第十五章 横浜フリューゲルスは終わらせない
「優勝はヴィッセル神戸か」
「いい試合だったじゃないか」
俺の呟きに目の前の聖が微笑みながら続ける。
「い〜や、横浜フリューゲルスがあったら間違いなく優勝はフリエだ」
「君も毎年それを言ってるね」
俺の言葉に聖は楽しそうに笑う。確かに天皇杯決勝を見るたびに言っている。
だが、
「俺は本気だぞ?」
「知ってる。僕も同意見だからね」
聖は中学生くらいから伸ばし始めた髪をさらりと払う。
「うん? どうしたんだい? 僕に見惚れたかい?」
「ハッ(嘲笑)」
(笑顔で目つぶし)
「あぁぁぁぁぁ! 目がぁぁぁぁ!」
「全く、正月早々にモップになるんじゃないよ」
「目がいたぁい」
俺と聖のいつものやりとりだ。
とりあえず俺は席に戻る。
聖も思いだすように外を見ている。
「フリエがなくなってから、何回くらいサッカー観戦に行ったっけ?」
聖の言葉に俺は腕を組みながら思いだす。
「俺と聖が社会人になってから確か地元だからって理由でベルマーレを一回……いや、二回か? んで山口が監督だからって理由で横浜FCに一回……か? たぶん」
「……やっぱり違ったんだよねぇ」
聖の言葉に俺は黙って頷く。
社会人になってお金ができてから、聖と一緒に『もう一回サッカー見るか! まずは推しのチーム作ろうぜ!』ってノリでサッカー観戦に行こうとしたのだ。
だが横浜マリノス(今はF・マリノスだが)が横浜ダービーで戦う一番のライバルチームって認識があるから無理。地元である湘南ベルマーレは平塚のイメージが強くてやっぱり違う。そしてフリューゲルスの後継チームとしてスタートした横浜FCもなんか違う。
そんなわけで俺と聖はJリーグから完全に離れてしまった。日本代表の試合は見るが、他の試合は全く見ないし、どこがリーグ優勝したことすら知らない状態になっている。
「やっぱり僕らにはフリエしかないんだね」
「いいことなのか悪いことなのか」
俺は壁にかけられている横浜フリューゲルスの応援フラッグを見つめる。
俺達のサッカーはあの日に置いていかれてしまった。
「あ」
「? どうした?」
そしてスマホを弄っていた聖が言葉を漏らす。その表情をよく見ると驚愕の表情になっていた。
珍しいこともあるもんだと思って、俺は回り込んで聖のスマホを覗き込む。
「はぁ!?」
そして大声を挙げた。
いや、これは仕方ないって! だって記事の内容が内容だもん!
「横浜ダービーが復活ぅ!?」
横浜フリューゲルスが消滅したことで横浜ダービーがなくなったはずだった。
しかし、記事には復活とある。
「波戸って覚えているかい?」
「ああ、覚えてる」
聖の言葉に俺は頷く。
「その波戸が企画してやったんだって、ちなみに二〇一四年」
「俺らが一番忙しかった時期!」
なんて時期にやってくれたんだ波戸! でもよくやってくれた波戸!
「あ、やばい。メンツが僕らにぶっ刺さりすぎる」
聖に記事のURLを飛ばしてもらい、俺も内容を見る。
「楢崎に佐藤浩! 佐藤尽に三浦とかもいるじゃん! おお! 山口!」
「いや! それより僕らにはこいつでしょ! 服部!」
「服部! 肝心なところで外す服部じゃないか!」
「いいところにいるのに外す服部だよ!」
俺と聖はそのメンバーをみて大盛り上がりだ。
楢崎正剛、佐藤浩、森山佳郎、大嶽直人、佐藤尽、波戸康広、渡邉一平、前田浩二、奥野誠一郎、中田一三、高田昌明、原田武男、三浦淳寛、永井秀樹、山口素弘、佐藤一樹、吉田孝行、前田治、久保山由清、服部浩紀。まさしく俺達が応援していた横浜フリューゲルスだった。
「あ! しかも監督もゲルトだよ!」
「うぉ! マジか! まだ日本にいたのかゲルト!」
「これはサンパイオも来て欲しかったねぇ!」
「流石に無理だろ。ブラジルだぞ」
「だよねぇ」
そう言って二人で天井を見上げる。
改めて思うが、俺達のサッカーはあの日で終わってしまった。
だが、横浜フリューゲルスはまだ続いているのだ。
二人で落ち着くためにお茶を飲み、一息つく
すると、思いだすように聖はクスクスと笑い始めた。
「結婚式の入場曲にVictoryを使うと言った時の父さん達の顔覚えているかい?」
「唖然としてたなぁ」
俺の言葉に聖は口元を手で隠す。その左手の薬指には指輪がはめられていた。
俺の左手の薬指にも同じものがはめられている。
「でもその後に母さんが『じゃあフリエカラーのドレス作るから披露宴で着てね』の言葉に君の両親大爆笑」
「だからと言っちゃあなんだがお色直しでそのドレスを着て入場する時は曲をVictory。俺は応援フラッグを持って入場したら山崎が『敵ですわ! 敵ですわ!』って大騒ぎしたのはぶっちゃけ面白かった」
俺と聖は今でも横浜フリューゲルスのサポーターを自称している。なので結婚式でもフリエ愛を貫いたのだが、フリエを知っている人が少なくて悲しくなったのも事実だ。
横浜フリューゲルスが消滅してからもう二十年以上が経過している。フリエを知らない人も増えている。
俺はそれがたまらなく悔しかった。
Jリーグにはこんなに強いチームがあったんだ。
それを残す証として俺は一つの案を考えていた。
「なぁ、聖。次の作品についてなだけどさ」
「なんだい? 結婚直後に突然『俺、小説家目指すわ』とか言って仕事を辞めて絶賛ヒモ真っ最中の旦那様?」
聖の言葉に俺は土下座する。そして聖は流れるように俺の土下座の上に座った。
「どんな作品か聞こうか?」
「ああ、横浜フリューゲルスを題材にしようと思ってさ」
俺の言葉に聖は絶句する。だが、すぐに破顔した。
「面白そうじゃないか。それにそれだったらうちに無駄にある横浜フリューゲルスグッズが役に立ちそうだ」
「山口の書いてくれた『横浜フリューゲルス消滅の軌跡』とか第一級資料だろ」
違いない、と聖は笑った。
「どんな内容にするんだい?」
「俺が小学生の頃に横浜フリューゲルスの応援に実際に観戦に行った時のこととか、その後の学校のこととかだな」
「山崎さんや近衛くん、近田くんに許可を取りたまえよ」
「奴らに人権などない……!」
「これだよ」
聖は呆れているが本気で攻めている様子ではない。
「それで? 本のタイトルは?」
内容は未定だが、タイトルだけは決まっていた。
「『消えたチーム〜俺と横浜フリューゲルス〜』だな」
空は今でも横浜フリューゲルスのブルーに染まっているのだった。
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