二十四話 楽団長コルボー

 カイトが鬱々と仲間たちのことを考えているうちに、舞台には幕が下りていた。ハガネが席を立ったことで、カイトはようやくそのことに気付いた。


(……あ? 終わったのか)

(うむ。といっても、第一幕だけだがな……)

(え、まだあんのか)

(これは特に帝都風の歌劇に多いことだが、ともかく話が長いのだ。だいたい一週間から二週間のうちに一幕を公演し、その後二幕、もしくは三幕を公演する。同じ楽団が三ヶ月ぶっ続けで公演することなどざらにあるぞ)


 長い、とカイトは思ったものの、そもそもの基準がカイトには分からなかった。


(俺が暮らしてたとこである劇なんて、せいぜい学校の演劇か人形劇ぐらいだったし、全然分かんねぇ)

(学童が演劇をするのか?)

(え、魔族はやんねーの?)

(我が学生だった頃は、そのようなことは無かったな)

(お前にも学生だった頃、あったのか……)


 どうやらガナガルティガン帝国の王家は普通に学校に通うらしい。人族の王家ではそういう話を聞いたことが無かった。つくづく文化が違うのだ、とカイトは改めて思う。


(お前もダイスも普通に学校に行ってたのか?)

(うむ。クィンシーのやつめは特に優秀でな……と、あれをネタにして思い出話に花を咲かせている場合では無いな)


 話題に上がりかけたダイスが、ソファから腰を浮かせていた。ハガネもそれに合わせて席を立つ。


「どう思われましたか、姉上」


 出し抜けにダイスがそう言った。ハガネは軽く首を傾げ「どう、とは?」と尋ね返す。ダイスは多少イラついた様子で、


「明らかに先ほどの劇は、魔皇陛下に反骨、不忠不義の念が見られます」

「そうであろうな」

「そうであろうな、ではありません。このままあれが民の目に触れるとなると――」

「我が非情な人物であることが喧伝され、政治に対する不信感や反発が生まれる、と? 何をいまさら」


 本当にいまさらだな――とカイトは思った。終戦からこっち、国を実力主義の名目で荒れるがままにしたことは誰もが知るところだ。ダイスにだってそれは分かっているのだろう。ぐ、と口をつぐみ、二の句が継げなくなる。


「たとえそうなるとしても、いま公演の内容を変えさせたり、取りやめさせたりすればそれこそ悪評が走るだろう。第一こちらは妖精族の行方を聞かなければならん立場だ。余計なことは言うな、と我に念を押したのはお前だろう、クィンシー」

「……ごもっともです。ええ、分かっていますよ」


(な、何かヤケクソってか、捨て鉢になってないか?)

(短気を起こしたからといって愚行に走る男でもない。己の失言に怒ることはあっても、非を認めず我を通すことは無いだろう。放っておけ)


 放っておけと言われても、そもそも肉体が無い身分では何をすることもできないのだが――しかし、たとえ何かできたところで声をかけないのが一番刺激せずに済むというのは確かだ。カイトにとって、ダイスは扱いづらい爆発物に近い人物となっていたのだった。



 不満を内心に納めたダイスと共に、ハガネは客席から出て楽屋へと赴いた。煌びやかなホールの舞台裏は、表側と同様に掃除が行き届いており、客の目に付かないからといって薄汚れているということも無かった。

 会議するために使うような簡素なテーブルと椅子がある広々とした楽屋の中も、小綺麗に整えられていた。その中にハガネたちを迎え入れた団長、コルボーは過剰なまでの丁寧さで幾度も頭を下げ、ハガネたちを椅子に座らせるまでの間、延々とハガネやダイスへの讃辞を並べ立てていた。


「それに、先のプルースブルグでの戦いは本当に見事なものでした! 策によってこちらの血を流さず、人族どもを一網打尽にするとは――」

「重ね重ねの賞賛、痛み入ります。ですが、過ぎたる讃辞は才と努力を鈍らせるものです。名声にあぐらをかいてしまう前に、どうかご容赦ください」

「おお……大将軍閣下は謙虚であらせられますなぁ」


 ようやくコルボー団長の美辞麗句が止まる。すかさず、ハガネが口を開いた。


「それで、早速本題に入りたいのだが」

「おお、妖精族が各地で行方をくらましているという話でしたな? 噂には聞いておりますが……」


 コルボーは首を大きく横に振った。


「私めには見当も付かないですなあ。噂だけは伝え聞きますが、行方などはとてもとても」

「それはまことか? 本当に、どこに行ったか皆目分からぬと申すか。隠し立てをするとためにならんぞ」


 脅すようなことをハガネが言ったためか、横に座っていたダイスから鋭い視線が飛んできた。カイトが慌てて(余計な一言付け加えんなって!)とハガネを止める。ハガネは大人しく黙った。交渉に長けていない自覚はあったし、そもそもダイスに任せるという話だった。


