十五話 夜明けの帝都

 あれだけの騒ぎを起こしたせいか、それともバナーあたりが手を回したのか、しばらくして警察がその場に駆けつけた。カイトは、呆然と屋上に立ち尽くしている。その手にはすでに、ウェインの体から引き抜いた光は無かった。

 ウェインを斬った直後。カイトがその死に様に呆然としている間に、光はまるでカイトの中に入り込むように消え失せていた。あの光、神剣の力はカイトの魂の中に納められたようだ――そのことを伝えられたのは少し後、ハガネが自らの足で城へと戻る時だった。


(不思議なことよ。カイト。お前の魂の中に光が入り込んだような感覚は確かにあった。だが、いまは感知できぬ。どうやらお前の魂が力の波動を遮断しているようだな)

(そう……なのか? 俺にもよく分かんねーんだけど……)

(何だ、分からぬのか。それでも神剣の使い手か? ……カイト? どうした、寝たのか?)

(寝れないだろ、俺……でもなんか、眠いわ)

(よい、寝ておれ。後は帰るだけだ。今日はもう、我が力を使うことも無いだろう)


 夜が明けた町をハガネは歩いていた。その主導権は当人へと戻っている。ウェインの一件に決着を付けてから、三時間ほどが経っていた。


 ――三時間前。


 カイトは説明に追われていた。まず屋上で何があったのかをバナーたちに伝え、ほどなくして目を覚ましたレジスタンスの一団に操られていたこととウェインが死亡したことを伝え、さらに駆けつけた警官に事の顛末を話さなければならなかった。しかも、町の警察はハガネの容姿については知らなかったらしく、魔皇の名により討ったということを証明するのに時間がかかった。

 結局カイトは近くの署に連行され、城に電報を打ってどうにか本人確認を済ませたのだった。――最悪なことに、その確認に応対したのはダイスだった。電報を受け取ったダイスは即刻城から使いを出してきた。当人が来なかったのは、夜中に魔皇どころか自分までもが城を離れるわけにはいかないという判断だったのだろう。

 城からの使いによってハガネの身分が証明されると、そこからは事情聴取だった。ウェインが怪しげな術によって人を操っていたこと、それを処断するために魔皇自らが出向いたことなど――幸い目撃者は多く、レジスタンスやクレブリック地域会の面々、ウェインが雇った傭兵や従業員、トチライ社長などは積極的に証言をしてくれることになった。


 大筋の説明を果たすと、ハガネは城へと戻されることになった。立派な馬車に出迎えられ、その車中で、ハガネはカイトへと神剣の力を持つ光のことを語ったのだった。



 カイトが一眠りすると、ハガネは城の中へと戻っていた。目を覚ましたのはベッドの上だった。ハガネも一眠りを済ませ、ようやく調子が戻ってきた様子だった。


(カイトよ。此度の働き、大義であったぞ。よくぞ魔族のために動いた)

(……別に、魔族とかそういうの関係ねーよ。てか、お前に褒められても嬉しくないし)

(讃辞ぐらい素直に受け取れ。性根が腐るぞ)

(うっせ! 勇者は魔皇に褒められても喜ばねーの! 俺はな、目の前で苦しんでる人がいたから助けたんであって、色んな人を苦しめたお前に気を許したわけじゃないからな!)

(なるほど。肝に銘じておこう。……さて、このぐらいで衣装の支度は良いか)


 ハガネは着替えを終え、キャビネットを開けて己の姿を確認した。お、とカイトは声を上げる。衣装のフリルは控えめで、随分とすっきりした印象を受ける。


(……こっちのが似合うな)

(何だ、我がお前を褒めるのは駄目なのに、お前は我を褒めるか)

(褒めてねーよ! いや褒めたけど、そうじゃなくて! あー、あー、えー、何かビシッと決まってる格好してるけど、どうしたんだ)

(忘れたのか? この後、クロロペルルとの公式会談が控えているのだぞ)

(ああ……そういえばそうだったな。クロロペルルか……ウェインのことでちょっと頭から飛んでたけど、あいつも気になるんだよな)


 会話しているときの違和感。それに、ウェインを討つようハガネに要求したことも、いまとなっては怪しいものだった。クロロペルルはウェインに、神剣の力が宿っていたことを知っていたのだろうか?


(気になることはあるが、それは全ていまから聞き出せば良いことだ。……しかしその前に、お前に聞いておきたいことがある)

(何だ?)

(クロロペルルと会話した際、動揺を示していただろう。夜明けに聞くと言っておきながら聞きそびれてしまったが……あれはいったい何だったのだ?)

