第13話 復讐の鬼、共に色鬼

 洞穴から溢れ出た妖が随分と減った

一時的なものかも知れないが、少なくとも、今は道を歩く事が出来る。


「派手にやったな、前の街より汚くなってねぇか?」


『花見の後みたいですね、毎年こうなんです。ゴミばっかりで』


「何の話だ?」『いえ、何も。』

節目は大概ゴミ屋敷か花見客の迷惑話で開幕される。どちらも廃棄。


『手掛かりはあるのか?』


「まさか、手探りもいいとこだ。

そこらにいるだろ、閻魔くらいよ」


『馬鹿か、舐め過ぎだ。

仮にも神に近い存在だぞ?』


「いいやいるんだよ、あいつはいつもその辺の道端にな。」

その男は古い神社の塀に座っていた。


 誰かと遊ぶ訳でも無く、急いで何かに勤しむ訳でも無い。

ただ暇を持て余し悠然と空を見上げる


「あの太陽もいつまで昇ってるか」


「沈む事なんてあんのか?」


「...酒呑童子か、珍しいな。」


「あん?」


街はかつて常に昼であった。

燦々と陽の光に照らされ空は青色、人は今よりも少なく妖達が多く暮らしていた。それが平和の光景だった。


「鬼が稲荷寿司ほおばって酒呑んでんのがそんなに珍しいかよ。」


「鬼は暴れているからな、のらりくらりと怠けている姿は初めて見る」


「たまたまだろ、俺もお前も。

だらだらしてたらここに来て、塀に座ってあくびかいてる、喰うか?」


「誰から貰った稲荷寿司だ?」


「知り合いの狐公だ、これを作るしか取り柄が無ぇ。出不精な獣だよ」


「..そうか、一つ貰おう。」


 その頃は余り気が付かなかった。頭に冠のようなものを被っているようには見えたが、見た目は猿に似た妖とも人とも言い難い細身の体格。口調や声色で何となく男と判断できたが周囲と何も変わらない、寧ろ目立たない。


「目的は何だ?」「あん?」


「ここにいる目的だ。」


「んなもんあるか、いるだけだ」


「そうか、ならいい。

もし目的が出来たなら、そのときは..私を見つけて会いに来てくれ。」


「何云ってんだ、お前?」「はは。」

くすりと笑った顔は目尻がしっかり動いていたが、嘘だとわかった。


「俺の目的って今のことかよ、閻魔」

洞穴を開くとき、閻魔は言った。

「お前はここに置いていく」

童子にのみ言い残した言葉の意図は、やはり未来への託しだろうか。菊の転生は、その未来には含まれているのか


『正直我はお前ほど閻魔の事を知らないが、信用できるのか?』


「今更なんだ」

『菊が入れ込んでいたのは分かる、あの女が心を開くのは珍しい事だ。だが奴は実質事態の元凶、完全に信用される相手には思えん』

 狐は嘘付きと言われるがそれは疑念の放出、注意深く物事を吟味し探っているのだ。狐に摘ませてみるというのも悪くないものである。


「..あいつは不器用な奴だ、騙す遣り方ならとっくにバレてる。ここまで盛大に進展はしねぇよ」


『ならばいいがな..。』

こじんまりを好む男だった。妖共と宴など、毛嫌いはしても好みはしない。


『閻魔様を見つければ、この暴動は止まるでしょうか?』

「止めさせるだろ、そりゃあな。」


「いたぜ、やっと追いついた!」


「あん..んだよ、何で着いてくる?」

声のする背後に振り向けば、先程別れた鬼連中が跡を追っている。遊び人には珍しく血相をかいた顔をして


「邪魔しに来たのか?

悪りぃが俺の道なりはつまんねぇぞ」


「いっやぁ...それがよ、すこーし厄介な事になった。」


「なんだよ?」「あれだ。」

後ろを着く鬼の更に背後、空に明らかに違和が有る。

竜巻雷鳴雪豪雨、それらが同時に発生し、黒々と拡がりを見せている。


「おいおいあれって..。」


大嶽丸おおたけまるだ』


古来より天候を支配すると云われている強大な妖であり、天災の発生源とも云われている。その姿の本質は様々な天候を操る妖の集合体であった。


『非常に禍々しいですね。』


「ああ、俺はわかるぜ。

多分五人掛かりじゃ無理だってな」


「..勝手に俺を入れんなよ。」

武器は天気から空へ

覆っている全ての黒が敵となる。

大嶽丸は何も云わない、ただ黒い甲冑を着て刀を振るう。それだけで、災害は脅威として、人に向けられる。


【...ふんっ!】

豪雪の一振り、刀を引いた一線が凍りつき隔離されている。


「威嚇かあれは?」「挑発だ」

空に伸びた白い刃の上に乗り、天にくるりと鋒で円を描く。

するとそこに雨雲が発生し、街全体に雨を降らす、豪雨の一振り。


「くるぞ..」【....ふんっ!】


雨雲の下部を斬り、隙間なく雷を落とす。逃げ場の無い稲妻の一振り。


「夜叉!」「はいよ!」

金鬼の掛け声に呼応し般若の面を被った長身の妖が街の頭上に複数の鏡を貼る。雷は鏡に反射し跳ね返り、逆向きに突き刺さり雲を霧散させる。


『いきなり誰ですか⁉︎』「阿呆だろ」


「奈落十面鬼が一人!