「……では、ここからは仮定の話ですが。妖精族が家族にも事情を告げず姿を眩ませたとして、それにはどういった理由が考えられますか?」


 ダイスが質問を引き継いだ。しかし、この質問の答えも要領を得ないものだった。


「さあ……私には分かりかねます。妖精族は何よりも自由を尊ぶもの。独立独歩、自由気ままなものでして。そもそも定住の概念だって、近代に入り、様々な国が妖精族を戸籍だ法律だというもので縛った結果にできたものですので。戦争が終わり、国や家族を捨て気ままに生きるのに不自由しなくなったいま、そうやって勝手に生きる妖精族がいてもなんらおかしくはないのでは?」


 もっともな事を言っているようで、内容の中身はほとんど無い。ダイスもそれが分かっているのだろう、根気強く追及する。


「なるほど、確かにそうでしょう。では、自由主義である妖精族は、自由の内に何をされると思いますか?」

「何でも、何もかも、でしょうなあ。戦争の間できなかったこと、国によって制限されたことをそれこそ何でも、何だってやるでしょう。歌に踊り、商売に森での狩り。花を育てて愛で、まだ見ぬ土地を求めて放浪する。全て、誰にも阻害されず、抑え付けられることなくやり遂げるでしょう」


 カイトはコルボーの話を聞きながら、何度も頭の中でその光景を思い浮かべてみた。しかし何度考えても、具体的にどこで何をしているかなどということは想像ができない。


(想像できなくて当然だろう、具体的なことなどあやつは何も言っていないぞ)

(だよなぁ……結局好き勝手やるだろってことしか言ってないよな?)


 話をはぐらかしているだけなのか、それとも本当に知らないのか。妖精族との宥和や交流というのが名目としてある以上、下手に詰問することもできない。もはや今回の対話での収穫は無いものだと思うしかない、とハガネは思い定めていた。


「つまり、一斉に妖精族がいなくなったように見えたのは、単に時勢が個々人の自由な行動を促したというだけの話だと?」

「時勢、なるほど時勢ですか。言い得て妙ですなあ。戦争、貧困、搾取、どれもみな現体制から解き放たれ、妖精族を流浪に駆り立てるには充分でしょう」

「……戦後、帝国の体制に問題が山積していたことは事実です。しかしそのことが、家族がある身の妖精族すら失踪する原因になるものですか」

「自由を好む妖精族とはいえ、家族への情はもちろんありましょう。ですが、それでも妖精族は、帝国に帰らないことを決めたのではありませんか? いや、全ては仮定の話ではあります。しかしですねぇ、いまの帝国に身を置いて、いったい何が楽しいんですか? より強い者に使われ、虐げられるばかりの妖精族……我々のように職能に秀でれば、どの国でも良い待遇を受けられますがねぇ」


 ここでもやはり、いままでハガネがしてきたことが尾を引いているようだった。ハガネ、とカイトは名前を呼ぶことで自戒を促す。しかし言われるまでもなく、ハガネはハガネで何か考えている様子だった。


(この者の言うこと、何か妙だな)

(妙? お前な、自分のやったこと棚に上げて何言ってんだ)

(そうではない。暮らしぶりの問題で帝国から妖精族が出奔する。これは分る。……いまは己を戒めている場合では無いから事の是非は置いておくが、ともかく妖精族は帝国に反発して失踪した可能性がある。ここまでは良い。

 ――だが、いかに国土が荒れたとはいえ、妖精族が人知れず暮らせるような土地というのは完全な、人によって開墾されていない秘境ぐらいだ。苦しい暮らしを避けて楽しく生きたいという妖精族が、未開の地を耕し生きることがあるか?)

(そんだけ帝国が嫌だったんだろ?)


 反射的に言い返したものの、確かにおかしいとカイトも思った。――もし自分が同じ立場ならどうしただろう? 自分が非力な妖精族になったとして、何も無い場所で生きていけるだろうか? 土地を耕したり、野生の獣を狩ったり、ということは勇者として旅に出る前にやっていたことではある。けれど、それは帰る家があったり、そのための道具や手伝ってくれる人手があるからできることだった。


(お前が考えているとおり、いくら定住地を持たず自然に生きる妖精族とはいえ、個人で生きるには大層苦労するはずだ。奴隷苦役の身分から逃げて早々ならば、開墾の道具もそう持っていないだろう。その苦労に見合うだけの国を作ったと言われれば我は何も言えぬがな)

(そこはまあお前が自分で反省してくれればいいとしてだ。じゃあ、マジで妖精族はどこで何をしてるんだ? 修行僧みたいな性格の人たちが失踪してるのか?)

