第17話 廻り巡って..。
街に蔓延る妖は完全に立ち消え、再び外には人々が歩くようになった。童子は以前と変わらず小さな小屋で瓢箪を傾け酒を呑む。
「..日常って残酷ですね。」
「突然なんだ?」
「あんな大きな出来事が嘘だったみたいに普通に時間が流れてる」
「無くていいだろあんな時間、誰しもが平和を望んでる。そんなに窮屈で多忙な面倒くせぇ時間が好きかよ」
「そういう訳じゃ..」
「だったらいいだろ、文句云うな」
閻魔は吼舵の祠に預けられ暫く静養している。修復されたといっても表面的なものばかりで内側は傷だらけ、とてもじょないが外は歩けない。
「それよりお前だ、人の心配してんな
未練断ち切るぞ。過去の記憶をな」
「そうですね、可能でしょうか。」
「知るか、やるしかねぇだろ」
記憶を浄化させるには、目まぐるしく大きなものを見過ぎてしまった。お巡りどころか街を上げた大事件など、薄めるどころか色濃くしてしまっている
「手伝って頂けますか?」
「..いや、自分で動け。
お前と俺は関わり過ぎだ、厚い記憶が重なれば忘れるもんも忘れられねぇ」
「そうですか、わかりました..。」
素直に納得をしてしまった。今まで関わったのはどちらかといえば、己よりも童子の記憶。上乗せされた他者の記憶を更に増やせば、未練の記憶は深くに保存されてしまう。記録するなら自らの新しい記憶でなければならない
「一人で外、歩いてみますね..。
今までお世話になりました、有難う御座います。」
「ちょっと待て」「はい?」
酒を呑むのを一旦やめ、家を出ようとする由魅子を呼び止める。最後の別れの挨拶でもするつもりだろうか
「お前武器持ってたな、拳銃だっけか
それを一発俺に当ててみろ。」
「は?
何故そんな事をする必要が」
「いいから当ててみろ、一発でいい。
それが俺に通用すれば外でも戦えるぜ多分もう俺より強い妖はもういねぇ筈だからな」
強さの頂点に君臨する童子に弾を撃ち判断する事で、単純な戦闘力を測れるという。酷く野蛮な体力検査だ。
「ほら撃て、胸でも土手っ腹でもいい
撃ちやすい箇所を狙いやがれ。」
「……!」「物分かりいいな、お前」
童子は知っていた。由魅子が迷わず銃を構えてくれる事を、曲がれず勝手に深く言葉を汲んで受け入れる事を。
「..いきますよ?」
「やっぱりお前、真面目過ぎるぜ。」
胸の真ん中、魂を狙う
魂は心臓とは異なる、死ぬ事は無い。まして銃弾如きで鬼は殺せない。
「う…思ったより刺さるな..。」
「平気ですか?」
「大丈夫だ、さぁ行け。
暫く帰ってくるなよ、わかってんな」
「……はい!」
刑事を棄てにいく筈なのに、自然と童子に向かって敬礼をしていた。
小屋の扉を閉めたとき、前にのみしか進めない、粗末なカラクリとなった。
「ありゃ刑事が天職じゃねぇか?」
その後はあてもなく歩き続けた。
ぼんやりとお巡りをしながら、平和の訪れた街を静かに散策した。暫く歩き足を痛める程度の疲労を帯びたとき、何故だか月が気になり空を見上げた。
「‥あれは斜洸さんなのかな?」
【ただの朧月だ、気に留めるな。】
「……現れましたね、八咫烏」
最早見慣れた黒い翼に怪しげな雰囲気
突発的な出現も驚きに値しない。
【どうだ、平和で緩慢な世界は】
「貴方は酷く、不快でしょうね。
愉しめる娯楽が無くなってしまって」
【..余裕だな、何か企策か?】
仮にも妖、それも神に近い存在に表情を一つ変えず挑発とも取れる振る舞いをする一人間の姿は、余りにも生意気に映る。慣れ故の奢りか?
