第十三章 勝利を
午後2時36分。後半がキックオフになった。
俺と聖は最初から全開だ。
いや、俺と聖だけじゃない。フリューゲルスサポーターはみんな全開で叫んでいる。
羞恥心? そんなものがあって試合に勝てるのか? 勝てないんだったらいらない。今は少しでも選手を後押しできるようにただ叫ぶだけだ。
「頑張れぇ!」
「決めろぉ!」
俺と聖は叫ぶ。
選手まで届けと大きく叫ぶ。
「勝とうぜ!」
「勝とうよ!」
勝ってくれと大きく叫ぶ。
この試合が終わったらフリューゲルスがなくなってしまう。
そんな考えを今は捨てろ。
今はただ勝ってくれと大きく叫べ。
後半はフリューゲルスのパターンになった。
攻め続けるフリューゲルス。守るエスパルス。
俺はひたすらに『決めろ』と叫んでいた。隣の聖は願いを込めるように手を握り『決めてくれ』と叫んでいた。
フリューゲルスサポーター全員が願っていた。
勝ってくれ。
選手達もよくその願いに答えてくれていた。
全員が全力でプレーしていた。フリューゲルスの戦士であることを誇るようにプレーしていた。
「あぁ、クソ」
俺の視界が涙に滲んできた。
試合の最中は忘れていようと思ったこと。
この試合が横浜フリューゲルスの最後の試合であること。
それを思い出して涙が出てきた。
「何でこんな最高のチームをなくしちまうんだ……」
俺はガキだ。何にもできないガキだ。
大人の都合なんか理解できないガキだ。
俺がもっと大人だったら変えられたのか?
俺が大金持ちだったら横浜フリューゲルスを救えたのか?
そんなことも理解できないガキだ。
だけどわかることもある。
今回の出来事を……横浜フリューゲルスを消滅させることを選んだ奴を俺は絶対に許さない。
一生恨んでやる。
横浜フリューゲルスをなくしたことを絶対に後悔させてやる。
俺は袖で涙を拭う。するとちょうどよく応援歌の最後の部分だった。
俺はそれを大きく叫ぶ。
天まで届けと大きく叫ぶ。
『ヨ・コ・ハ・マ! フーリュゲルース!』
フリューゲルスサポーターによる大合唱だ。
そして再び選手達が答えてくれる。
サンパイオから出たパスを永井が得意のドリブルで左からペナルティエリア内に入っていく。そして相手ディフェンダーを引きつけてゴール前中央でフリーの吉田にパス。
吉田はそれを冷静にワントラップ。
そして……
『うわぁぁぁぁぁぁぁ!』
横浜フリューゲルスサポーターの歓喜の大歓声。
「吉田ぁぁ! 吉田ぁぁぁ!」
「やった! 決まった! 決まったよ!」
俺と聖は手を合わせて喜びあう。
決まった。決めてくれた。
逆転の点を決めてくれた。
『横浜フリューゲルスohohoh!
横浜フリューゲルスohohoh!
横浜フリューゲルスohohoh!
フリエ!フリエ!フ・リ・エ!
フリエ!フリエ!フ・リ・エ!
フリエ!フリエ!フ・リ・エ!』
横浜フリューゲルスサポーターの歌声が国立競技場に木霊する。
俺達はまだここいいるぞと木霊する。
だが試合はまだ終わっていない。再びボールが戻され試合が再開する。
叫ぶ、叫ぶ。
自分でもなんて叫んでいるのかわからない。
でもこのまま終わりたくないから大きく叫ぶ。
フリューゲルスが強いところを見せてくれ。
フリューゲルスは無くなっちゃいけないチームだってことを見せてくれ。
俺達も必死に応援する。
選手達を必死に応援する。
後半はまだ終わらない。
エスパルスが攻めてくるのを守り、カウンターを浴びせる。
追加点にはならないが、それでも攻めてくれている。
そうだ見せてくれ。フリエの戦士は強いってことを見せてくれ。
もう俺の叫びは言葉になっちゃいない。
それでもいい。
思いはきっと選手に届くはずだ。
だから声を出すことをやめない。
やめてはいけない。
声を出し続けろ。応援を続けろ。
それこそが横浜フリューゲルスの戦った歴史なのだ。
たとえJリーグの記録から横浜フリューゲルスが消え去っても、俺達横浜フリューゲルスサポーターの記憶には永遠に残り続ける。
いや、残し続ける。
そして語り継ぐのだ。横浜フリューゲルスという強いチームがあったことを。
試合終了のホイッスルがなる。
「涙で酷い顔になっているよ」
「聖もな」
俺と聖は泣いていた。この涙には色々な意味がこもっている。
優勝して嬉しい。試合が終わってしまって悲しい。
そして横浜フリューゲルスの試合がもう二度と見れないという悲しさ。
俺は止まることのない涙を拭うこともせず空を見上げる。
そこには真っ青な空が広がっていた。
山口は試合終了直後、誰かに抱きつかれたがそれを振り払ってボールを自分のお腹に隠してしまう。
「これはフリューゲルスの歴史だ……」
そう呟いて山口は大事に抱える。この試合で使われたボールはたくさんある。それでも山口はこの試合終了のホイッスルがなった瞬間に使われていたボールを宝物として残すことに決めた。
試合終了のホイッスルの瞬間に試合に出場できなかった選手、スタッフ、そして関係者がグラウンドに飛び出していた。
みんな泣いている。
色々な意味を持つ涙だ。
そして抱き合いながら喜んでいる。
勝利して優勝したという喜びだ。
改めてセンターサークルで整列して礼をする。
そしてファンの挨拶に向かう。
爆発。
その表現が正しいだろう。サポーター全員が歓喜の声で迎えてくれた。今にもグラウンドに降りそうなサポーターもいる。
そして大半のサポーターが泣いていた。
その涙の意味はフリューゲルスの選手やスタッフと同じ気持ちの涙だ。
家庭的なチーム。
そう横浜フリューゲルスが評されたことを山口は思い出した。三浦などは練習が楽しいとまで言っていた。
その家庭的な雰囲気はこのサポーター達のおかげでもあったのだろう。
「山口!」
「薩川!」
山口は改めて薩川と喜び抱き合った。気がつくと二人で泣いていた。ボロボロとグラウンドに涙をこぼしながら泣いていた。
そんな涙まみれの顔を見合わせる。
「ひでぇ顔だな。多分天皇杯はお前が受け取るんだから、それまでに綺麗にしとけよ」
「そこまで酷いか?」
山口の言葉に薩川は「ボロボロだよ」と笑って言った。
そういえばと思って山口はスタンドの中に人を探す。それを薩川は不思議そうに見た。
「どうかしたか?」
「いや、あの子達が来てないかと思ってさ。応援団に混じってよく大騒ぎしていた子達」
山口の言葉に薩川も一緒になって探す。だが、狂乱状態にあるサポーターの中から子供達を探すのは不可能だ。
「山口、この中から探すのは無理だ」
「だな。だけどきっと来てくれているだろうな」
「あんなに熱心な子達だったからな」
そう言って山口と薩川は大きく笑うのであった。
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