第18話 決起の夜
雷蔵の屋敷の座敷に、集まったのは、三十名ほど。
決起するには少ない。だが人を集めているだけの時がない。時間をかければ、城側から手が回る可能性もある。
襖をとりはらい、二部屋を使用していて広くなったとはいえ、人数が人数だけに、随分と窮屈である。夜が更けて外は随分と冷えてきたが、むしろ暑いくらいだ。
行灯の光に照らし出された面々の顔は、緊張に満ちている。雷蔵を上座に、山里や、光念が並んでいた。清兵衛や茂助の姿もある。
初音は何故か雷蔵の隣に席を用意され、居心地の悪さを感じていた。おそらくは「父の代理」ということなのだろうが、それにしたって、とは思う。
ただ、命緋刀を手にしたのは、父の左門であり、それを救った清兵衛たちは、雷蔵ではなく、あくまで初音に仕えると豪語している以上、この扱いは当然なのかもしれない。実際、命緋刀があってこその、決起である。さらに清兵衛たちの情報網はかなり大きく、今回の企ての正否を左右するほどで、無視はできない。
「清兵衛、城に異変が起きたというのは本当か?」
雷蔵が口を開いた。
「はい。星暗寺の方から、計都どのが呼び出されたと、聞いております。さらには、城下の薬問屋などに、発注が大量にかかったという噂が流れて参りました」
清兵衛の言葉にざわめきが起こる。
「……本当に、お館さまが病に倒れられたのであれば、今度こそ、退位なさるのでは?」
「しかし、八歳の犬千代君で治められるのか?」
集められた者に動揺を取り払うかのように、雷蔵は膝を手で叩く。すると場がしんと静まり返った。
「異を唱えるわけではございませんが」
山里が手を挙げた。
「実は、お館さまが、明日、狩りに出かけられるという話を聞きました。これは、水橋家の人間に確認したこと。まず、間違いないかと」
「狩りに……」
普通に考えれば、病に倒れている人間が、狩りに行くはずはない。
「星暗寺に行くとか?」
言いながらも、初音は首を傾げる。
渇きの病と封印が関係するのであれば、星暗寺に行くことで解決することもあるのかもしれない。ただ、あくまで仮定の話で、確証は何もない。ただ、狩りという名目なら、病という事実を隠して禁足地に出かけることができる。
「一つ、気になることがございます」
光念が口を開いた。
「命緋刀、そのものに清濁はありませんが、封印する人間側には清濁はあるということ。星暗寺の口伝によれば、主たるものの手は、できるだけ『清浄』に保つべしとあります。もちろん、一国の当主となれば、完全に綺麗なままというのは、不可能。また、年に数回の『狩り』などを否定するものではありません」
それはそうだ。国を治めるようになれば、法を犯すものは取り締まらねばならないし、他国に攻められれば戦もする。直接手を汚すことは少ないとはいえ、それを無いものにできるほど、世はきれいごとではない。
「ただ、そういった『穢れ』に触れる機会が多かった方ほど、渇きの病に早々に襲われた傾向はございました」
「お館さまの狩りは、昔より増えている。もともと、お好きではあったが最近では、かなりひんぱんになっていた」
雷蔵が眉根を寄せた。
「ここからは、拙僧の想像でございます」
光念は慎重に言葉を選んでいるようだった。
「命を持って、闇王を封印するための刀としか、私どもは考えておりませんでした。しかし、清濁関係なく刀に力が宿るとしたら、刀の力を介して闇王を開放することも可能なのではないかと」
「闇王を開放?」
一同がざわめく。
「かなりバカげた考えではあるのですが、闇王の力が刀の主に逆流することもあるのではないでしょうか」
「……つまり、積極的に『穢れ』に触れれば、闇王の封印が簡単に解けるということか?」
「可能性はあります」
雷蔵の問いに、光念は頷いた。
「ただ、それは雷蔵さまのおっしゃるように『刀が穢れて』いたと仮定してのこと。裏付ける証拠は、今のところ、禁足地で闇の眷属が現れたくらい……」
「積極的に穢れを望んだという様子は、あると思います」
初音は大きく息を吸い込んだ。
「まず、他人を故意に傷つけ、人の血を舐めるというのは穢れとまで行かないにせよ、ふつうではありません。それに、狩りを必要以上に好むのも……」
初音は雷蔵の方を見た。作造の話をするべきだろうか迷う。
証拠はない。ただ、銃弾と人の悲鳴。そして、人がさらわれたという事実だけ。
「憶測で必要以上に、こちらに正義を引き寄せるつもりはない」
雷蔵はそっと初音に首を振った。慎重、というより、雷蔵自身が未だ信じたくないと思っているのかもしれない。
「なんにせよ。狩場に行くなら、またとない機会だ」
雷蔵は目を閉じた。
「清兵衛、命緋刀をここに」
清兵衛が三方にのせ、持参した白鞘の懐刀を差しだした。
「初音どの、抜いてもらえないか?」
「はい」
初音は美しい白鞘を手に取り、柄を握る。刀を抜くと、背筋がゾクリとした。
以前より、刀身がさらに黒いように思う。まるで、光を吸収するかのようだ。
「……どうみる? 光念」
「随分と禍々しい……」
光念は刀身を凝視した。
「刀には清濁がないと申し上げましたが、明らかに私の知っている刀とは別物のようです。強く穢れております」
刀を握る初音は、じっとりと汗をかく。手からずっしりと感じる
「すまない。初音どの。しまってくれ」
初音は刀身を鞘に戻す。カタカタと持つ手が震えているのが自分でも分かった。
「無理をさせてすまなかった」
雷蔵の手が初音の肩に触れる。大きく温かな手だ。
初音は大きく息を吸いこむ。鞘にしまってしまえば、視線は感じない。力も感じない。
雷蔵の手から伝わってくる力が、初音の心を落ち着かせる。
「刀は俺が」
「いえ。私がお預かりします」
初音は懐剣をその手に握り締めたまま、首を振る。
「この刀は、主以外の男性を嫌うのでありましょう? ならば、主が変わるその時まで、この刀は私がお預かりします」
「鞘から抜かねば、どうということはないのだ。初音どのに無理をさせるわけには」
「鞘から抜かねば良いのなら、それは私も同じこと」
初音はにこりと微笑する。
「それならば、父でなく、
雷蔵が儀式を執り行う、ぎりぎりまで、雷蔵に危険が及ぶようなことはさせられない、と思う。
「拙僧も、初音どのがお持ちになるのが良いと思います」
光念が口をはさんだ。
「どういうことだ?」
雷蔵の問いに、光念は静かに答える。
「場合によっては、通常の状態で刀の主に傷をつけることすら、困難になっているかもしれません。その場合は、命緋刀そのもので……」
さすがにそれ以上を言葉にすることはためらわれるらしく、光念は言葉を濁した。
つまり。闇王と玄治がつながっていた場合、通常の武器では、傷つけることはできないかもしれない。
その場合は、命緋刀で、主の命を奪うしかない、ということだ。
ならば。
その役目は、女である初音にしかできぬ。
「しかし……」
「お願いにございます。初音は、雷蔵さまのお役に立ちたいのです」
「初音どの……」
雷蔵は大きく息を吐いた。
「わかった。刀は、初音どのに任せる。光念は儀式の供物を用意せよ……他の者は、狩場の禁足地に向かう」
「御意」
全員が、いっせいに平伏する。
「これより、俺は、領主の座を簒奪する修羅となる」
雷蔵が高らかに宣言する。
行灯の光が、ゆらりと揺らめいた。
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