第五章 激闘! 横浜ダービー!
九月十四日。明日は超大事な試合である。
「お〜ほっほっほっ」
教室内に入った途端に響く心底むかつく笑い声。
「マリノス山崎……!」
「お〜ほっほっほっ、ついにこの日が来ましたわよフリエ神保! 明日は横浜マリノス対横浜フリューゲルスの横浜ダービーですわ!」
そう、明日は横浜フリューゲルスと横浜マリノスサポーターが一番血の気が上がる試合。横浜対決の横浜ダービーの日である。
同じ地元を本拠地とするフリューゲルスとマリノス。それだけにお互いのライバル意識は強い。何せどっちの横浜が上かはっきりする日である。
「まぁ! 今年の横浜ダービーはうちがもらっているけどな!」
「あら! 去年の横浜ダービーの結果を忘れているのかしら!? うちが二勝している状態ですわよ!」
「はぁぁぁ!? 去年のことなんか知りませぇぇぇぇん! 大事なのは今年ですぅぅぅぅぅ!」
「あぁぁぁぁら! それだったらリーグ順位はうちの方が上ですけどぉぉぉぉぉ!? フリエさんはファーストステージどうでしたかぁぁぁぁぁ! 序盤はかなり不調だったようですけどぉぉぉぉ!」
「はぁぁぁぁ!? 怒涛の七連勝を忘れましたかぁぁぁぁぁ!?」
「忘れましたわぁぁぁぁ! その前の五連敗でしたら脳裏に焼き付いておりますけどぉぉぉぉ!」
「貴様ぁぁぁぁぁ!」
そして当然のように取っ組み合いが始まる俺と山崎。当然のようにクラスメイト達は止めるどころか思いっきり煽ってくる。
「よすんだお前達!」
「「ヴェルディ近衛!」」
「横浜ダービーという小さな括りに拘るんじゃない! 神奈川という大きな括りで見るんだ!」
「お前も入りたいだけじゃねぇか!」
「川崎を本拠地とするヴェルディはお呼びじゃありませんわ!」
「なんだいなんだい? ヴェルディと神奈川ダービーをするのは怖いのかい? まぁ、仕方ないね! だってヴェルディは最強だから!」
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
「ファーストステージマリノスより順位下だったヴェルディさんが何か言っていますわぁぁぁぁ!」
「それでもフリューゲルスよりか順位は上だったからねぇぇぇぇぇぇ!」
「ここぞとばかりに俺を煽ってくるんじゃねぇぞクソがぁぁぁぁぁぁ!」
山崎と近衛のダブル煽りにブチギレる俺。
「ファーストステージヴェルディより下でフリエより上だったレッズの話してる?」
「「「和製フーリガンは黙ってろ!」」」
「いや、うちよりアントラーズの方が酷いから」
「一緒だよ! 他のチームのサポーターからしたら同じだよ!」
「貴方達の応援超怖いですわ!」
「もうちょっと紳士的になりたまえよ!」
俺達三人の罵倒を聞いてもレッズ近田はへこたれない。
「サッカーは野蛮人がする紳士的なスポーツだからね」
「「「その言葉はどうなんだ!?」」」
横浜国際総合競技場。98年から三ツ沢と一緒に神奈川のホームとして使われ始めた横浜フリューゲルスのホーム競技場である。
今日、ここで迎え撃つのは宿敵横浜マリノス。
他のチームに負けるのは許せる……いや、許せないし死ぬほど悔しいけど我慢することはできる。
しかし、フリューゲルスもマリノスも決して負けられないのがお互いに横浜を本拠地としている相手である。
横浜ダービー。
同じ横浜市を本拠地としているチームがぶつかり合うことをそう言うことを俺はフリエのサポーターになってから知った。
「負けられない……この試合だけは負けられない……!」
「まぁ、僕も同意見だけどそれにしても君は鬼気迫りすぎじゃない?」
「バカ聖!」
「Oh、バカにバカと言われるのはこんなにムカつくものだったんだね」
なんだか聖に失礼なことを言われた気がするが、俺はスルーする。
「いいか聖、相手はあのマリノスだ。マリノスと言えばうちのクラスに誰がいる?」
「山崎さんだね」
「そうだ、マリノス山崎だ。あとはわかるな? もしこの試合を落としたら1週間はあいつのクソ煽りを食らうことになる」
「それ完全に自業自得だよね。先回フリエが勝った時に1週間くらいクソ煽りしたから」
「バッカ! その前に去年の聖の所業があったからだよ!」
俺とマリノス山崎の横浜ダービー後の煽りあいは俺達の学年の風物詩みたいなものだ。どちらが煽られているかで勝敗がわかると評判だ。
「と言うか君達クラス違う時もわざわざ教室に行って煽ってたよね? 実は仲が良いだろ」
