリスなのか!?

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