(だとしても、やはり家族に何も言わずに消えるというのは説明がつかん。イフェメラのことを思い出せ。まだ親と共に暮らす年頃だろう子供でさえ帰ってきておらぬのは、やはり何かおかしいのだ)


 二人が頭の中でそんなやりとりをしている間、ダイスとコルボーの話も続いていた。しかしその内容はというと同じことの繰り返しばかりで、コルボーは妖精族の行方など知らぬ存ぜぬの一辺倒だった。しまいには、


「どうしてそうも妖精族の行方を掴もうとなさるのでしょう? 彼らはいま、きっと自由じゃありませんか! 外聞や国益のためだけに連れ戻されるおつもりですかな? よもやいなくなった人々の身を案じている、などとは言いますまい。民を憂えるお心があったのなら、帝都の市街がああも荒れ果てた様子を見せたりはしないのではないですかな? いつものように堂々とおっしゃればよろしいでしょう、全ては力による序列だと! その結果、生まれる反発などものともしない! 我らが頼れる魔皇様はそうおっしゃるはずです!」


 などと言い出した。ハガネは顔を上げてコルボーに目をやった。半ば身を乗り出すようにして熱弁を振るっていたコルボーの目を見て、ハガネは、そしてカイトも、何か薄ら寒いものを感じた。こういう人が生まれたのもお前のせいだぞ――カイトがそう思いかけたとき、


「お控えください、コルボー楽団長。魔皇陛下は本件において胸を痛めておいでです。妖精族の大々的な捜索を、陛下御自ら命じられたのです。……これ以上陛下の御心を疑われるのであれば、こちらもその忠信を疑わなければならなくなるでしょう」


 脅しだ。カイトはすぐに思った。脅しだ、とハガネもカイトの考えを肯定した。口調こそ丁寧で物腰も柔らかなのだが、いかんせんダイスの目はあまりにも鋭利だった。それこそすぐにでも剣を抜くのではないかと思うほどに。流石に、言葉の下に隠された剣呑な空気にコルボーも気付いたらしい。一つ、軽い咳払いをして椅子に座り直した。


「失礼しました。私も妖精族の身を憂う者の一人でございますゆえ」

「心中、お察しします。身元不明の妖精族の捜索については、国を挙げて尽力する所存です。何か少しでも手がかりが見つかりましたら、ご連絡を」


 どうやら、今日の話し合いは終わりらしい。空気を察して、カイトは(おい、ハガネ)と呼びかけた。


(何か一言でも言っとけよ。一応お国の代表者だろ)

(一応とは何だ。……場を乱さないためにも無言でいたいのだがな)

(俺も当たり障りの無い文言考えてやるから、何か言っとけって……)


 魔皇が公の場で言う言葉などカイトは知らないのだが、ともかくハガネに任せっきりにするよりかは安心だろうとそう言う。そこまで促され、ハガネはしかたなく口を開いた。


「コルボーよ。退屈な話ばかりさせてすまなかったな」

「いえいえ。こちらこそ、お力になれず……申し訳ありませんでした」

「妖精族がどういった道を歩もうと、我は構わぬ。帝国を嫌悪しようと、離れようと、それは別に良いことだ。それらが全て自由な意思のもと決められたことならばな。我が言いたいことはそれだけだ。

 ……楽団長コルボー。我にとってお前の歌劇は楽しめるものでは無かった。しかし賞賛に値する完成されたものだった。自由に演ずるが良い。楽しむ者、反発する者、それぞれいるだろうが、しかしそれは、お前の自由が選び取ったものだ。我はもう、奪わぬ」


 ハガネはそう言って腰を上げた。一拍遅れてダイスも席を立った。二人が席を離れたところで、ようやくコルボーは我に返った様子になった。


「……ありがとうございます、魔皇陛下」

「礼を言われることは何も言っておらぬ。それよりも、くれぐれも気を付けるが良い。妖精族が自由に国を離れたのならば良し。しかし、本当に事件性は無いのか我々は知らぬのだからな」


 ハガネは、ダイスを伴って楽屋を出た。コルボーはロビーまで見送りに出ようとしたが、ハガネがそれを固辞し、部屋の外にて待機していた護衛だけを伴って、その場を後にした。

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