第七話・期待は裏切れない

 決意した私は、指導室へ一直線。今こそ、担任教授に学生会会長の申請を撤回をしなければーー


 「リリスさん?あら、ちょうどいいところに来ましたね。」


 声をかけようとした私は、先に担任に声をかけられてしまった。


 「先ほど、庭の掲示板に貼られた演説選挙の結果、見ました?王子殿下とはたった9パーセント、わずかの差ですね!」担任は物凄く興奮しながら笑っている。


 期待されている。


 「この9パーセントの差は、他の者にとっては致命的な差になるでしょうけど、リリスさんならこの程度は問題ないでしょう。後は王家テストを普通にこなせば、必ず勝つと思いますよ。そうするとリリスさんが学院設立以来数百年の歴史を破り、初めて王族を抑えて、学生会会長になる人になります!」


 担任の笑い声が、鋭く私の心に突き刺さり、胸が痛くなる。


 ええ。その通り。


 王族を越え、今まで誰も辿り着けなかったところまで来た私は、公爵家に無上の名誉をもたらし、教授らと学院の実力の証明にもなる。


 前世の私は、学生会長として社交界の動きをすべて支配していた。父上も大変うれしそうだった。


 天国の母上も喜でくれたはず。


 ・・・・・・


 でも、今回はやめなきゃ・・・


 王子殿下との接点を切らないと・・・


 不自然な作り笑いと、何か言いたげな私に、担任教授が気付いたらしい。


 「ところでリリスさん、今日は何のご用件ですか?」


 「褒めていただき、誠にありがとうございます。実は今日は・・・学生会の選挙を辞退しようとーー」


 「な、なんですって!?」私の発言に驚いた担任教授は大声で叫んだ。


 「ど、どういうことですか?」


 「リリスさんに何かありました?」


 担任教授の叫び声で、他の科目の教授も集まってきた。


 「そ、それは、国王陛下から何か言われたのですか?」


 「リリスさん、ここは王家学院ですが、例え国王陛下でも、王子殿下を優勝させるためにリリスさんに辞退させるなど、私たちが見過ごすことはできません。」


 「そうですよ、ここは今までずっとラミエル侯爵家が守ってきた神聖な学術系学院、例えそれが国王陛下の意思でも、公平なる学院のルールに干渉させるわけにはいきません。」


 「その通りです。全く心配しなくていいですよ、リリスさん。」


 教授たちは何か勘違いしたようで、私が心配しないよう説明している。


 もちろん私もわかっている。


 ここは長い間、頭の固いラミエル侯爵家が厳しく管理している場所。王家学院という名ではあるが、王族の者に媚を売るような行動は一切なく、潔い学術系学院として世界中に知られている。


 それがために、周辺国の王族も、王子をここに通わせることがある。


 「違います。私自身の都合で、もう学生会会長の適任者ではないと判断しました。ご期待に沿えずすみません。」


 「リリスさん・・・」


 「そんなこと、ありえません・・・」


 説得していた教授らが一瞬に口をつぐみ、気まずい空気が指導室を漂い、私の動きを固めた。


 つらくて心が痛い。完璧な笑顔も罪悪感で崩れそうになる。


 「リ、リリスさんってそういう人ではないはずでしょう?例えお家の事情があっても、頑張って乗り越えて前へ進もうとするのが、リリスさんのあるべき姿だと思います。」


 沈黙を打ち破ったのは、担任教授だった。


 「そ、そうですね、過去はいくら後悔しても取り戻せませんよ。今こそ、未来を見て歩むべきだと思います。」


 「リリスさんの前回の演説も非常に素晴らしかったですし、今回の王家テストも絶対に問題ありませんよ。」


 だ、だめ・・・動揺してはいけない・・・


 ここは、王子殿下との接点を切らないと・・・


 私から恋をしなければ・・・


 「す、すみません。やはり私は・・・」


 心が乱れてしまい、言葉に勢いを失って気弱になった。


 「リリスさんは、もう子供ではありませんよ。」


 「・・・!?わ、私はただ・・・」


 担任教授の衝撃的な発言で、私は、びくっと体を引きつらせた。


 「公爵様の唯一の継承者として、リリスさんは将来家を継ぐために、いろいろと頑張らなければならないことがあるでしょう?もしリリスさんが学生会会長になれれば、きっと公爵様も亡くなったサリス様もお喜びなさるはずです。」


 「・・・!!」父上と母上の話を聞いたら、もともと不安定だった心が、ついに耐えられなくなった。


 「そうですよ、一生にたった一度のチャンスですよ、ここから逃げたら公爵様も悲しむでしょう」


 「私にも、リリスさんと同い年の子がいます。もしリリスさんと同様なことが起きたら、私もやはり心の奥から娘に頑張ってほしいです。」


 「自分の子が立派な成績が取れた瞬間こそが、親として一番うれしいときですよ。」


 「わ・・・私は・・・」


 そ、そう・・・前世の不幸は、自分のわがままと傲慢さが引き寄せたもので、すべては私のせいだった。例え学生会会長になったとしても、王子殿下に恋をしなければそれで済む・・・


 「わ、わかりました。私、もうちょっと頑張ってみます。」


 「いえいえ、リリスさんがわかってくれたのなら、私たちも大変うれしいです。では今日のお話は、聞かなかったことにします。」


 「あ、ありがとうございます。」


 力なく笑って感謝の意を示しながら、私は重い体を動かし、うろたえる姿を必死に隠して教室に戻った。

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