第15話 鬼ごっこの鬼

 歴史は媒介し、伝達される。

偉人や天才が拡めるものだも思いがちだが間違いだ。天才は発見をするだけ殆どはそれを見聞きした凡人が人に話し常識化させていく。

故に最後に世界に残るのは、頼り無い

何でもない人物であったりする。


「二段階目だぁ?」

「あぁそうだ

最近変化を目にする事が多くあってな元々の機能なのか、感情や精神に呼応して生じる変容なのかはわからない。しかしこれはどうやら、私や君にも存在するものらしい。」


長々とした説明の半分も耳には入れていなかったが、要するに見えない場所から噴き出す力があるという事らしい


「それになったらどうなるんだ?」


「..さぁな、だが先ず元には戻らないだろう。変化というのはそういうものだ、良くも悪くも前にのみ進む。」


「...間違えたら殴れ、とでも云うのかよ。好きだなそういうのお前」


「好きではなく必然だ。

私はいずれ、確実に間違いを犯す。」


「そりゃあ迷惑なこった...」


塀の上で話した会話が歴史に繋がったやはり世界はくだらない、凡人以下の愚かさが廻して支配をしている。


【待ってろ..今、殴って目ぇ覚ます】


「吼舵さん、二段階目の変化って何が強化されるんですか。..あれじゃまるで鬼ヶ島です、大き過ぎる」


「二段階目は単純に優れた才の増強、奴の場合は単純な力。腕力が高まればそれに伴う体が必要だ、ここまで肥大するとは思っていなかったが...。」


【骸骨、剥がれろてめぇ。

 じゃなきゃバラバラに砕かれるぞ】


集合体といえど実体は有った。腕に軋む骨の感触、不気味に割れる音が響く実体有ろうと打撃は無意味、直ぐに修復され、元に戻る。

その後は当然、拳を振り返す。


【くぅっ...効くぜ、なら燃えちまえ】


炎焼酎と呼ばれる辛味の酒を口に含み吹き掛けると骸の全身が燃やされ、赤い炎に包み焼かれた。


「童子さん..。」

「少し離れるぞ、近くは危険だ」

吼舵に促され距離を取って童子を見守る。最早一妖の喧嘩を見ている感覚では無い。山と山が相撲をしている、それ程不安定で強大なものだ。

危険を伴うと距離を開けたがそれと同時に吼舵には一つ、由魅子への疑念を晴らす必要性があった。


「お主、あの男を知っているのか?」


「..一度だけ、お遭いしました。」


妖のいなくなった土色の床を蹴りながらぼそりと言った。


「何者だ、あいつは」


「八咫烏、という妖らしいです。

ですがおそらく、私の知っている...」


「何だ?」「……。」

それ以上は答えなかった。

確証が無かったからか、意図して言葉を堰き止めたように聞こえる。吼舵もそれより先は、咎められなかった。


➖➖➖➖➖


【おい何してんだ、やめろ!】


燃える骸が顎を拡げ童子の肩に噛み付いた。炎に焼かれた歯はまるで打たれた鉄のように熱かった。


【くあ...屍が、離れやがれっ..!】

傷口から伝わるのは痛み、温度、そして送れて響くのはうっすらとした囁き


【酒呑童子、聞こえるか?】


(なんだよ..誰が俺に話してる。)


【私だ、閻魔だ。わかるか?】


(閻魔か、話すなら口を使え口を)


【だから使っているだろう?】


(…云うじゃねぇか、この野郎。)


直接魂に語りかける懐かしい声、焦りもせず喚きもしない。落ち着いたのらりくらりの知り合いの声だ。


【お前の魂に少し触れる】


(何の為にだ。人肌恋しいのか?)


【飢者髑髏の集結を解く、固結した後

 の魂は外部からの侵入に弱い】


(俺の魂は不純物扱いか。)


【大きな岩は、小さなヒビから決壊す

 やすいものだ。】


(..知り合いが似たような事云ってたな。わかった、やってやる)


身体の中に、腕が伸びるのが解る。

体内の奥深くに、眠る魂に触れる白い指が実体があるのか無いのか、中心のうごめく〝生〟を掴み、感じ取る。


【洞穴の入り口...そこか。】


髑髏の腕を振り回し、拳を穴の縁に当てると、入り口は拡大し口を開ける。


【飢者髑髏が意志を?

 ...閻魔の奴、生きていたのか】


傍観にかまけ息の根を止め切る事を怠っていた八咫烏の不覚、しかし過ぎた事と割り切っているのか焦る事は無く場所を変えて再び傍観を続ける。


【さらばだ童子、迷惑を掛けて済まな

 い。心から感謝する】

体内の腕が抜けたとき、骸の身が崩壊を始める。閻魔を核とし無数の魂の奔流が、洞穴へ還っていくのだ。


「おい待てよ!

また穴に戻る気か閻魔!」


【戻るのでは無い、閉じるのだ。

 邪な歴史と自らの存在をな】


「お菊は、お前の為に穴に入ったぞ

お前を救う為に全身を預けた。」


【...磔磔つくづく愚かだな、私

 は。無力で何も出来はしない】


「行かせねぇぞ、閻魔ァ..!」


確かに童子の魂に触れた。

それは不純物とみなされ体を滅ぼした

しかし童子にもまた、不純物が含まれる。清廉潔白とは行かないものだ。


「…斜洸?」


【なんだ、これは..。】「どうした」


胸の穴が浄化される。

魂の奔流が閻魔から離れ空に漂う。

完全に分離した魂と核が独立し別のものとして世界に存在している。


【何が起きている、童子の力か?】


「そういえばいたな、俺の中に。」

傍の神の通り道は長らく歩みを止めていた、道標を失っていたからだ。


【お久し振りですね、世界の皆様。】


毒された奈落に光が灯る。

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