第六章 あぶねぇ奴ら! 浦和レッズ

 今日俺達がやってきたのは浦和レッズの本拠地である駒場スタジアム。俺がお父さんに仕事終わりにフリエの応援に行ってずるいと文句を言ったところ、アウェーの試合だが連れてきてもらえることになった。

「なんと言うか……凄いね……」

「本当にな」

 俺と聖が呆然と呟く。それもそのはず。駒場スタジアムの周りはレッズサポーターの赤、赤、赤。赤で埋め尽くされている。

「あ、神保くんに長さん」

「お、近田も来てたのか」

 そして俺達に声をかけてきたのはクラスメイトのレッズサポーター。レッズ近田であった。

「うん、僕のお爺ちゃん家が近くだからさ。ホームゲームの時によく来るんだ」

 納得である。なぜ神奈川県民の近田がレッズサポーターだったのが謎だったのだが、そう言う関係らしい。

「それじゃあ今日の試合楽しもうね」

「おう」

「近田くん、またね」

 マリノス山崎やヴェルディ近衛と違って近田は煽ってくることは少ない。これがマリノス山崎やヴェルディ近衛だったら煽りあいが勃発していただろう。

 そして俺と聖は両親に連れられてスタジアムに入る。

 そして仰天した。

 圧倒的なレッズ赤率!

 ひょっとしたらフリューゲルスサポーターはいないんじゃないかと勘違いするレベルで真っ赤だ。

 そして何が怖いってレッズサポーターの気合の入り方である。まるで負けたら殺すぞと言わんばかりの大歓声である。

「「こわぁ……」」

 思わず俺と聖の言葉がハモってしまう。それくらいの恐怖だ。

「神保!」

 そして声をかけてきてくれたのは応援団で太鼓を叩いているお父さんの同僚さんである。

 避難するように応援団の中に入って、ようやく俺と聖はまともに呼吸ができるようになった。

「えぇ。アウェーってこんなに酷いものなのかい」

「いやいや、嬢ちゃん。レッズが特殊なだけだよ」

 聖の呟きに別の応援団の人が答えてくれる。

「だが、人数で負けていても応援で負けるわけにはいかない。頼むぞちびっ子達!」

「「はい!」」

 そんな俺達もアウェーだということを忘れて応援を始めるのであった。




「真っ赤だなぁ」

 山口はスタジアムを見渡しながら呟く。

 基本的にアウェーの試合は相手チームの色でスタンドは染まる。それでもここまで差がつくのは熱狂的なファンが多いレッズが相手だからだろう。

「怖いよなぁ、レッズ戦」

 山口の隣にいた薩川もスタジアムを見渡しながら呟く。

「色々な意味で荒れるんだよなぁ、レッズ戦」

「サポーターが怖いからなぁ」

 薩川の言葉に山口も答える。

 すると二人にフリューゲルスの応援歌が聞こえてくる。二人がそちらを見るとゴール裏に陣取っているフリューゲルス応援団が小勢ながら声援を挙げている。

「ここまで応援してくれるからには、勝ってあげたいよなぁ」

「鹿島戦に勝ってから勝てていないからなぁ」



 そんな二人の思いも虚しく、横浜フリューゲルスは浦和レッズに敗北するのであった。





 危機的状況である。

 今日の試合結果?

 それは確かにフリエが負けてクソ不機嫌になるが、危機的状況ではない。

 では何が危機的状況なのか。答えは単純である。

((バスの中にレッズサポーターしかいない!))

 試合が終わってスタジアムから出ているバスに乗り込むと、なんということでしょう、バスの中も真っ赤に染まっているではありませんか。

 スタジアムだけでなく帰りのバスの中でもアウェーを感じるとは思っていなかった。バレたらやばいと思った俺と聖は必死になってフリューゲルスのグッズをリュックに隠す。少しだけ応援フラッグが出ているがセーフだと信じたい。

 ちなみに俺と聖の両親は普通に会話している。見習いたい、その根性。

 そしてゆっくりとバスが動き出す。99.9%のレッズサポーターと0.1%のフリエサポーターを乗せて。

 バスの中でも会話も今日の試合についてがほとんどだ。レッズサポーターは勝ったために上機嫌である。これでもしフリエが勝っていたらバスの空気がどうなっていたか興味があるが知りたくない事柄である。

「これ僕達がフリエサポーターってバレたらまずいんじゃないかい?」

「大丈夫だ。レッズサポーターもまさかフリエサポーターがバスに乗っているとは思うまい」

 聖の小声での言葉に俺も小声で返す。バレなければ……バレなければ大丈夫……

 当然のようにそんな願いは届かない。

 俺は混雑するバス内部で一人の小学生と目が合う。

 レッズ近田だった。

 黙っていてくれとジェスチャーする俺。力強く頷くレッズ近田。

「あぁぁぁ! フリエサポーターが乗ってる!」

 そして大声指差し確認付きで近田が叫んだ。

 その声に反応するレッズサポーターのみなさん。声を確認し、指先を確認し、俺達を敵視し始めた。

((ち、近田ぁぁぁぁぁ!))

 俺と聖の渾身の叫びである。そんな中近田は親指を立てて下に向けた。

『フリエサポーターだと?』

『どうする? 処す? 処す?』

 そしてそんな不穏な会話がレッズサポーターの間で始まる。

 そしてタイミングよくバスが駅につき、俺達は逃げるようにバスから降り、ダッシュで駅の改札に向かう。

 改札に入ってようやく俺と聖は一息つけた。

「もう二度とアウェーの試合行かない」

「僕はレッズの試合がトラウマになりそうだよ」





「信仁、今日のスポーツ新聞読んだかい?」

「いや、何か面白い記事あったか?」

 小学校についてから、聖が何かを思い出したように俺に聞いてきた。

「フリューゲルス監督変わるって」

「マジで!? ついにレシャック解任!? よっしゃぁ!」

 席から立ち上がってガッツポーズを決める俺。今年のフリエの不調は監督のせいじゃないかと聖と話し合っていたからだ。

「後任! 後任誰だ!? まさかカムバック賀茂さんか!?」

「いや、ゲルト・エンゲルス監督だって」

「……誰?」

「さぁ?」

 俺と聖は揃って首を傾げる。俺と聖は選手についてはわかるが、監督、特に外国人監督なんかさっぱりだ。

 だが、俺には心強い友人がいる……!

「小泉! 今日、稲室は?」

「風邪ひいて休みだってさ」

「万策尽きたか……」

「尽きるの速いね」





 山口はその報告をどこか安心して聞いた。

 レシャック監督が辞任し、代わりにゲルト・エンゲルスが監督に就任したのだ。

 ゲルトはJリーグが発足してからずっと横浜フリューゲルスでコーチと努めている男だ。フリューゲルスの監督が頻繁に変わる中、コーチで居続けたゲルト。

 当然のようにゲルトはフリューゲルスのことを熟知している。

「これからはいいサッカーができそうだ」

 山口はそう呟いてクラブハウスに向けて車を走らせるのであった。

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