第十二章 最後の試合
試合開始のホイッスルがなる。そこからはもう何も考えない。試合が終わるまで、声が枯れるまで応援するだけだ。
俺も聖も俺の両親も聖の両親も声を枯らして応援する。
勝利を信じて応援する。
楽しい。
ゴール前まで持ってこられて
「楢崎とめてくれ!」
そう叫ぶ。
そして楢崎がとめてくれれば。
「よくやった!」
その大合唱だ。
そして攻めていけば、
「決めろ!」
外せば
「下手くそ!」
と野次と飛ばす。
だが、そこには確かにチームに対する愛がある。
勝って欲しいという思いがある。
だからこそ応援する。
勝ってくれと応援する。
「あぁクッソ! エスパルス調子いいなぁ!」
「今日の状態みる限りじゃどこのチームでも押し込まれるよ」
試合が始まってしまえば周囲がうるさくて普通の会話なんかできないから、俺と聖は怒鳴り合いながら会話する。
フリエサポーターとしては最悪だがエスパルスの調子がいい。フリューゲルスだって悪いわけじゃない。
だが、攻められ続けている。
「あ!」
「やばい!」
俺の聖の声がハモる。
エスパルスの選手が右からセンタリングを上げたのだ。
「楢崎止めろぉ!」
「止めて!」
しかし俺達の叫び虚しくエスパルスに先制されてしまう。
フリエサポーターからは落胆の声が出る。
しかし、選手達は落ち着いていた。
(そうだ、俺達サポーターが諦めてどうする)
そう思った俺は他のサポーターに負けずに声を張り上げる。
「まだまだこれからぁ!」
「まだまだこれからぁ!」
山口は客席から聞こえてきたその言葉に内心で頷く。
エスパルスはコイントスで風上をとってきて、さらに調子もいい。選手全員の意見として1点は仕方ない。前半は追加点を渡さなければいい。そういう考えだった。
元からフリューゲルスはスロースターターな部分もある。前半をなんとか乗り切って後半勝負。漠然とそういう展開を思い浮かべていた。
だから山口は声をあげる。まだまだこれからだと声を出す。
「さぁ、切り替えて行くぞ」
『おう!』
仲間達からは力強い返事が返ってくるのであった。
「あぁ! ちょっとは自重しろよエスパルス!」
「君はフリューゲルスが攻めている時に『ちょっと手加減してやれよ』と言うかい!」
「言うわけないだろ!」
「そう言うことだよ!」
聖の言葉にグゥの音も出ない。
相変わらずフリューゲルスは攻められ続けていた。
だが、選手達は必死になって失点には繋げない。楢崎なんかゴールポストに激突してまで体を張って守ってくれている。
だから俺達も声を張り上げて応援する。絶対に負けるなを声を張り上げる。
「考えてみたらうちとエスパルスって相性最悪だよな!」
「リーグ戦で連敗してるよね!」
「その上ナビスコカップでも負けてるよ!」
俺と聖はそう会話する。エスパルスに負け続けているのはよく覚えている。なにせマリノス山崎がここぞとばかりに煽ってくるからだ。
「だけど負けるわけにはいかないよなぁ!」
「その通りさ!」
負けるわけにはいかない。フリエの最後の瞬間は笑っていたいのだ。笑っているのだと聖と約束したのだ。
遠くに聞こえる応援団の太鼓の音に合わせて応援する。
ずっとし続けてきた応援だ。もう耳にタコができるくらい聞いているし叫んでいる。
それを叫び続ける。選手達に届けと大きく叫ぶ。
勝ってくれと叫ぶ。
フリューゲルスに勝利をくれと叫ぶ。
俺達は応援することしかできない。でもそれでも……
「俺達も一緒に戦っているんだ!」
選手達と一緒に戦っている。ピッチとスタンドという違いはあっても間違いなく一緒に戦っているのだ。
「だから勝ってくれ!」
「僕達にフリエが強いところを見せてくれ!」
俺の叫びに聖も叫ぶ。選手まで届けと大きく叫ぶ。
フリューゲルスのサポーターは叫んでいる言葉はバラバラでも気持ちは一つだ。
この最高のチームに最高の栄誉を。天皇杯優勝という栄誉を。
それがサポーター達の気持ちであり。
勝ってくれ!
それが単純だが究極的な願いだった。
そしてチャンスはやってくる。
前半のロスタイム。
山口は受け取ったボールを永井に出す。永井は受け取ったボールを即座に山口に戻した。完璧なワン・ツーパスを決めた山口は中にいた久保山に浮き球を出した。
「「決めろぉぉぉぉぉ!」」
俺と聖は今日一番の叫びをあげる。
久保山は相手のゴールキーパーと一対一。決定的なチャンスだ。
そして……
「いよぉぉぉぉぉしゃぁぁぁぁぁぁ!」
「久保山ぁ! ナイスゴール!」
俺と聖は手を取り合って喜び合う。
山口からボールをもらった久保山は冷静に決めてくれたのだ。
「よっしゃ! 同点! 同点だ!」
「行ける! 行けるよ!」
俺と聖は応援歌を歌いながらそう叫ぶのであった。
「久保山、よくやった!」
山口は決めた久保山に駆け寄ってバシバシ叩きながらそう言った。
山口とワン・ツーを決めた永井もいる。
永井は真ん中から崩すのが好きな選手だ。だから山口は日頃から永井と『真ん中から崩そうぜ』と話していた。
だから山口は永井に出した瞬間に自分に返ってくると信じていた。
そして永井は山口に戻した。
戻ってきたボールを山口は久保山に出した。久保山に出したのは調子も良かったし、天皇杯が始まってからずっと『点を決めろよ』と言っていたからだ。
久保山も『いいパスくださいよ』とおどけて言っていたが、難しくなったパスを冷静に処理して決めてくれた。
そして前半が終了してハーフタイム。ロッカールームで選手達は盛り上がっていた。
後半は風上になるしリズムも掴み始めている。
「よし行ける!」
「これで大丈夫だ!」
ロッカールームにはそんな声が響いていた。
山口も行けると思った。
(いや行けるんじゃない、行くんだ!)
このまま終わったら何の意味もない。ゲルトが目指すサッカーを、今こそやるんだ。
横浜フリューゲルスの選手もスタッフもサポーターも、心は一つ。
最後の試合に最高の勝利を!
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