「…ずっと、考えていたんです。
初めて遭った気がしない、何か知っている気がすると」
【..ほう?】
「そして分かったんです、初めは余りにも当然で気が付きませんでした。」
大きすぎて当たり前の事に、改めて目を向ける者などいない。それこそ慣れた奢りの目線を向けてしまう。
「貴方..先輩ですよね?」【……。】
思い入れの恩師、幾度も見た憧れの顔
堕ちた彼の死因は〝殉職〟であった。
「この拳銃をくれたのも、貴方です。
転生したんですか、妖の姿に」
由魅子はつねに考えていた、童子との死闘の最中閻魔は何を目的としていたか。結果として斜洸の手により丸く収まったがおそらくは、この街の平和つまり陽の光を取り戻したかったのではないか、そう思った。
「閻魔様が街に戻る事で空は晴れると思っていました。しかし未だ闇のままだとすれば原因は他にある、他の妖に他の魂に空の決定権が存在する。」
【..察しがいいな、流石私の元部下。
だがどうするつもりだ、私を殺すか
魂を壊して真の平和を...】
「……。」【そうか、成る程な】
言葉は途中で遮られた。
銃口を向けて睨みを利かす、それだけではっきり答えを伝えているつもりだ
「今度は撃ちますよ?
あのときとは決して違います。」
【譲り受けた力で師を撃つか、白状め
恩を仇で返すつもりか?】
「私は既に死んでいます。
その時点で、罰当たりで恩を返せていない。ですがその分同僚が、後輩が必ず受け継ぎ恩を返してくれます。」
銃と共に構えたその言葉は、刑事という役職を棄てた女の新たな記憶。
「私が死んでも
他の刑事の魂は絶対に死にません。」
【ならば貴様は廃れた亡骸だ】
「ええそうです、しがないお巡りです
ですが出来る事はまだありますよ。」
死んだお巡りに出来る事、それは同じく死んだ刑事を浄化させる事。
「敬礼はしません、さようなら先輩」
【…迷いがないな、烏間 由魅子。】
弾丸が八咫烏を射抜く、何故だろうか
一切の抵抗をしなかった。
黒い羽は宙に舞い由魅子の視界を遮る
目を開く頃には、空の月は消え、青色に変わる天の景色に太陽が見えた。
「先輩、何故人間を辞めたんです?」
【さぁ、なんでだろうね。
色々思う事があったのさ、きっと】
独り言のつもりだったが、返答があるとは。言葉を返したのは八咫烏でも先輩でもなく、それを射抜いた弾丸が形を変えて現れたもの。
「なんで貴方が...⁉︎」
「おやぁ、驚いてくれるのかい?
嬉しいねぇ。隠れてる甲斐があった」
いつかの不気味な紫の肌、煙を上げる咥え煙草。花魁と呼ぶには妖艶が過ぎる、人と呼ぶには不自然過ぎる。かつての童子の知り合いが何故に今頃。
「…もしかして
童子さんを撃ったのは貴方を?」
「御名答、ってところかねぇ。
勘が良いのが鼻に付くけどまぁいいよあれはあたしの引き金さね」
余りにも不自然な行動は過去の毒を抜く重要な作業だった訳だ、酒にやられたか策士になるとは珍しい。
「洞穴を開くとき童子はあたしに条件を出してきた。〝言う事は聞いてやる但し後の迷いの為に俺に毒を掛けていけ、後の事は任せる〟ってね。」
童子にかけた毒を媒介し傷口から撃たれた弾丸を経由し拳銃内の弾丸へ魂を移した。毒素を含んだ弾丸は八咫烏を射抜き滅ぼし再び菊を蘇らせた。
「あんたの事さ烏間 由魅子、記憶や過去を浄化できても待っているのは彷徨う不毛な時間のみ。それを童子は知っているからね」
「‥何を、するつもりですか?」
「簡単さ、二つの選択肢をやる。
記憶を徐々に浄化して何でもない魂の塊になるか。」
「二つ目は?」
「...魂を売り捌いて妖に転生するか」
「え?」
「あたしや八咫烏がそうしたのは、耐えられなかったからだ。不毛で無空な意味を持たない魂でいるのが。」
「……意味を持たない魂。」
生にしがみ付く気持ちはよくわかる。存在意義を剥奪されるのは耐え難い事であり赦されざる事である。生きた心地のしないまま存在していれば、自然と意味合いを求めるものだ。
「さぁ転生しなよ、烏間 由魅子。」
「私は…」
導き出す応えに意味はあるのか?
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