03
妖怪を探しているという女の子。
栗谷エナ。
僕は変わった女の子と知り合いになってしまった。
「なんだったんだろうな、あれは」
スフレとのボール投げを公園で続けながら僕は思った。
単にからかっているだけなのか。
中二病的な考えの持ち主で妖怪がいると信じているのか。
それとも本当に、妖怪は存在しているとでも言うのだろうか。
「馬鹿馬鹿しい」
僕は最後の考えを否定する。
しかしわざわざ否定しなければならないほど、栗谷の言ったことが気になっているのも事実だった。
全部本気に決まってんじゃん。
そう言った彼女の目は確かに本気だった。
あれが演技だとしたら相当な役者だと思う。
まあ、僕の目が節穴の可能性もあるけれど。
そんな風に考え事をしながらスフレからボールを受け取り、僕は再びボールを投げた。
しかし、飽きもせずボールを追いかけ続けていたスフレが、今回は止まったまま動かなかった。
「どうした、スフレ?」
呼びかけてもどこかを見つめたまま動かない。
僕は再度呼びかける。
「おーい、聞いているかー?」
その時だった。
スフレが突然走り始めた。
しかもボールとは全然違う方向にだ。
「ちょっ! どこへ行く!?」
僕を無視して走り続けたスフレは、公園の茂みを突っ切って姿を消してしまった。
僕は急いでスフレが消えた辺りまで駆け寄った。しかしどこにもスフレは見当たらない。あの調子で走り続けてどこかへ行ってしまったようだった。
突然のことに僕は呆然とする。
「なんなんだ、いったい」
約10年スフレを飼っているがこんなことは初めてだった。
まさかウイルスにでもやられてしまったのか?
「そうだ、位置情報!」
僕はハッとしてスマートバンドをタップし、ホーム画面を呼び出した。
画面に並んでいるアイコンの一つをタップし、バーチャルペットのアプリを起動する。そのアプリには、バーチャルペットの現在位置が分かる機能があるのだ。
その機能を選択すると周辺のマップと一緒にスフレの現在位置が表示された。スフレは町内をすごい速さで移動していた。
いったいどこに行くつもりなんだ?
「とりあえず追いかけよう!」
僕はスフレを目標地点に設定してARナビゲーションをスタートさせた。
スフレまでの道のりを示すバーチャルなラインが、実際の道路の上に表示される。
つまりこのラインに沿って行けばスフレのいる場所にいつか辿り着くというわけだ。
僕は公園に止めておいた自転車の乗り、ラインに従って走り始めた。
そうして走ること約20分。
僕は木々が生い茂る小高い山の入り口に到着した。
「この先にスフレはいるのか……?」
ARナビゲーションの示すラインは登山道らしき道へと続いていた。
道は細くて石畳になっており、すぐそこから階段になっている。
改めてマップを確認すると、スフレはこの先のある地点で留まっているらしかった。
その場所の名前は、マップの表記では
「こんなところに神社があったのか」
生まれてからずっとこの町に住んでいるが、僕はそのことを初めて知った。
僕は入り口に自転車を止めて登山道へと入り、峰尾神社へ続く階段をのぼり始めた。
しかし階段は急なうえに、なかなか終わりが見えなかった。
「これは……、きつい……」
疲労を感じながら僕は思わずぼやく。
いったい何百段あったのだろう。
やがて階段の終わりと鳥居が見え、僕は峰尾神社に辿り着いた。
「やっと着いた……」
僕は膝に手をやって呼吸を整えてから、辺りを見回した。
峰尾神社の境内は思ったよりも広かった。周りは木々に囲まれており、静けさに包まれている。しかし神社の景観は異様だ。地面には雑草が好き放題に生えているし、何より建物がボロボロで朽ち果てている。
簡単に言えば、廃墟だ。
その様子は何年も放置されているという感じだった。
「これは廃神社ってやつなのかな……」
そんな風に境内を眺めているうちに、建物の前にスフレがいるのに気がついた。
僕はホッとしながら石畳を歩いてスフレに近づいた。
「やっと見つけたぞ、スフレ。いきなり走り出してどうしたんだ?」
僕はスフレの背中に話しかけた。
しかしスフレは、じっと何かを見上げたまま固まっている。
いったい何を見ているんだ?
僕はスフレの視線の先に目をやった。
その瞬間光とともに、大きな狐が目の前に現れた。
金色の毛並みに、九本の尻尾。
3メートルはあろうかというその狐は、僕のことをじろりと見下ろした。
「峰尾神社へようこそ!」
「うわああああ!」
突然のことに驚いた僕は叫びながら尻餅をついた。
さっきした栗谷との会話が思い出される。
大きな狐の電脳妖怪がこの町に出るという噂
まさかこれが……?
