第五話·死に戻り 

死ぬということは、すべての感覚を失って、世界から消え去ることになる。


 そんなはずだった。


 しかし、いつの間にか、暗闇の中から、誰かの声が伝わってきたようで、ぼんやりと曖昧な意識が蘇った。


 「・・・ま」


 「・・・さま」


 誰が・・・私を呼んでいるの?ママじゃない・・・


 夢なのね・・・もう疲れ果てたから目覚めたくない。


 まだ眠い、起きたくない、このままずっとずっと寝かせて・・・


 もう永遠に寝ていたい。


 そんなふうに思っていたのと反対に感覚を失ったはずの体を勝手に揺さぶられた。あんまりにもリアルな感触で、遠く昔から覚えがあったような・・・


 「お嬢様、もう時間です。起きないと間に合いませんよ」 すぐ横から聞き馴染んだ声が大きくなって、私を夢から引きずり戻した。


 「うわわ!?」 ぱっと瞼を開き、驚きのあまり声を漏らした。


 「ロ・・・ロキナ!?なん・・・なんで!?」 瞳に映った世界をすぐには理解できず、 大きな声で目の前に佇んでいる若い女性に聞く。


 「なんで・・・あなたまでここに!?・・・」


 まさかロキナまで牢獄に閉じこめられた!?


 いや、ロキナも死んだ!?


 「お、お嬢様!?ま、また怖い夢でも見ましたか!?」


 私の怖がる顔を見てロキナは優しく私に笑いかけた。


 「こわい・・・夢!?」


 どういうこと?私は確かに牢獄で首を切って自殺したはず・・・・・・


 けれど首のあたりを触ってみても何一つ傷はなかった。


 事情を理解するには時間が必要で、頭の回転が追いつかない私は、ただひたすら黙って呆れている。


 何が起きたのか?


 ここは一体どこ?


 馴染んだベッドと見覚えのある天井、母上が死んだ後、ずっと私のそばにいてくれたメイドのロキナ。


 もしかして、私は・・・・・・


 「お嬢様、 奥様が亡くなってまだ一か月間あまり、学生会のことはやはり辛いでしょう。もし今日は体調がすぐれないようでしたら学校の方はお休みになった方が良いのではありませんか?奥様もきっとお嬢様に笑っていて欲しいですよ・・・」ロキナがすごく心配そうに私を見つめている。


