第六話・工芸品
王家学院はメニア王国で一番有名な学術系学校であり、王都に設置されていて、一日かけても回り切れないほどキャンパスが広く、演習や研究のための広大な施設を多く持っている。
ここには全国選りすぐりの教授が集まっていて、むろん学費も相当に高く、入学テストも極めて厳しく、学術も身分も評価される貴族向けの一流学校。よってたまには成績の抜きんでた庶民も奇跡的に入学できたかもしれないが、基本的にはほとんど貴族の子女であった。
馬車は風のように走った。けれどやはり時間はあまりにも足りなくて、遅刻することになった。しかし貴族として廊下を走ることは許されず、教室へは早足で向かうことにした。
教室に辿り着いた時には、既に授業が始まっていた。
「今日は用事があって遅くなり、皆さんに迷惑をかけて申し訳ない。」
お詫びに少し腰を折り曲げた私を、教授は微笑みながらも優しく見つめている。
「リリスさん、気にしなくてもいいですよ。近頃は家のことできっと大変なんでしょうね。皆さんもきっと理解してくれると思います。用事があれば、たまには体を休ませる必要もありますよ。」
「ご理解、ありがとうございます・・・」
教授から入室許可を貰って、私はゆっくりと自分の席に腰を下ろした。
確かに教授の言う通りかもしれない。前世に一度聞いていた授業を、わざわざ二度もまじめに聞く必要はない。どうせすべての内容はしっかりと覚えているのだから、体調不良の言い訳で休んでも構わない。
けれど、そういうわけにはいかないのが、私だった。
最優秀貴族と呼ばれて貴族の手本とされた私は、当然遅刻したり授業中だらだらと他のことをしたり、適当な言い訳で授業をさぼったりするわけにはいかない。私自身の評価に関わるし家族の名誉にも響くだろう。
それにやらなければならないことがある。
今日を以て、王子殿下との接点を断つ。つまり、学生会の入会申請を撤回すること。授業を聞くふりをして申請撤回の理由を必死に考えている。あんまりにも突如過ぎて、今までの私の行動とは全く正反対で、教授に理解してもらうどころか自分でも納得できる理由は思いつかなかった。
家での事情で、もう会長にはなれないという言い訳は通じないと思う。
なにせ私は、母上が亡くなってからも冷静に学生会会長の立候補者としてほぼ完璧な演説をすんなりと成し遂げた。 この演説を以て、私よりもはるか権力と影響力のある王子殿下とほぼ同じ点数を取った。
少々負けているけど、最終的な勝負は、第二段階の王家テストで決められる。そこでは前世に一度やった問題をもう一度やるだけだから、きっと圧倒的な点数で勝負どころではない。とはいっても王家テストは公爵家の名誉にも関わるし、もしわざとあっけなく負けると王子殿下を侮ることになるから、そういうわけにもいかない。
最も妥当なやり方として、やはり教授たちに事情があるからと会長の立候補を取り消してもらうしかない。
でも言い訳が・・・何と言ったらいいでしょう。死に戻ったばかりで頭がまだぼんやりとしてまともに考えることができない状態。だけど考えられる時間はもうそれほどない。早く撤回しないと手遅れになる・・・
まだ混乱している中、授業が終わる鐘が響いた。
「リリス様、前回の演説はとても素晴らしかったです!ぜひ応援させていただきます。」
「そうですよ!私たちもリリス様に投票しました。王子殿下を相手に怯えないリリス様の姿は本当にまばゆく輝いてて、これからもリリス様にすこしでも近づけるように私も頑張ろうと思います!」
「そうですよ!私たちはずっとリリス様の味方です!」
「リリス様、お昼はーー」
授業が終わると取り囲んでくる貴族少女たち。親切に声をかけてくれた彼女たちの見慣れた微笑みから発せられた言葉は、ただ私が公爵令嬢だからの社交辞令か、それとも単純に私が優秀だから慕っての本音かは、正直わからない。
けど、ごめんなさい。私はもうあきらめなければ・・・・・・
「ごめんね、今日は用事があるから、お昼は一緒にできないわ。また今度」
急いで彼女たちの話を打ち切ると、教室から出て行った。
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王家の休憩室で、第一王子であるカシリアは頭を抱えてひどく悩んでいた。
「殿下、前回の学生会会長立候補の演説、結果が出ました。」