「って、今なんて言った?」
狐の言葉が少し遅れて頭に入り、僕は冷静になって訊ねた。
「峰尾神社へようこそ、と言いました」
狐は女性の声で言った。
と言うことは、つまり……。
僕は立ち上がってさらに訊ねる。
「もしかして君は、この神社のバーチャルガイド?」
「はい、その通りです。ご質問がありましたら何なりとお訊ねください」
「なーんだ。そう言うことだったのか」
僕は照れ笑いを浮かべた。
観光地にバーチャルガイドやマスコットがいるのは珍しいことじゃない。この狐もそういう類いのバーチャルだったというわけだ。それなのに僕ときたら、こんなに大げさに驚いてしまうなんて……。
しかしそれも無理はないかもしれない。
普通はゆるキャラ化したり擬人化したりして可愛くするものなのに、そのバーチャル狐は妙にリアルに作られていた。全体的な雰囲気は神々しく、親しみよりも畏怖を感じる。こんなのが神社にいたら神様よりもこの狐を拝んでしまいそうだった。
でも分かってしまえばどうってことはない。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花。さては栗谷さんが言っていた噂の正体はこれだな?」
バーチャル狐のビジュアルといいこのロケーションといい、素材は十分に揃っている。この狐の存在に尾ひれが付き、妖怪として広まったとしても不思議ではないだろう。
何てことのない事実だが、僕は思いのほか満足した気分になった。
「いやあ、なんか謎が解けてスッキリって感じだ」
しかしその時、バーチャル狐の後ろにある神社が目に入って僕は違和感を持った。
もう何年も手入れされていない、朽ち果てた建物。
そう言えばここって廃神社だよな。
それなのにどうしてバーチャルガイドが残っているんだ?
その疑問と同時に嫌な視線を感じ、僕はバーチャル狐を見上げた。
狐が、禍々しく微笑んでいた。
背筋が凍り、息が止まる。
次の瞬間。
狐の前足が僕を襲った。
「がっ!?」
僕はなぎ払われて横に数メートル吹っ飛び、境内を転がった。
その見た目の派手さに比べたら痛みは少ない。
バーチャルから受ける感覚には制限があるから、狐に殴られた痛み自体はほとんどないのだ。
だけどそれだけに、この現象には決定的におかしな点がある。
「どうしてバーチャルが、僕を吹っ飛ばせるんだ……?」
バーチャルが実存物体を直接動かすことは物理的に不可能だ。
本物の機械と組み合わせればそれっぽく見せかけることは可能だが、当然そんな機械はこの神社にはない。
じゃあ、いったいどうやって……?
僕はわけの分からないまま立ち上がり、狐を見た。
狐の輪郭は青白く光っている。
やはりあれはバーチャルのはずだ。
と、その時僕は、さらに奇妙なことに気がついた。
「えっ……?」
僕がさっきまで立っていた場所に、もう一人の僕が倒れていた。
その光景に疑問を通り越して頭が混乱する。
本当に、いったい何が起きているんだ?
「ククッ。やったぞ、成功だ!」バーチャル狐が女性の声で高らかに言った。「こうも簡単に出来てしまうとは、さすがわしと言ったところか。おっと、貴様にも感謝しなければだったな。よくぞのこのことやって来て、まんまと騙されてくれた」
バーチャル狐が僕を見てにやりと笑った。
その言動はどう考えてもバーチャルガイドのものではない。
「お前は、いったい……?」僕は独り言のように訊ねた。
「知りたいか? ならば特別に教えてやろう。わしの名は
「電脳妖怪だって……?」
「ほう、電脳妖怪を知っておるとは、やはりわしらの地位は着実に上がっていると見えるな。よいぞ、人間。電脳妖怪をもっと世に広め、そしてもっと恐怖するがよい! ……と、そうであった。貴様に頼んでも無駄なのだったな。なぜなら貴様はここで、わしに魂を喰われるのだから!」
そのセリフとともに雷狐は僕に向かって突進して来た。
「げっ!?」
反射的に横に飛んで僕はその攻撃をかわそうとした。
しかしかわし切れず、雷狐の爪が左腕をかすめる。
その瞬間、皮膚を切り裂かれたような痛みが腕に走った。
まるで本物の痛みだ。
しかし血は一滴も出てこない。
切り傷も出来ていないし、服すら破けていない。
まるでゲームでダメージを受けた時のように、切り裂かれたという赤いエフェクトが腕に表示されただけだった。
最初になぎ払われた時はこんな風にならなかった。
痛みだって感じなかった。
それなのにどうして今回はこうなるんだ?
何がリアルで、何がバーチャルなんだ?
「わ、わけが分からない!」
それから僕がどうしたかと言うと、パニックになって一目散に逃げ始めた。
スフレには目もくれず自分の命惜しさに全力疾走だ。
鳥居をくぐって転がるように階段を降りて行く。
本当に転ばなかったのは奇跡に近いだろう。
あるいは火事場の馬鹿力みたいな能力が、生存本能によって発揮されたのかもしれない。
とにかく僕は一度も振り返ることなく登山道を走り抜け、山のふもとの道路に出た。
そこで僕は呼吸と心臓が限界に達して走れなくなり、その場に倒れ込んだ。
その状態で振り返り、登山道を見る。
階段の先から今にも雷狐が飛び出して来る気がして、僕は気が気じゃなかった。
しかし予想に反して雷狐はいつまで経っても現れなかった。
嫌な静けさの中、僕はつぶやく。
「あ、諦めてくれたのか?」
その瞬間、僕は背後から声をかけられた。
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