「はぁぁぁぁぁぁ!? ありえませんが!? マリノスファンと仲が良いとかありえませんがぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そんな会話をしながら俺達はスタジアムに向かって歩く。当然のように俺達の後には俺の両親と聖の両親も一緒だ。
「お〜ほっほっほっほっ!」
「このムカつく高笑いは……!」
俺が笑い声の方を見るとそこにはマリノスのレプリカユニフォームを着たマリノス山崎がいた。
そしてマリノス山崎は俺にズビシと指をさしてくる。
「ここで会ったが百年目! フリエ神保! 今日こそどっちが上かハッキリさせましょうか!」
「はぁぁぁぁぁ!? 今節最初の結果を忘れましたかぁぁぁぁ!? 同じこと言ってうちに負けてましたがぁぁぁぁぁ!?」
「はいぃぃぃぃぃ!? 去年うちに連敗かましている人の戯言とか聞こえませんけどぉぉぉぉぉ!?」
お互いにデコをぶつけ合ってメンチを切り合う俺とマリノス山崎。
それを呆れながら見ているのは聖だ。
聖は俺達の罵詈雑言を呆れて聞き流しながら俺の父親の方へ向く。
「おじさん、そろそろ止めた……」
聖の発言はそこで止まる。何せ……
「今日も勝たせてもらいますよ」
「いえいえ、今日は負けません」
そこには笑顔だけど目が笑っていない状態で握手をしている俺の父親とマリノス山崎の父親の姿があったからだ。
その光景を見て聖は一度頷いて口を開いた。
「う〜ん、横浜ダービーに来たって感じだね」
フィールドでの試合前の練習。山口はスタジアムの異様な熱気に気づいていた。
「相変わらず横浜ダービーは凄いな」
サポーターにとっても横浜ダービーが特別であるように、選手にとっても特別な試合である。
主に荒れると言う意味で。
フリューゲルスの創設からいる山口も毎回感じることだが、このお互いには絶対に負けたくないと言う敵愾心はどこから出てくるのだろうか。
「今日も荒れそうだなぁ」
「薩川」
そんな山口のところにやってきたのは山口と同じくフリエ一筋でやってきている薩川だった。
「マリノスとの試合は毎回こうだから困るな」
「無観客でやらされるよりはマシだろ」
山口の言葉に薩川はそれはそうだと笑った。
三ツ沢以外での横浜ダービーは初めてであったが、とても盛り上がっている。
「うちのチームも負け続きだからな、そろそろ勝ちたいな」
山口の言葉に薩川は無言で頷く。そして薩川は何かを見つけたのは応援席を指差した。
「見ろよ山口。あの小学生だ」
フリューゲルスの選手達の間で有名な小学生サポーター。古い応援フラッグをユニフォームにして最前列で大声で応援するその姿はとても心強かった。
そしてこの試合でも二人の少年と少女が応援フラッグを振りながら大きな声で応援していた。
「……勝ちたいなぁ」
「そうだなぁ」
「マリノスには絶対に負けるな!」
「マリノスに負けたら歩いて帰りたまえよ!」
俺の叫びに聖が続く。
そして試合開始のホイッスルが鳴った。一気にボルテージが最高潮になるフリューゲルスサポーターとマリノスサポーター。
家庭的で温厚(自称)なフリューゲルスサポーターもマリノス相手の時は全く違う。
飛び交う怒号。巻き起こるブーイング。
それに触発されるように選手達のプレーも荒くなる。
少しでも足を削られて倒れれば『ファールだ! 最悪だ、死ね!(あまりにも汚い暴言が飛び交うために表現緩和)』という言葉がスタンドから飛び交う。
俺達の必死の声援(という名の怒号)が選手達に向かって飛ぶ。
「最悪だ!」
「止めてくれよ楢崎!」
聖は頭を抱えて叫び、俺は罵声に近い怒号を飛ばす。最悪なことに最初にゴールネットを揺らしたのはマリノスだった。
「うぉぉぉぉ! 客席で山崎が高笑いしている姿が幻視できるぅぅぅ!」
「前衛芸術になってるヒマはないよ! 試合再開だ!」
聖の言葉に再びフリューゲルスに声援を送る。
一進一退の攻防を繰り広げるマリノスとフリューゲルス。
「押されてるなぁ!」
「マリノスの調子がいいね!」
「ムカつくよなぁ!」
「ムカつくねぇ!」
意見が一致したのでとりあえず聖とハイタッチ。
しかし、前半はマリノスに先行されている形で後半へ入ることになった。
ハーフタイムに入る前の選手に向かって俺は大きく怒鳴った。
「マリノスだけには負けるな!」
「マリノスだけには負けるな!」
子供の声で聞こえたその言葉を山口は苦笑して聞いた。
「どうした?」
そこに薩川が話しかけてくる。
「いや、やっぱり横浜ダービーは特別なんだと思ってな」
「すげぇ歓声……歓声か? あれ」