目の前で話しているのは、カシリアより二つ年上で、しっかりと鍛えられた肉体と端正な容姿を持つ、ナミスという男。彼は文武両道の騎士団の中でも、抜きんでた情報収集能力があり、カシリアの補佐官と親衛隊隊長という重役を務めている。
今回も立派に早めに結果を調べていた。
たった5名の学生会会長の立候補者で、当たり前に関心と期待を集める王族である自分の支持率は52%。最優貴族と呼ばれる公爵令嬢であるリリスの支持率は43%、残りの三人で5%。この支持率は点数に変換され、第二段階の王家テストの最終成績に加算される。
総合点数で1位取った人は、学生会の会長になり、2位は副会長、3位は書記。残りの人は、それぞれ幹部に配属される。
王家テストというのは、普段学院で勉強してきた内容よりもはるか難しく、数学、地理学、歴史学、文学、政治学、軍事学など、貴族にとって必要なものだけではなく、統治者に求められる様々な知識が全面的に出題される。
王族で第一王子ということだけで、自然と何らかの利益を求めて近づいてくる貴族らは、決まって王子に投票するだろう。まして王家テストの問題も圧倒的に自分に有利で、貴族とは楽に点数に差をつけられる。だから古今東西、王子たるものは必ず圧倒的な優勢を以て、学生会会長になる。
そのはずだった。
「殿下、慎重に慎重を期しまして、王家テストの内容を少し調整をしたほうがいいでしょうか?」
慎みながら口を開いたナミスを、カシリアは無表情で見つめる。
それは、いかさまをしたほうがいいという意味。
「・・・・・・ナミス、おまえも9点も上回った私がリリスに負けると見込んでいるのか?」
「・・・・・・」
ナミスは黙った。
カシリア自分も、それがくだらない質問だと思った。予め優勢を占めているこの結果を知ったところで、最初から勝算は何一つないという事実は明白だった。
王族たるものは、何よりも貴族より優秀でなければならない。
だからこそ、幼い頃から、毎日それぞれの学科の最も素晴らしい教授から厳しくトップ教育を受けてきたカシリアは、将来国を支配するための経験を積むために学院を支配するチャンスを手に入れる必要がある。
それなのに、カシリアは、学院に入って初等部の頃から、どの学科でも一度たりともリリスに勝ったことはない。
何があろうとも、リリスは圧倒的な成績を取って勝つ。そして永遠に勝ち続ける。すでに見慣れた風景になった。
「今回だけは、勝てると思っていた。」
学生会の演説が始まる前に、リリスの母親が亡くなったそうだ。
情報によると、リリスは母親であるサリスを深く愛していたそうだ。だからサリスがなくなったことに、リリスは必ず大きなショックを受け、調子を崩してしまうはずだった。
されど、リリスは全く影響を受けていないかのように、完璧に演説していた。正直、第一王子という身分での影響力がなければ、とっくに負けてしまっている。
「リリスか・・・本当に、感情のない化け物だ。」
「全く人間性のない、ただの完璧な工芸品のようだ。」
「もしリリスが王家テストでいつもの成績を取ったら、間違いなく私が負けるだろうか。」
「・・・・・・」ナミスは一切相槌すら打たない。
無意味な会話。
「かよわい女性相手に小細工するなど、私が許さない。」
一方、父上、つまり国王陛下であるカナロアからのプレッシャーがかけられ、息ができないほどつらい。歴代の第一王子は皆誰もかれも間違いなく学生会会長になってきた。王族の名誉を守るため、自分もそうでなければならない。
例えそうでなくとも、王族たるものは、貴族に支配されることなど許されない。副会長など貴族の下にいる立場にあってはならない。
カシリアは、すべての人間に期待されているからこそ、負けることは許されない。
また、カシリア自身にもプライドがあった。
既に優れた教育など諸条件がそろった自分が、貴族少女相手に小細工しなければならないなど、プライドが許さなかった。
「・・・いらない。余計なことはするな」
カシリアは心の奥から決意した。
「勝つときは勝つ、負けるなら負けるがいい、正々堂々と勝負だ」
「けど殿下、陛下からは・・・」
「この件はここまでだ。少し一人にさせてくれ」
「・・・わかりました」
躊躇しながら部屋から出るナミスの後ろ姿を見つながら、カシリアはただ黙って立っていた。
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