十九話 楽団が町にやって来た!
三日後。予定通り町に妖精幻楽団が訪れた。戦争の激化によって一時は公演を取りやめていた楽団だったが、その人気はどうやら衰え知らずだったらしい。
(いや……むしろ、人族の領地に来るときより、よっぽど騒ぎになってるな)
帝都城の一角にある尖塔からは、町を見下ろすことができる。坂を下った先にある城下町の方々にのぼりが立っているのが見える。細部はここからは見えないものの、いつになく浮き足立つような雰囲気が町全体を覆っているように見えた。
(妖精族は魔族の一種族だ。人族の領地よりかは、魔族の領地で歓迎されるのも道理だろう。そもそも人気の楽団でな――城の者も浮かれ出す始末だ)
(そんなすげぇのか?)
(さてな。我はあまり音楽には興味が無い。前評判では魂を震わせ、惹き付けて魅了してしまうほどだと言うが……我としては音楽そのものより、連中が持つ情報の方が気になる)
戻ってこない妖精族たち。その情報を、同じ妖精族であり各地を放浪する楽団である、妖精幻楽団の者ならば知っているだろう。その期待がある反面、これで何も分からなければ手詰まりになりかねない。ハガネには音楽を楽しんでいる余裕など無かった。
(曲など聴かず、ただ話を聞くだけに止めておきたいのだが……)
(あれ、公演見に行くのか? てっきり事情だけ聞いて終わりにするのかと思った)
(交換条件を出されたのだ。事情聴取には応じるが、その前に一曲聴いて欲しいとな。楽団としての矜持ゆえか、それとも別の思惑があるのか……ともかく面倒でしょうがない)
(いいじゃねーか、別に。たまには息抜きしたいとか何とか言ってただろ? 音楽でも聴いてのんびりすればいいじゃねーか)
(……気にもならん曲を聴くぐらいなら、丸一日寝て過ごしたい……)
いやに庶民的な休日の過ごし方を語るハガネに、カイトは呆れた。しかし同時に、これもハガネの心が欠けているせいなのだろうかとも考えた。何かを楽しむ心すら無い――そんな風に生きていけるものなのだろか?
カイトの疑問は届いているはずだったが、ハガネはあえて無視をしているかのようにその思いには触れなかった。
(そういうわけで、行かぬということもまかりならん。一部の臣の中には文化奨励のために参列すべきだとか、妖精族との結束を示すために代表と会談すべきだと言う者もいるぐらいだ)
(ふーん……ま、その通りなんじゃないのか? 妖精族の調査してますってアピールにもなるだろうし)
(……お前、政治に疎いだ何だと言っておきながら妙なところで鋭敏だな。そう進言する者ももちろんいたぞ。得るものが無くとも、ともかく調査の姿勢が大事だとな)
かなり苦々しい物言いをしたので、たぶんアマルガムが言ったのだろうなとカイトは見当を付けた。宰相アマルガム――ハガネが言うには地位を利用してよからぬことをしているという話だったが、具体性が無い以上カイトの目から見る限りでは有能な臣下にしか思えなかった。
(まあ……そういう声もあるのでな、行かないだとか、目を盗んで中座するだとかもできん)
(……そんな嫌がることか?)
(いや、別に楽団そのものがどうということは無いのだが……)
いつになく歯切れの悪い物言いに、カイトは(なんだよ)と話を促す。ハガネはことさらにゆっくりと、事情を説明した。
(参列するのは……我一人ではないのだ)
(へえ、補佐とか護衛とか? まあ調査するんだし一人だけで行くのも大変だろうしな)
(それもある。それもあるのだが、そもそも台覧という体で参列するのだ……我だけでなく)
(た、たいらん?)
(貴賓が観覧、観戦すること、だ)
説明されてようやく、カイトにも合点がいった。つまり――
(はっはーん? つまりお前、弟と並んで観劇するのが、ってか弟と顔合わせるのが嫌なんだな?)
(いまどき『ははーん』と言って得心するやつがあるか)
弟と顔を合わせることについては全く否定しなかったので、カイトは笑ってしまった。が、すぐにその笑いも引っ込んだ。――分からないでもない。
(……超キレてたしな、ダイスのやつ)
――思い出すだけで恐ろしい。ウェインの事件を解決した後のことだ。事件直後はまだ良かった。事後処理に姉弟諸共追われていたというのもあってか、特に文句や説教を言ってくることもなかった。
……が、しかし。
二日三日経って事態が落ち着くと、溜め込まれていた怒りをダイスは静かに爆発させた。
『誰にも一言も言われず動かれるとは、よほど我々近衛兵は姉上に信用されていないようだな』
敬語もへったくれもなかった。
カイトはもちろん、ハガネすら無駄な反論を叩けなかった。ハガネとしては滅多に無い平謝りすらしたのだが、謝ったぐらいでは収まることのない怒りだった様子で、そこから延々説教を受ける羽目になった。国のあり方から王の心構えに至るまでを、それこそ丸一日をかけてでも叩き込んでやると言わんばかりの剣幕だった。
互いの仕事が無ければ間違いなくそうしていただろうが、その説教を途中で断ち切った仕事の話題こそ、奴隷契約をした妖精族の返還要請が難航しているというものだったのだ。
(まあ……あれだけ怒られたら、どれだけ嫌でも勝手な行動はできないよなぁ)
(我は魔皇ぞ。好きなときに、好きなように動く――とはいえ、賓客としてもそうだが、妖精族の行方を追うという点においてもクィンシーを連れていかねばならんのだ。妖精族捜索の指揮を執っているのがあれなのでな)
(そうなのか。ま、ダイスも一緒ならお前も馬鹿なことしそうにないし、安心だな)
(おい、馬鹿なこととは何だ。カイト。答えよ、カイト)
カイトは答えなかった。あまつさえ鼻歌を歌ってみせた。カイト! とハガネは苛立った様子を見せたが、カイトには肉体が無いために殴り倒すこともできない。――肉体を持たないからこそ物理的な干渉ができない。すなわち、ハガネお得意の『力に物を言わせる』ができない、ということに最近二人は気付いたのだ。おかげでカイトとしては言いたい放題言えるようになった。もっとも、ハガネがその気になれば意識を断絶できるので、あまり言い過ぎることもできないのだが。
(……まったく。まあ良いわ。本気で気まずくなったら、お前に押し付ければ良いだけしな)
(はっ……!? お、おい、それだけは止せ! 余計にこじれたらどうすんだ! 姉弟げんかは自力でどうにかしろって!)
(く、クククッ……これは、夜が楽しみになってきたぞ。よし、さっさと仕事を終わらせようではないか)
マジかよ――!? カイトは悲鳴を上げられるなら大絶叫を上げていただろう。夫婦喧嘩は犬も食わないと言うが、姉弟喧嘩を食らわされるのは犬だろうが勇者だろうがごめんなのだ。が、しかしカイトには逃げることもできない。
先ほどとはうって変わって、今度はカイトが幻楽団の公演開始を恐々として待つことになった。ハガネはそれだけで上機嫌だったが、その上機嫌も長くは続かなかった。
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