第十四章 最後の栄光
選手達が天皇杯を受け取りに俺達から見て正面スタンドに登っていく。そこに貴賓席があるからだ。
「おめでとぉ!」
「フリューゲルス最高!」
俺と聖は真逆にいるがそこまで届けとばかりに大きく叫ぶ。
選手達も声援に応えながら貴賓席に登っていく。
そして偉い人が天皇杯を持った。
その瞬間に周囲にいた大人達がその人に罵声と飛ばし始めた。
「お前にそれを渡す権利があると思ってるのか!」
「ふざけんな!」
言葉の意味はなんとなくわかる。俺は隣の聖を見た。聖も俺を見ている。そして頷きあった。
「お前からは渡されたくねぇぞ!」
「引っ込め!」
俺達にあの大人がどんな立場の人かはわからない。なんとなく理解できたのは少なくともあの偉い人はフリューゲルスを守ってくれる人ではなかったということだ。だから大きく罵声を飛ばした。
だが、そんな罵声に答えることもなく、その偉い人は山口に天皇杯を渡す。
その瞬間に罵声は歓声になった。
「やった! やったよ!」
聖も普段の冷静な姿は見るかげもなく喜んでいる。
「優勝だ! 優勝したんだ!」
山口は天皇杯を渡されるともう落ち着いていられなかった。一番目立つところ、観客から一番見えるところを探した。
そして山口は貴賓席が区切られている手すりに上り、天に向かって天皇杯を高々と築き上げた。
国立競技場が大歓声で埋まる。
「薩川! お前も上れよ!」
山口の言葉に薩川は少し驚いた表情になる。山口は8年間一緒に横浜フリューゲルスを支え、戦ってきた薩川と一緒にサポーターに伝えたかったのだ。
横浜フリューゲルスが優勝したことを。
サポーターだけじゃない。家族にも、スタッフにも。横浜フリューゲルスを愛してくれた人全員に見せたかったのだ。
式典が終わり、選手達はグラウンドに戻る。
「あれ? まだみんな帰ってないな」
薩川の言葉に山口が見渡すと、確かにたくさんのサポーターが残っていた。
天皇杯は試合が終わると、ほとんどのファンが帰ってしまう。
だが今年は違っていた。スタンドの全員が横浜フリューゲルスの優勝を祝福するように残っていた。
それから山口達はゆっくりとグラウンドを回り始めた。
「ありがとう!」
「本当にありがとう!」
そんなフリューゲルスサポーターの声がする。
その中を山口達は歩いていく。
そして事件はエスパルスサポーターのところまでやってきたところで起きた。
『横浜フリューゲルス!
横浜フリューゲルス!
横浜フリューゲルス!』
そうエスパルスサポーターがコールし始めたのだ。
山口は溢れ出そうになる涙を必死に抑えた。
「泣くなよ」
「イヤ、これは泣くよ」
そんな会話をしているのは楢崎とサンパイオだった。そう言っている楢崎も少し涙を浮かべている。
「このまま黙って通るわけにはいかないだろ。みんな整列しよう」
選手会長の前田の言葉にエスパルスサポーターの前にフリューゲルスの選手達が並び、挨拶した。
すると横浜フリューゲルスのコールはさらに大きくなった。
山口達は名残惜しいが次に向かう。
次はバッグスタンドだ。
山口達が辿り着く前から横浜フリューゲルスのフラッグが舞っていた。
試合が終わって日が陰り始め、寒くなってきているにも関わらずそこにはたくさんのサポーターが待っていた。
そして最後に横浜フリューゲルスサポーターが待つゴール裏だ。
着く前から大騒ぎだった。涙を流しているサポーターもいれば、グラウンドに飛び降りてきそうなサポーターもいた。
山口達は大きく手を振った。何度も何度も手を振った。
(絶対に忘れない!)
そう思いながら山口は手を振り続けるのであった。
俺と聖はゴール裏に行った選手達を見送る。いつものゴール裏だったらあの狂乱の中で俺と聖も大騒ぎしていただろう。今日の席は試合は見やすかったが、最後に騒げないのが減点対象だ。
「終わったね」
「終わったな」
俺と聖はずっと立ちっぱなしだったのを思い出して席に着く。俺達の両親は行っていいギリギリのところまで行って選手達に手を振っている。
それを見て俺と聖は笑ってしまう。
「いつもと立場が逆だね」
「お父さん達があそこまで興奮するの初めて見たよ」
聖の言葉に俺が続く。父親達もあれだけ興奮しているんだ。普段は何も見せないように生活をしていたけど、思うところはあったんだろう。
「楽しかったね」
「楽しかったなぁ」
二人で手を繋ぎながらそんな低学年みたいな感想しか出てこない。自分のバカさ加減が嫌になってくる。
「……いい思い出になったね」
「……そうだなぁ」
横浜フリューゲルスファンを喜びと悲しみに突き落とすもの、それはチームの消滅ということだ。
「合併撤回されないかなぁ」
「されて欲しいよなぁ」
「大人の都合で合併になったんだから、大人の都合で合併撤回があってもいいと思うんだよね」
「俺も全く同意見」
聖と二人で笑い合う。
本当に楽しかった。期間は短かったけど、横浜フリューゲルスは俺達の青春なのだ。
「うん? 小学生で青春はおかしいか?」
「何の話だい?」
「いや、横浜フリューゲルスは俺の青春ってこと」
「ああ、それは間違いない。僕にとってもそうさ」
試合結果に一喜一憂する興奮。
そして他のチームのサポーターとの煽り合戦。
動きの悪い選手に向けて飛ばす野次。
いい動きをした選手に対する称賛。
他のサポーターと応援するときの一体感。
全部がいい経験になった。
そこで俺は試合開始前から掲げられている手書きの横断幕がある。
『この想いは決して終わりじゃない
なぜなら僕らが終わらせないと決めたから
いろんなところへ行っていろんな夢をみておいで
そして最後に君のそばで会おう』
「そうだよな、俺達の想いは終わりじゃないんだ」
「終わらせなんかしないよ。僕は一生フリエサポーターだ」
聖の言葉に俺は笑う。
「俺もだ」
遠くでは横浜フリューゲルスのサポーターが歌を歌い始めた。
『あなたが私にくれた物 ロシア生まれの大男
あなたが私にくれた物 ブラジル生まれのサンパイオ
あなたが私にくれた物 ドイツ生まれのエンゲルス
大好きだったけど合併するなんて
大好きだったけど最後のプレゼント
BYE BYE FUCK YOU 全日空
サヨナラしてあげるわ』
一九九九年一月二日
横浜フリューゲルス消滅。
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