第二章 クラスメイトはライバルチームサポーター
一九九八年四月某日。
「う〜む」
俺は自分の部屋で床に座りながら腕を組んで考え込む。下からお母さんが早くしろと怒鳴っているが、これは大切なことなので深く考え込む。
「誰の背番号にするか……!」
俺の前に置いてあるのは横浜フリューゲルスの子供用レプリカユニフォーム。俺がこれを着て学校に行く時は背中に選手の背番号を入れるのが日課である。
「よし! 今日の番号はこれだ!」
今年の横浜フリューゲルスのオフィシャルブックだけじゃなく、昔のオフィシャルブックに載っている選手達の中から一つの背番号を選ぶ。
「93年、94年のユニフォームだったらこいつだな!」
そう言って俺は背中に6番を書き込む。洗ったら落ちるように水性ペンだ。
俺はユニフォームを着てランドセルを持ち、階段を降りる。リビングに入ると見慣れた顔がノンビリと牛乳を飲んでいた。
「やぁ、信仁」
「おっす、聖」
挨拶をしてきたのは俺の隣に住む幼馴染の聖。物心ついた時には一緒に遊んでいて、今でも一番一緒に遊んでいる女の子だ。
「今日は誰だい?」
「ふふ〜ん、こいつだ!」
聖の言葉に俺は背中に書いた背番号を見せる。すると聖は少し驚いた表情を見せた。
「モネールか。僕も印象に強く残っているよ」
「モネールダンスのことか?」
「ダンスもだけど、どちらかと言えばハゲの方かな」
ハゲのくせしてサッカーは上手い。明るくて面白い選手だったのになぁ。
「なんでモネールは退団しちゃったんだろうな」
「さぁね。大人にも色々事情があるんじゃないかい?」
肩を竦めながらの聖の言葉。人のこと言えないけど、たまにこいつが本当に小学生か怪しむ時がある。
俺と聖が横浜フリューゲルスに出会ったのはJリーグ開幕前まで遡る。俺の父親が全日空に勤めていて、家の近くに横浜フリューゲルスの前身のチームである横浜トライスターサッカークラブの練習場に近かったことから、必然的に三ツ沢球技場に応援に行くようになっていた。
そして93年にJリーグ発足。始まりの10チームの1つになった横浜フリューゲルスに、俺と幼馴染の聖は三ツ沢での試合のたびに応援に行くようになっていた。
「信仁! あんたまた背番号なんて書いて!」
「やっべ! お母さん行ってきます!」
「それじゃあ、おばさん行ってきます」
「気をつけて行きなさい!」
お母さんの怒鳴り声を聞きながら俺と聖は家を飛び出す。少し行ったところで聖を待っているとノンビリと聖は現れた。
聖と並んで学校に向かう。聖とは色々な話をする。遊びの話やゲームの話だ。だが、翌日にあるイベントがある時は内容が決まっている。
「相手はどこだっけ?」
聖の質問は主語が抜けていたが、俺は簡単に質問の内容を察することができる。
「ヴェルディだな。前園を引き抜いた憎っくき読売球団だ」
「君のその読売嫌いはなんなの?」
「バッカ! バッカじゃねぇの聖! 読売と言えば天下の巨人軍だぞ! 金に物を言わせて選手をかき集めるクソ球団だ! あいつらそれをサッカーでもやろうとしてるんだぞ!」
「いや、そうとも限らないんじゃないかい?」
「いいや、絶対にそうだね! 第一、北澤とかラモスとか三浦っていうスターがいるにも関わらず前園を引き抜いたんだぞ! 絶対に金に物を言わせて強くしようとしてるに違いない!」
「う〜ん、完全な言いがかり」
「当たり前だ! こっちは天下御免の小学生様だぞ!」
「その言い分が小学生らしくないんだけどね」
俺の胸を張りながらの言葉に呆れる聖。
そんな会話をしているうちに小学校に到着する。他のクラスの友達等と挨拶をしつつ、二人で同じ教室に入る。
そして即座に聞こえてくる笑い声。
「お〜ほっほっほっ」
「このムカつく笑い方……」
俺が勢いよく振り向くと、見るからに育ちが良さそうな聖とは違ったタイブの美少女。だが、俺はこいつに見惚れることなどない。
なにせこいつは……!
「マリノス山崎……!」
「あ〜ら! 誰かと思えば絶賛四連敗中のフリエ神保じゃありませんか!」
そう! こいつは横浜フリューゲルスとは不倶戴天の敵である横浜マリノスのサポーターなのだ!
「まぁ! 私の横浜マリノスは絶賛三連勝中なので! 横浜とつくのですから強いに決まっていますわよね! え? まさか横浜とついているのに連敗街道まっしぐらなチームなんているわけありませんわね!」
「はぁぁぁぁぁぁ!? 何を言っちゃってるんですかねこのお嬢様は! 今節最初の横浜ダービーの結果を忘れましたか!? 永井と佐藤が決めてうちの勝ちでしたけど!」
「それは延長戦の結果ですわ! 90分の試合内容だったらマリノスの方が動きは良かったですわ!」
「あ〜り〜え〜ま〜せ〜ん! 90分の動きもフリエの方がよかったから!」
そして俺と山崎は取っ組み合いを始める。それを止めるどころか囃し立てるクラスメイト達。
「はいはい、王冠一個から賭けは受け付けるよ」
『神保に王冠二個!』
『じゃあ私はやまちゃんに王冠三個!』
そして聖主催で王冠を掛け金にした賭けが始まる。
「お前達! 喧嘩はよせ!」
そして喧嘩を止めてくるクラス委員長。しかし、俺と山崎は止まるどころかヒートアップする。
だってこいつの好きな球団は……
「「ウルセェ! ヴェルディ近衛!」」
「お前達の争いは無意味だ! 現在四連勝中のヴェルディ以外のチームは等しく雑魚だ!」
「「ぶっ飛ばすぞヴェルディ近衛ぇぇぇ!」」
そう! こいつの好きな球団は憎っくきヴェルディである! しかも止めているようで俺達を煽って来やがった!
「なによ初戦ベルマーレ相手に落としたくせに!」
「やめろ山崎! うちもバッチリベルマーレ戦は落とした!」
そしてヴェルディを攻撃しながらフリエにも攻撃してくる山崎。
「それよりヴェルディは前園返せよ!」
「いやぁ、残念ながら前園は自分から希望してヴェルディに来たからなぁ!」
「はぁぁぁぁ!? どうせ天下の読売様が金に物言わせて引き抜いたんだろぉぉ!」
「ははは、貧乏球団の嫉妬が気持ちいいね! いやぁ! スター軍団でごめんねぇ!」
ヴェルディ近衛の言葉に俺と山崎は奇声をあげて殴りかかる。これによって乱闘がさらに大きくなった。
「おはよう……ってなに、この騒ぎ」
「やぁ、近田くん。いつもの通りフリエとマリノスとヴェルディによる醜い争いさ」
「あぁ、なるほど。それだったら結論は簡単だ」
始業のチャイムギリギリに入ってきたクラスメイトと会話する聖。そしてそのクラスメイトはさらなる爆弾を投下した。
「最強なのは浦和レッズだから」
「「「レッズ近田は黙れよ!」」」
「お願い……チャイムはもう鳴ったから大人しく席について……」
担任教師の寂しげな声を無視して俺達は自分の推しチームが最強だと怒鳴りあうのであった。
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