第四章 夏休み

「やぁ、お邪魔するよ」

「おっす、聖」

 夏休みに入り、マリノス山崎やヴェルディ近衛、レッズ近田と顔を合わせる必要がなくなり、ストレスフリーな生活を送っている俺。そんな俺のところにやってくるのは物心つく前からの付き合いである聖である。

「相変わらずだらけているね」

「バカ! 夏休みだぞ、夏休み! そりゃあ全力でだらけるだろ!」

「ふむ、真理だね」

「だろう?」

「だったら僕が終わらせた夏休みの課題はいらないかな?」

「この愚民に是非とも見せてください」

「あんたにプライドはないのかい?」

 お母さんから何やらツッコミが入ったが、プライドでは宿題が終わらないので聞かなかったことにする。

 俺と聖は俺の部屋に向かう。部屋に入ると俺は聖から宿題を受け取って机に座り、聖はプレイステーションを起動して実況パワフルプロ野球98開幕版をやり始めた。

「僕はパワプロやるの初めてだけど、意外と面白いね」

「俺は近衛の家でスーファミの時にやってたからなぁ。プレステで牧場物語出ないかなぁ」

「ああ、あのゲームボーイの奴かい? 確かに面白かったね」

「いや、あれも最初はスーファミだったんだよ。近衛の家でやったけどあれも面白かったなぁ」

 そんな会話をしながら俺は宿題を写し、聖はパワプロでサクセスをやっている。

「好きな球団はどこにした?」

「近鉄」

「オリックスだろ」

 ここで近鉄ファンの聖とオリックスファンの俺のガンのくれあいが発生したが、別に珍しいことではない。

「対戦とかはしているのかい?」

「それぞれがサクセスで作った選手をぶち込んだ推し球団で対戦するんだけどさぁ、小泉がめっちゃつえぇの」

「ああ、小泉くん野球やってるしね」

「いや、多分それは関係ない」

 何やら今年は横浜ベイスターズの調子もいいらしく、小泉も上機嫌である。

「野球で横浜優勝したらサッカーも横浜優勝するな……!」

「リーグ戦はまだしもヤマザキナビスコカップはフリエダメダメだけど?」

「馬鹿野郎! セカンドステージと天皇杯が残っているだろ!」

 むしろ一番最後の天皇杯で優勝すれば今までの負け分も全部チャラになるだろ! リーグ優勝して欲しいけどさ! ファンとしては!

「これでマリノスが優勝したりしてね」

「それだけは絶対に許さない」

 それをやられるとマリノス山崎のクソ煽りを延々と聞かなければならなくなる。それをやられたら戦争不可避だ。

「と言うか算数のドリルとか面倒すぎるんだけど」

「残念ながらポスター作成とかもっと面倒なのは残っているんだよね」

「そうだった」

 ポスター作成とかクソ面倒い。両親に任せると母親が張り切ってしまうために自分でやらざるんえない状況。難しいものである。

「信仁、電話!」

「あいよ。誰?」

「小泉くん」

 俺の部屋まで電話の受話器を持ってきてくれたお母さんから受話器を受け取る。

『神保ぉぉぉぉぉぉ!』

「叫ばなくても聞こえてるって」

 そしていつも通りに電話越しに叫び声をあげる小泉。スピーカーモードにしているのかってくらいの大音量が受話器から溢れる。聞こえていた聖も苦笑い。

『みんなで学校で遊ぼうって話になってんだけど、神保も来る?』

「おお、行く行く。聖はどうする?」

「女子は誰か来るのかい?」

 聖の声が聞こえていたのか、小泉は普通に答えてくる。

『山崎が来るって言ってたから、何人か来ると思うぞ』

「じゃあ行くよ」

「それじゃあ俺と聖も行くわ」

『オッケー、あ、神保! ポケモンとゲームボーイ忘れるなよ!』

「目と目があったらバトルだ!」

 俺の返答に小泉は大笑いをしてから電話を切る。

 聖の方を見ると、すでにプレステを切って立ち上がっていた。

「一回、家に戻るよ」

「おっしゃ、じゃあ聖の家の前で待ってるよ」

「わかった」






 小泉達と学校で野球をやったりサッカーをやったりポケモンをやったりしていたら、五時のチャイムが鳴ったので、その場で解散となった。

 家の前で聖と別れ、俺は家に入る。

「ただいまぁ!」

「おかえり。晩御飯までもうちょっとかかるから宿題やっておきなさい」

「へ〜い」

「返事は『はい』」

「は〜い」

「伸ばさない」

 お母さんの小言を聞き流しながら俺は自分の部屋に向かう。

 そして当然のように宿題をやらずにゲームを始めた。

「邪魔するよ」

「お〜、聖か」

 そして部屋の窓から聖が入ってきた。なんの因果か聖とは部屋が向かい合っているために、屋根を伝えばお互いの部屋に行き来することができる。

「サクセスがさっき途中までだったからね。続きをやりにきた」

「あ、悪い、それたった今消したわ」

「絶許」

 俺にコブラツイストをかけてくる聖。必死にタップをするが、許してもらえなかった。

「あ、信仁……って、あら仲良し」

「ギ・ブ、ギ・ブ!」

「ノーノー」

 完全に極められているのに微笑ましいものを見るような笑顔を見せている俺の母親。やっぱりどこかズレている気がする。

「それで? お母さん何?」

「今日はお父さん遅いから先にご飯にするよ」

 俺のお父さんは朝は俺が起きる前に出勤し、俺が寝た後に帰ってくるという勤務生活である。全日空は忙しいんだなぁ、というのが息子である俺の思いである。

「同僚達フリエの応援に行くんだって」

「ずるい!」

「うわ!?」

 無理矢理体を起こしたら上に乗っていた聖が床に転がった。だが俺はそっちを気にする余裕はない。

「ずるくない!? 俺も行きたい!」

「お父さんは仕事の一貫だから」

「それでもずるい!」

 その後もずるいずるいと騒いでいたらお母さんから拳骨をもらった。

「クソぉ、クソぉ、ずるい、ずるい」

「今日の試合というと札幌との試合だね」

「いいなぁ……俺も行きたかった……」

「まぁ、我慢するんだね」

 そんな俺の夏休みの日常。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る