反射鏡の夜叉と申すモノ!」


「な、阿呆だろ?」「……。」

十面鬼だと名乗りを入れるも、自らが鬼だという事は隠したがる。その為、般若の面を被っているのは鬼だという意思表示では無く素面を覆う防御壁なのだ。


「その面外せ、中も鬼だろ。」


「鬼じゃない夜叉だ!

反射鏡の呪術師、陰陽の化身なり。」


『こういう輩がいるから我が瀬戸物だと疑われるのだ。』


「文句云うなよ、他にもいるぞ。」

ゾロゾロと鬼が現れる。

七、八、九と顔を揃え、かつての活気を現代へ。正式な百鬼夜行が完成した


「邪気!」「羅刹!」「双鬼!」


「鈴鹿御前。」


『女の人..!』「悪い?」

鬼を束ねるリーダー格の長身の女妖。

余りにも纏まりが無い為に流れでそうなったが、恐らく先頭に立てるのは彼女しかいないだろう。


『待て、11人いるぞ?』


「うるせぇよ狐!

おれたちゃ二人で一つだっ!」

「名前だって〝双鬼〟っていったろ!

金棒だってほらよ!」

一つの金棒を縦に真っ二つで分けて握っている。稀な事ではあるが、魂が元々二つに分かれて誕生した鬼だ。


「見えるかい畜生共?

狙う首はあそこ、屋根にちょこんと突っ立ってる偉そうな黒武士。」

折れそうなほど細い腕で金棒をぐるぐると振り回し大嶽丸を睨み見る。

見た目はほぼ人間に近く、鬼といえる要素は額に生える二本の角程度のだが童子曰く「手のつけられない奴」ということらしい。


「行くよ、構えな!」

一斉に声を上げ〝八人〟が駆ける。


「...おい、童子。」


「……わかったよ、ったく。」


『童子さんが、言う事聞いた..!』

「所詮只の鬼公よ。」


役割は決まっている。

奈落十面鬼は集団というより動きは組織、段階を理解し敵を叩く。

ゴロツキに見えるが、寧ろ隠密機動隊といえる。


【...ふんっ!】


「電撃か、効くかよそんなもんが!」

金鬼の先手は攻めで無く守り

弾く肉体に雷は通らず立ち消えた。


「肩を借りるぞ、道を作ろう」

夜叉の反射鏡を空に貼り、屋根上までの足場を設ける。


「全員金棒を構えろ!」

筆頭命令が士気を上げ武器を持たせる


「酒を分けてやる

呑めねぇ奴はいねぇよな?」

喉に流した童子の酒は、神通力を通じて全体に循環する。


【……ふん。】「させないよ?」

風の災害を水で覆い、渦に閉じ込める

大嶽丸は最早投獄の囚人、天候を幾ら刃で変えようと渦の中の出来事だ。


「叩き潰すよ鬼のように!」

水の渦に乗り頭上に降りて一斉に一人ずつ金棒を振り落とす。

酒に酔い、増した力での怒涛の殴打は正に鬼に金棒。息する暇も与えない。


【……!】「そろそろ砕けやがれ。」

様々な鬼を巡り童子の一撃、繰り返し殴打された挙句逃げ場の無い流水の中意識は朦朧としていた。


「終わりじゃないぞ?

まだここにいる、鈴鹿だ。宜しくな」

垂直に落とした金棒の先端が、顔を覆う甲冑に直撃。破片を散らし地へ突っ伏した。その後街には大粒の雨が降る


「なんですか..これ。」

『大嶽丸は刀に天候、鎧に雲を隠すと云われている。鎧を砕かれた事で、雲が一気に弾けたのだろう』


「以外に呆気なかったな。」


「当たり前だろ、あの程度。

敵と呼ぶにも乏しいものだわ」


暫く経つと雨が晴れ、妖共がまた街に蔓延る。先程までは何処にいたのか、もしかしすれば元々の人々のように低級の妖は消滅しても再び戻るのかもしれない。雑魚はどんな形でも死すら自由がないようだ。


【ならばこちらが敵となろう】


「次はなんだ?」「少し休ませろ。」

妖の騒ぐずっと向こう側の黒い影、手元にはずっと探していた大きな物がぶらぶらと掴まれ浮いている。


「おい、あれ....閻魔!」

『あの方..何故閻魔様を。』


憂う再開の瞬間も閻魔は目を閉じ動かない。胸には風穴が開いている。

「お前何をした。

そいつに何をしやがったんだよ!?」


【見てわからんか、心臓を抉ったのだ

 穴が開けばいつかは閉じる】

洞穴を開いた張本人である閻魔を止めれば穴が塞がる事は無い。心臓は、妖共の供物に捧げた。


「おいおいあれが探し物か?

死にかけてんじゃねぇか、童子」


「あれが穴を開けた元凶か。..それを殺したあの男は一体誰だ」


八咫烏...零から万物を生み出す者。

最も神に近く、人から遠いもの


【百鬼夜行は私のものだ..!】

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