第16話 稲荷の祈り

 狐は静かに夜を眺める。それはひとえに、世が動かない事を知っていたからだ。動かない刻は見応えがあった。


「吼舵、私は恐らくこの世から消えます。一人でもこの景色を愉しめますか私はとても心配ですよ?」


「..何を云っている、縁起でも無い事を云うな。それに空というものは、何処にいようと景色は同じ、幾千と繋がっているものだ」


「...そうですね、忘れていました。」


その後一人になってから、狐は夜を見つめなくなった。やはり駄目だったのだ、一人で無限を拝むのは。


「またお前は遠くに向かうのか。

無限の闇を再び拝めというのか斜洸」


「あれが吼舵さんと共にいた妖狐..童子さんを護ってくれていた恩人。」

黒に生える白光が月を照らすように刻を緩やかに流し降ろす。


【貴方に奈落は似合いませんよ閻魔様

 私が総てを請負いましょう。】


「知り合いか、童子。」


「..あぁ、腐れ縁の腐れ縁だ。

だがどっかの狐と比べると、ちと気を張り過ぎる。お前は頑張り過ぎだ。」


【それは褒め言葉ですか?

 だとすれば有難いですが、常に気を

 張り続けていたのは貴方のほうです

 私はずっと見ていましたよ、童子】


「...けっ、敵わねぇなオイ。」


光の元に魂が集う。

洞穴に還る筈の魂は、斜洸の元で組み変わりいろを変えていく。


【すみません吼舵、私は戻れない。】


「あいつが気にするタマかよ、一人でも平然としてる暗い奴だぜ?」


「何をするつもりなんだ」


【穴の向こうに、妖の魂が暮らす事の

 出来る新しい街を創ります。】


「んな事出来るのか、まるで神だな」


【さらばです、愉快な友たち。】


天の川のように光の道が洞穴に延び、魂を纏う斜洸が進んでいく。封印は解放され穴は閉ざされた。しかしその先に有るのは奈落では無くいこいの園、神も閻魔も存在しない。

天国とはそういう場所の事であろうか


【洞穴の中を書き換えるとは、まさか

 鬼の中にあんなものがいたとはな】


「斜洸、お前は結局見捨てを知らぬ。

見護る事が本望なのだな。」


「…見て下さい、空に月が」


「闇の中に僅かだけ、光を得たか。

少しは足しになるかもしれんな..」


吼舵の感情を、顔で詠む事は出来なかった。悲しみか再会の嬉しみか、涙の流し方を忘れていただけか、すっきりとした顔であった事だけがわかる。


「役目を終えたか、後は俺だな。」


「まだ動くのか?」


「ああ、まだやってねぇ事がある。」


視線の先には、人の子の姿。

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