 「母上と・・・学生会?」


 「ええ・・・学生会の選挙よりお嬢様の体のほうが・・・」


 一か月間・・・学生会・・・


 「ロキナ、せい、学生会の選挙って、今どうなってる?」私は慌てて時間を確認しようとする


 「え?お嬢様の話によると、三日後で王家テストになりそうですが・・・どうしました?」


 「・・・・・・いや、ちょっと忘れただけ」


 そうか、わたしは2年前に戻ったらしい。ここは私の家、タロシア公爵家。


 私はどうやら、まだ王子殿下との接点ができる前のころに死に戻ったらしい。


 そして、 母上がなくなって まもなくやってきた学生会会長の選挙に立ち向かうことに・・・


 私は必死に自分を落ち着かせて、現状を把握しようとする。


 母上がなくなって一か月、王子殿下との勝負を決める王家テストまであと三日。


 「ごめんねロキナ、今はちょっと・・・一人にさせて」


 「わ、わかりました。もしお体に何か差支えでもあれば、絶対にお休みになってくださいね!」


 私への心配を顔に出し、ロキナは不安そうに私の部屋から離れた。


 「ず、ずっと外でお待ちしております!」


 「ええ、ありがとう、ロキナ」


 ドアを閉めてもなおしつこく言葉を残してくれたロキナには、本当に心から感謝している。


 母上がなくなっても、ずっとずっと私のそばにいてくれたのは、ロキナだけだった。


 ロキナはもう、私の大切な家族。


 ・・・・・・


 不慣れに一人で着替えながら、考えなければならない。


 奇跡で取り戻した二度目の人生を、どう過ごせばいいのかを。


 前世では、私は王家テストでカシリア王子殿下に勝ち、優勝を勝ち取り、学生会会長になり、二番目の殿下は副会長になった。


 それがきっかけになり、私とカシリア王子殿下とは一緒に過ごす時間が増え、感情を深めて、気づけばもう、殿下のことを好きになっていた。


 でもそのすべてが、前世の不幸の引き金となった。


 私が深く好きになった殿下が、私の異母姉であるエリナのことを好きになったから。


 ・・・・・・


 本当に、救いようのないバカだったね私。


 公爵令嬢として生きていくことも有意義なはずなのに。


 無意味に自分には無感情な相手に人生を使ってしまった。


 さて、せっかく願ってもない二度目の人生を手に入れた以上、過ちを繰り返してはならない!


 人生の過ごし方、決めておこう!


 一つは、カシリア王子殿下を好きにならないこと!学生会の選挙をやめれば、殿下との接点がなくなる、自然と殿下とは無関係の人間へ。


 一つは、社交界から少しずつ距離を置くこと。そうすれば、エリナに名望を奪われるか、そうでなくともくだらない世論で悲しむことはない。


 一つは、もうすぐ来る私の異母姉であるエリナと継母であるミカレンを恨まないこと。前世では結構いろいろと嫌がらせをしたけど、何一つ復讐などされるどころか、ずっと優しくしてくれて、死刑される際にも私のことを許してくれた。本当に善良で優しい人たち。仲良くするなんて決してできないけど、恨まないことだけは、できるかな・・・


 最後に・・・・・・公爵令嬢として、人生を送ること。


 タロシア家に利益をもたらす貴族と政略結婚する?そうすれば父上の地位もきっと更に・・・


 いや、そこは、太子妃であるエリナがいれば、十分。


 ・・・・・・


 本当に、何一つみんなに役に立たない私。


 私がいなくても、みんな幸せに・・・・・・


 悲観的な考えに惑わされた自分の頭を振って、脆く滴り落ちる涙を拭いて、私は考え直した。


 もう、公爵の身分に相応しい結婚相手が見つかればいい。


 それ以上は願わない。


 そうすれば、みんなもみんなで幸せに過ごしていける。


 ・・・・・・


 不意に長いためいきをつく。


 計画というものは、実現される前までは、あくまでも計画。


 そして私は、到底理性を徹底していけるものではない。


 特に感情に対しては。


 私にとって、エリナを許すなんてことは、エリナを殺すよりはるか難しい。


 私は正真正銘の善人にはなれないから。


 けれど、いずれこの不幸しかもたらさない無意味な恨みを忘れなければならない。


 できるかな、私。


 私も、その答えを知らない。


 トントンとドアが軽く叩かれる。


 「お嬢様、そろそろお時間ですがやはりお休みになったほうが・・・」


 「大丈夫よ、もうちょっと待ってて。」


 ところで、学生会の選挙を諦めれば、必ず噂好きな女性貴族らに取り囲まれいろいろ答えづらいことを聞かれるに決まっている・・・だとすれば、まずは食堂でのお昼を避けないと厄介なことに・・・


 「ちょっとだけ、昼飯にできるパンを用意してくれない?」


 「ケーキ!?え、ど、どうして?」


 「今日は・・・ちょっとケーキを食べたくなっちゃって」


 ケーキはよくある食べ物、お昼にパンを持参する学生もたまにはいるけど、ずっと食堂に通っている私にとってはおかしな食べものになる。


 言い訳が思いつかず、適当にごまかしたけど、ロキナは何も聞かなかった。


 「わかりました。ではお嬢様のお好きなケーキをご用意いたします。」


 「・・・・・・ありがとう。ロキナ」


 もう時間がない。慌てて顔を洗い、涙の跡を消し、


 落ち着いた淡い微笑みを顔に覆わせた。


 そう。それが私。いつでもどこでも何があっても、


 弱点のない完璧令嬢、「リリス」よ。


 私が人生をかけて演じる役。

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