二十八話 捜査のゆくえ
ダイスに城に連れ戻され、ハガネは何か動きがあるまで大人しく待たざるを得なかった。しかも、待っている間も仕事があるのだから抜け出すわけにもいかない。何度かハガネは我が身の上を嘆いたが、カイトとしてはそれが不可解でならなかった。
(お前、そんな街の様子見に行くの好きだったか? 人気取りのために街に行ってたと思ったんだが……それとも仕事がそんなに嫌か?)
(仕事が面倒だというのではないが……このところ妙に気が逸る。この事件を一刻も早く解決せねばと急いているような感覚だ)
(ふーん。魔皇として、国民を愛する心でも生まれたんじゃねーの?)
反論は返ってこなかったが、同時に肯定も返ってこなかった。カイトとしてはどちらでも良かった。ハガネが真っ当に魔皇をするのならそれにこしたことはない。魔族に与することの違和感や拒否感が無くなったわけではない。ただ、いまのカイトにとってはそれが成すべきことのように思えたのだ。
国が乱れれば、魔族の中で平和が保たれなければ、それは結果として人族への余波に繋がる。人族をも魔族が支配してしまった以上、魔族の平和は人族の平和と同じだったし、その魔族の全ての頂点に立つ魔皇の地位が安泰だということは、平和が揺るぎないものとなったこととほとんど同じことだ、とカイトは思っていた。
コンサートホールでの出来事から数日が日が経った。その間、ミュリエルが一度ハガネの執務室に顔を出した。
「お姉さま、執務中に失礼致します」
「おお、ミュリエルか。良い、そこにかけよ。そろそろ休憩を挟もうかと思ったところだ。茶と茶菓子を用意させよう」
しばらく顔を合わせていなかったものの、相変わらず二人の仲は良好な様子だった。ダイスが見たら何と言うか、とカイトはふと思ったが、ハガネに苦言を呈したりはしなかった。
「ごめんなさい、勇者様。今日は魂の口を用意していないので……でもご挨拶だけはさせてくださいね。ご健勝ですか? 今日は、神剣についてのお話がありますの」
(……神剣の?)
「とはいっても、さほど重大なことが発覚したわけでもないのですけれど……」
ミュリエルは少し申し訳なさそうに言って、一枚の紙を差し出した。それは簡易な地図のようで、町や村を表す記号と、赤いインクで付けられた印が幾つかあった。
「目撃証言の聞き取りから、神剣の欠片だと思われる光が散った地点をある程度絞り込んでみましたの」
「……ほう。早々広くない範囲の地図だな……南端はリブワンの町、北端は帝都までか……」
カイトもハガネの目を通して地図を見た。帝都ティガニア周辺の地図だった。北はティガン山脈が連なり、南に行くにつれて海抜が低くなっている。リブワンの町は海に面した港町だった。ティガン山脈の向こうにも一つ国はあるが、その国は山の峰を一つ越した先にある、さらに高い山の麓に位置していた。そこまでは、神剣の欠片は飛んでいかなかったのだろう。
「かなり狭い範囲に散ったと見える。集めようと思えば、そう時間がかからず集められそうではあるな」
「はい、お姉さま。ですが、神剣の欠片が飛ぶところを見た者はいても、実際にそれを見た者や触れた者、そしてウェインのように取り込んでしまった者の証言はほとんどないのです。一、二件有力な情報があるので、まずはそちらの方に召集を要請しているところですわ」
「なるほど。まずはそういった者に会ってみてから、また色々と判断せねばならぬようだな」
(……そういえば、コンサートホールで感じた神剣の気配について、ミュリエルは知らないのか?)
カイトの考えを、ハガネはカイトに代わって伝えた。するとミュリエルは、申し訳なさそうに眉尻を下げて首を横に振った。
「それについてなのですけれど……神剣が光となって飛び散ったのは、お姉さまが勇者さまと戦われた時。しかしその時、妖精幻楽団の方々は、主戦場となった帝都からは離れた地……プルースブルグにて、亡くなられた方々への葬送と遺族の方への慰問を兼ねた演奏会を行っておられたそうです。目撃証言と合わせても、そこまで神剣の欠片が飛散したとは思えませんわ」
「プルースブルグか……確かに遠いな。人族の旧領地に当たる場所だ」
プルースブルグという地名にはカイトも聞き覚えがあった。前に楽団長コルボーが口走ったこともあった場所だが、元は人族が治めていた小国の町で、魔族が人族の土地へと攻め入る際に滅ぼされたという話だった。
(プルースブルグって、戦争が始まって間もない頃に滅んじまったんだっけか)
(うむ……その頃はまだ我ではなく、我が父が魔皇だった。伝え聞くところによるととても苛烈な戦で、現地の民はほとんどが死に絶え、味方にも多くの負傷者が出たそうだな。戦の終わりを確信し、慰問に出かけていてもおかしくはない)
初めて顔を合わせた時、コルボーがあえてその名前を出したのも嫌味や皮肉の一種だったのだろう。そういう意味ではやはり魔皇に対する反感があるのかもしれない。神剣を用いて魔皇や魔族への嫌がらせを行っても不思議ではなかったが、肝心の神剣の欠片はプルースブルグまで飛んだ形跡が無い。やはり幻楽団は関係無いのかもしれない、とハガネとカイトは結論を出すしかなかった。
ミュリエルからもたらされた話は、神剣の欠片が散った分布図だけに留まった。目に見えない物を追いかけるような話なので、そう早く進展しないは仕方ないと思いつつ、様々なことが手詰まりになりつつあるとハガネは感じていた。
(そうカリカリすんなよ……お前、戦上手だとか言われてただろ。待つってことも大事だって分かってるだろ?)
(言われなくとも分かっておる。ただ……以前も言ったが、妙にせき立てられる。胸騒ぎがする……いや、まるで何かに呼ばれているような気さえするのだ)
(はあ? 何だそりゃ……オレはなんともないってことは、神剣が戻ってきたこととは別の影響なのか?)
分からぬ、とハガネは力無く返す。カイトはその様子を見ながら、もしかしたら心が多少なりとも戻ったからこそ、そう感じるのではないかとも思った。ハガネ自身もそう感じるところはあるのだろう。
(……心というものは、無くしてみれば不要に思えるのに、多少なりとも取り戻せば途端に重要なもののように思えるから厄介だ)
ぼやくようにカイトに向けて言うと、ハガネは雑念を振り払うようにペンを取って執務へと戻った。
そうして、焦りを抱えながらもじりじりと待ち続けて、ついに朗報が舞い込んだ。
「ご報告奉ります、魔皇陛下! 妖精族の市民誘拐事件につきまして、捜査に進展がありました!」
――カイトの読みは当たった。セトナイ洞に居を構える貴族の邸宅から、誘拐されたされた妖精族が発見されたのだった。
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