第三章 お手製ユニフォーム

「「横浜フリューゲルスウォウォウォ〜、横浜フリューゲルスウォウォウォ〜。フリエ! フリエ!」」

 俺と聖は横浜駅から三ツ沢球技場までの道のりを応援歌を歌いながら歩く。二人揃ってフリエのレプリカユニフォームを着て、手には応援フラッグを持っている。

 俺達の後ろからは俺の両親と聖の両親が談笑しながら歩いている。

 我が神保家と聖の長家が三ツ沢競技場の時に応援に行くのは恒例行事だ。うちの両親は熱心なフリエサポーター。聖の両親は聖のお父さんがサッカーの大会でいいところまで行ったそうで元々がサッカー好き。そこでうちと繋がったことによってフリエサポーターとなっている。

 俺達の周囲にも三ツ沢に向かっているサッカーサポーターは多い。我が横浜フリューゲルスだけでなく、今日の対戦相手である憎っくきヴェルディサポーターもいる。

「こらこら。ヴェルディサポーターを睨みつけるのはやめたまえ」

「のぶひとの、にらみつける」

「ヴェルディサポータの防御力が下がった……って言わせないでくれたまえ」

 勝手に人のボケに乗っかった癖に文句を言ってくる聖。いいのか? 俺は知っているんだぞ? お前が最初に捕まえたポッポにとびまると名付けて殿堂入りまで使っていたことを。

「今日の相手はヴェルディだけど、前園使ってくるかな」

「使ってくるだろ。日本代表だし」

「そう考えるとヴェルディは代表選手が多いね」

「フリエも負けてねぇから! 山口と楢崎は日本代表だし、サンパイオなんかブラジル代表だぞ! ブラジル代表!」

「山口とサンパイオか。そう考えるとフリエもすごい選手が多いよね」

「そうだぞ。フリエは強いんだ」

 俺の言葉に聖は真剣な表情で口を開く。

「その割にタイトルを取ったのは93年の天皇杯だけだけど」

『それは言うな』

 聖の言葉に俺だけじゃなく。周りにいたフリエサポーター全員からツッコミが入る。96年は惜しかったんだ……後半の失速さえなければ……!

 そして三ツ沢球技場に着き、球技場の中に入る。すでにたくさんのサポーターが集まっている。

「神保!」

「おぉ、いつも悪いな」

 そしてお父さんの名前を呼ぶ応援団の太鼓を叩く人。俺達はその応援団の中に入れさせてもらう。

 うちの家族も聖の家族も特に応援団やファンクラブに入っているわけではない。だが、お父さんの同僚が応援団に入っているために仲間に入れてくれているのだ。

「聖、信仁くん。ちょっと来てくれるかしらぁ」

「「は〜い」」

 二人で最前列でフラッグを力任せに振っていた俺と聖をおばさんが呼ぶ。二人でおばさんのところに行くと、おばさんは鞄からあるものを取り出した。

「じゃ〜ん!」

「「おぉ!」」

 それは使わなくなった応援フラッグを使ったおばさんお手製の応援ユニフォーム。

「スッゲェ! おばさんスッゲェ!」

「よく作れたね、お母さん」

「ふふ〜ん、お母さん洋裁はちょっと得意なんだから。応援フラッグは神保さんが提供してくれたしね。ほら、ちょっと着てみて」

 おばさんに言われるがままに二人でおばんお手製のユニフォームを着てみる。

「おお、ピッタリだ!」

「僕にはちょっと大きいかな」

「どうせすぐに大きくなってちょどよくなるわよ」

 俺と聖の姿を見て笑顔をみせるおばさん。

「よぉし、ちびっ子達! 一番前で応援してくれ!」

「「はぁい!」」

 応援団の人に言われ、俺と聖は最前列で大声を張り上げるのであった。





 横浜フリューゲルスのキャプテンである山口素弘は、ホームスタジアムである三ツ沢球技場で眼を細めながら、客席を見ている。

「どうかしたのか、山口」

「薩川」

 そんな山口に声をかけてきたのは山口と一緒に横浜フリューゲルスの発足から所属している薩川了洋であった。

「いや、だいぶお客さんも入るようになったと思ってな」

「ああ、Jリーグの開幕戦の時はひどかったからな」

 二人が思い出すのはJリーグの開幕戦となった清水エスパルスとの試合。その試合は横浜フリューゲルスのホームゲームでありながら、スタンドは清水エスパルスの黄色に染まり、空には清水エスパルスのバルーンまで上がっていた。

 だが、今はスーパースター軍団であるヴェルディ川崎が相手でも、同じくらいのサポーターが入っている。

「今年は取りたいな、リーグ優勝」

 ポツリと呟いた山口の言葉に、薩川は黙って頷く。

 優勝できなかったら全部同じ。

 それは山口が常々思っていることだ。タレントが揃っている横浜フリューゲルスだが、あと一歩のところでリーグ優勝には届いていない。今季もすでに四連敗を喫している。

 それでも横浜フリューゲルスのサポーターは応援に集まってくれている。

 そんなサポーターに恩返しできるとしたら優勝しかない。

「うん? おい、山口。あれちょっと見てみろよ」

「なんだ?」

 薩川の言葉に山口が応援団の方に視線を向けると、使われなくなった応援フラッグを身に纏った小学生が、旗を振り応援歌を歌っている。お手製のユニフォームの姿はとても目立っている。

 そんな小学生を見て山口は笑みがこぼれる。

「勝ちたいな、今日の試合」

「勝とうぜ」

 山口の言葉に薩川が続くのであった。





「前園のクソめぇ……育てた恩を仇で返しやがってぇ……」

「君はなんでそんなに前園を目の敵にするんだい?」

「今は現実問題として敵だからだ!」

「それもそうだったね」

 今日の試合結果は散々である。スコアは0ー3。しかもそのうちの一点は横浜フリューゲルスから移籍した前園によるものである。

「憎い、ヴェルディが憎いぞぉ」

「いい加減諦めたらどうだい? 負けたものは負けたんだ」

「そんな聖の今の気持ちは?」

「おのれ前園……!」

 俺と聖はハイタッチを交わす。勝敗があるのがスポーツだ。だから俺も聖もそこまで落ち込んではいない。ただ学校に行った時のヴェルディ近衛の煽りがウザくなるだけだ。

 落ち込んでいても仕方ないので聖と二人で横浜フリューゲルスの応援歌を歌いながら三ツ沢球技場の敷地を歩く。後ろからは俺の両親と聖の両親が歩いている。

 そして俺と聖の耳についさっきまで聞いていた太鼓の音が入る。

 不思議になってそっちを見ると、応援団の人達が楽しそうに俺達の応援歌に合わせて太鼓を叩いてくれていた。

 俺と聖は顔を見合わせる。

「行くかい?」

「当たり前だろ」

「だね」

 俺と聖は笑い合うと走って応援団の人達のところに向かうのであった。

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