(ああ、あれか)


 あの時の会話や違和感を思い出し、頭の中で少し整理すると、カイトは説明を始めた。


(同じことを言ってるやつがいたんだ。金は天下の回り物って。それだけならまあよくある言葉だけど、その先がな。貧者は生きている内は武器であり、死した後は塁となる――って、何言ってるか分からないから解説付けてもらってさ。

『貧しい人は、自分の体しか持っていない。だから貧しい人たちの集まりは、己の手を武器に、己の背を盾に、死んだ人たちを壁にして戦うんだ』

 ――って。お前と話してたときにクロロペルルが言ったことと似てるだろ?)

(そうだな。……もしや、その者がクロロペルルに成り代わっているのか?)

(いや……あり得ないだろ。だって……死んだんだ。お前が殺したんだ。魔術師シーガル……それが、俺にその言葉を教えた魔族だ)


 ハガネは束の間口を閉ざしたが、すぐに(そうだったのか)と返した。


(そのシーガルとやら、優れた商人だったと聞く。クロロペルルも商人だ。いま城に来ているあやつが我の知るあやつと同じかは分からぬが……商人だというのなら、同じ感性を持ち、似通ったことを言うのかもしれないな)

(……そう、なのかな)

(それも含めて、クロロペルルに会ってみれば分かることだ)


 鏡を見ながら髪に櫛を入れてほつれを直すと、ハガネはキャビネットを閉じた。



 自室から出たハガネは、平時とは違いドアの前で待機していた侍従による出迎えを受けた。魔皇を会談の場へと案内する侍従の他、四人の近衛兵が左右を固めた。

 ハガネが侍従の案内により向かったのは、昨日アマルガムとクロロペルルとの会談に使われた白石の間だった。ドアを開けると、そこにはダイスが一人立っていた。相変わらず険のある顔をしていたが、流石に公式会談の場では文句の一つも言わず、ハガネと入れ違いになるように外へと出た。侍従と四人の近衛兵もまた部屋の外へと出る。


(いいのか、タイマンで)

(クロロペルルからの申し出があった。先に、私的に近い話を済ませてしまいたいらしい。恐らくは昨日のことだろう。ちょうどいい。クィンシーの耳を患わせずに済む)


 本当に弟の心配をしているのか、それとも話を聞かれていちいち横やりを入れられるのが面倒なのか。カイトの軽い疑念をよそに、ハガネは立ち上がったクロロペルルと握手を交わし、ほとんど同時にソファに座った。


「どうやら、成し遂げられた、ご様子ですね」


 口火を切ったのはクロロペルルからだった。ハガネはゆっくりと頷き、


「どの程度のことを知っているかは知らぬが、取りあえず報告はしておこう。ウェインは死亡した。しかしその時、不可解なことが起きた」

「不可解なこと、ですか」

「魔法とは質の違う謎の力をあやつは使ったのだ。率直に聞こう、クロロペルルよ。ウェインのことについてどこまで知っている?」


 話を長引かせるつもりは無かったのだろう。クロロペルルはすぐに答えた。


「どういった、商売をしているのか。いつごろ、帝都に、来ていたのか。それ以上のことは、ほとんど、何も」

「何も?」

「ですが、不可解なことが、起きていたようです。人を、意のままに、操るようになったそうです。その話が、出始めたのは、戦争が終わった、その後から……」

「……その力の正体について、そなたは知っているか」


 それを尋ねると、クロロペルルは真っ直ぐにハガネを見つめた。視線が合う、というよりは瞳を見つめられているようだった。ハガネは挑むようにクロロペルルの目を見つめ続けた。

 数秒、無言で視線を交わらせていると、クロロペルルはすっと頭を下げ「申し訳ありません」と言った。


「――事情をお話しする前に、先に謝らなければならないことがあります。私はいくつか隠し事をしているのです。町に間者を放ちあなたの動向を探らせていたこと。ウェインの力について多少の知識がありながら、あなたの動きを見るために何も語らず接触させようと図ったこと――それは昨夜、夜が明けた後に話すと言ったことに繋がることなのです。あなたは成し遂げられた。ですから、謝罪と共にそのことを伝える機会を与えてほしく存じます」

「ふむ……何やら事情があるようだ。答えによってはこの魔皇を謀ったことについては不問に伏そう」

「全て包み隠さずお話ししましょう。魔皇様、私はウェインが発する力を見たことがあります。その時に、神剣の力ととても似通っているように感じたのです。しかし……その力は微弱すぎて、私では判別がつかなかった」

「そうか、そなたも……しかしよくあれが神剣の力と分かったな」

「ずっと身近に、感じておりましたので」


 クロロペルルはふ、と微笑んだ。相手を安心させるような、爽やかな微笑みだ。ハガネは少しその視線に――いや、そもそもクロロペルルの様子そのものに違和感を覚える。そして、自分の肉体に封じられたカイトの魂の様子にも。


(……笑い方、一緒だな)


 そうか、とハガネは思い、口にも出して言った。


「そうか……お前、その身の内に勇者の仲間の魂を迎え入れたな? クロロペルル……いや、魔術師シーガルか」

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