「どっちかと言うと罵声とか怒声に近いな」
「だよな」
山口と薩川はお互いに苦笑する。
やはり横浜ダービーの雰囲気は異様だ。お互いのサポーターは『他のチームに負けても許す。でもここに負けたら殺す』と言った雰囲気を出している。
「前半は中村にやられたな」
「いい選手だよ、中村は」
薩川の言葉に山口は返す。前半は見事に中村俊輔に決められた。
「後半、追いつかないとな」
山口の言葉に薩川は力強く山口の背中を叩くのであった。
後半開始のホイッスル。
「絶対に負けるな!」
「最低でも引き分けだよ!」
俺と聖の叫びである。
俺達は子供である。そして子供とは未来に向かって生きる存在である。
決められてしまったことは仕方ない。こっちもプロのサポーターだ。素直に相手が上手かったと褒めてやろう。
山崎は煽るが。
だが、過去に失点したのなら、未来でこちらが得点をとれば実質勝利である。
「つまり何が言いたいかと言うと絶対に点とれコラァ!」
「信仁! 口調口調!」
「口調なんか気にしてられるか! マリノスだけには絶対に負けるな!」
俺の魂の怒号である。
だがそんな俺達の応援も虚しく、どこかフリューゲルスの選手の動きが悪い。
「なんだよぉ! もう疲れたのか!」
「まだまだ時間はあるよ!」
俺と聖は声を枯らして応援する。
だがまぁ、応援して勝てたらこの世の勝負はとても平和になるわけで。
つまりは……
「二点目とはどういうことだぁ!」
「真面目にやれ!」
俺と聖のマジ切れ二失点目である。
「ふ〜ざ〜け〜ん〜な〜!」
俺は癇癪を起こしたように応援フラッグを振り回す。
まぁ、ブチギレているのが俺と聖だけのようにも見えるが、バッチリ他のサポーターもガチギレしているので安心である。
そしてその得点差のままフリューゲルスは今節の横浜ダービーに敗北したのであった。
山口は試合終了のホイッスルを息を切らせながら聞く。
フリューゲルスは後半に安永聡太に決められ二失点となった。
山口は得点以上に気になっていることがある。
フリューゲルスの動きが悪いのだ。
これには監督のスタイルが関係していた。
レシャック監督は攻撃的なサッカーを好む。必然的に戦術や選手の動きもそちらに引っ張られることになる。
だが、そのレシャックの期待にフリューゲルスは応えられなかった。
「だが、何をやりたいのかも理解できないからな」
少なくとも山口はレシャックのやりたいことが理解できなかった。その相互不理解がフリューゲルスの失速の原因になっていた。
「……流石にこのままだとマズイぞ」
山口の呟きは誰にも聞かれることはなかったのであった。
「学校行きたくねぇ……」
「君もしつこいな。いい加減諦めたまえよ」
俺が憂鬱になりながら通学路を歩いていると、隣から聖がツッコミを入れてくる。
「いやだって嫌にもなるぞ。今からマリノス山崎の高笑いが聞こえてきそうだ」
「諦めるんだね」
そんな会話をしながら下駄箱で上履きに履き替え、教室に向かう。
そして扉の前で大きく深呼吸してから扉を開く。
「お〜ほっほっほっほっほっほっほっほっほっほ!」
「クソ! いつもより『ほ』が多い!」
そして俺を確認した途端に聞こえてくる高笑い。それがいつも以上に絶好調であった。
「あ〜ら! そこにいるのは先日の横浜ダービーで我がマリノスに無様に敗北したフリエ神保じゃありませんか!」
「信仁、ステイステイ」
即座に殴りかかろうとした俺を聖が止めてくる。
「ごめんなさいねぇ! 中村俊輔と安永聡太が決めてごめんなさいねぇ! あら!? そういえばフリエさんは誰が得点を決められましたっけ!?」
「……誰もいねぇよ」
「あっはぁ! そうでしたわねぇ! ごめんなさいねぇ! 傷口に塩を塗り込む真似をしてしまって!」
「はぁぁぁぁぁ!? 全然大丈夫だし! なんだったら来年からの横浜ダービーはずっとうちが勝つし!」
「言いましたわね!? それじゃあ次の横浜ダービーで負けたら土下座で『弱者ですいません』と言わせてみせますわ!」
「おぉ! もし負けたらやったろうじゃねぇか! なんだったらただの土下座じゃねぇ! 伸身土下座をしてやらぁ!」
「お〜ほっほっほっほ! 今から楽しみですわ!」
そんななか聖がポツリと呟いた。
「伸身土下座ってそれは単に床に寝そべっているだけじゃないのかい?」
もちろんその言葉は盛り上がっている俺達に届くわけがなかった。
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