第11話 閻魔の前に地獄を見るか

 【ケケケケケケー!】

「邪魔だ河童この野郎っ!」

 かつての沼の主も今や街を駆ける両生類、逃げ場など当然外には無く土に空、地中ですらも妖の家。


「厄介にも程がある!

常に酔っておく必要があるな」

 調合した酒をぐいと呑み込み口元を拭う。吼舵の神通力による道案内により微力の回避はできているが、天狗や他の上級妖に遭遇する可能性は充分にある。念には念を、用心に備える。

「ちっ、前に争ったヨミが随分と可愛く見えるぜ。」


『恋しいか?』「まさか、馬鹿云え」

『童子さん、上!』


「あん...うおっ!」

頭上空から大きな影が、体を悠々覆うほど邪魔な何かが攻めてくる。

『躱せ』「わーってるよ」

ずしんと床に響く衝撃、聳え立つ盾のような石の塊が行手を阻んだ。

塗壁ぬりかべか、ったく」

邪魔に徹する絶対防御は鬼の拳も通さない、神通力など頭痛同然。


【……】「愛想無ぇなおい。」

役目を終えれば只の壁、街の中心でじとりと見つめながら微動だにしない。

「道を全部塞ぎやがって。

体一つってなぁこういう事か」

飛び越えるのは高さとして不可能。ならば砕く他無いが、硬さがウリの妖を割る力は流石に持っていない。


『私に考えがあります。

失礼ですが、腕をお貸しできますか』

手を上げたのは人間の女、鬼の力で動かぬ貨車を、どう動かすというのか。


「何するつもりだよ?」


「これですよ。細腕では限界がありますが、童子さんの腕ならば」


魂のみを腕に馴染ませ、銃の扱いをアシストし、壁へ構える。


「吼舵さん。無機物に神通力をかける事は出来ますか?」


『可能だが、何をするのだ』


「単純な事です。銃の威力を高めて下さい、お願いします」


『引き受けてやろう。』


神通力を受けた無機物は物理的に大きさが肥大する。身が拡がれば力も増える、安易で素直な反映だ。

「どこかに欠陥が....あった、そこ!」

狙いを定め壁に一撃、鈍く重たい音が響くが傷を付けた形跡は無し。やはり塗壁、絶対防御は伊達ではない。


「.....」


「ダメじゃねぇか!」「見て下さい」


【……イタイ。】「あん?」


弾丸を当てた箇所から徐々にヒビを入れ、がらがらと壁を崩していく。

塗壁は、道に転がる石くずとなった。


「何しやがったんだ」


「大きな岩というのは一見硬そうですが、小さな欠陥から一気に壊れやすいんです。一か八かで成功しました!」


「..んだよ、博打かよ。」


『よく刑事と名乗れたものだ』

壁は壊した、しかし前に進めるかといえばかえって足は重くなる。

目の前で派手に妖が散ったのだ、周囲の化物がそれを無視する筈も無い。


【やりよるわあの赤いの!】

【酔っているのか、ならば覚まそう】

【鬼か、久し振りに見た。】

【解凍は済んだみたいだね死損ない】


天候は最早支配下、抗うならば命を捨て争う方が気が楽だ。

『何という事だ。よりにもよって奴らとは、たちが悪すぎる...』


『空が一気に荒れましたね。」

 天候を司る上級の妖、それが一同に介し童子を囲み睨みを利かせている。


ばつ、雷獣、雪女、天狗..どれも空を支配する妖。腕力のみでは随分と手を焼くぞ、鬼公』


「要は天井の嫌われ者だろ?

雷落としたり、雪降らせて凍えさせてりゃそりゃ好かれねぇよ!」


【ならばお前に与えてやろう!】

【雷落ちたらお前は焦げるか?】

【凍ったときは白くなったよ。】

【先ずは大雨でも降らそうや】

魃と呼ばれる妖が近くの小屋の屋根に座り、天に向かって人差し指を立てると、空より多量の水が落ちた。

『来るぞ童子一瞬だ、気を留めろ』

滴るどしゃ降りの雨に流して、一つの曲を奏でるように自然が荒れ狂う。


大いなる風は雨により拍車をかけ激しく降り注ぐ水を揺らす。

渦を巻いた黒い水の間を通り稲光と一筋のいかずちが轟く。

「ぐあっ..!」

『やられたか、雷を直接..雷獣めが』

『街の多くの妖が擦り切れている。

たった四人ですよ、それが周囲全体に影響を与えている』

 充分に凄惨な光景だが、ここは地獄ではないという。正式な地獄という場所は、どれ程の苦行なのだろうか?

「効くぜ...酔いが覚めちまった。」


【ならば体も冷ましてやろう】


「またか...しつけぇな。」


いつか受けた冷気が性懲りも無く流れ込むという。天狗の起こした暴風を通し勢力を高め、流石に風呂の湯で溶かす事は不可能であろう。


『童子、動け。』


「無理云うな、全身痺れて動けねぇ」

「力をお貸しします!」


『何をしている人の子、戻れ!』


放置していられる筈も無い。最早時代錯誤だが、染み付いた刑事の職務は反射的にも現れる。危機迫る被害者がいれば尚更の事である。


【人間か、身の程知らずめ!】

【自我のある人とは物珍しい。】

【生身で盾になろうとは、馬鹿だな】

【得意のエモノはどうしたのさ?】


「どけ女!凍えちまうぞ!」


氷流は既に吹いている。童子で死にかける程だ、人の由魅子がそれを受ければ凍った像では済まされないだろう、繊維が侵され、粉々になる。


「出来るだけ距離を取ってください童子さん、貴方は頑張り過ぎですよ?」


「知るかんな事!

早くどけ、また死ぬぞお前!」

時既に遅し。冷気の風はもう一歩、踏み込めば死ねる範囲まで延びている。


【勿体無い事するね、人間ってのは】


「..まったくだ。

だから人には渡さねぇ、絶対な」


百鬼夜行とは元々、鬼が作った言葉だ

宴の後の暗い夜道を闊歩する。そこに妖が集まってきた、そこで始まった。


【ケケケケケケー!】


「...え、河童?」

かつての沼の主は、街を歩く両生類から、そそり立つ氷像に生まれ変わった


【なんだこれは、一体何処から..!】


「随分と暴れてくれるじゃねぇか、勝手に騒いで雪女共さんよー。」


「あれは..鬼、ですか」


「あの野郎。」


「久し振りだな、童子」

屋根に降り立つ複数の影

影にしては珍しく、黒では無く赤い。


【なんだお前ら!?】

【見れば分かるだろ、鬼の仲間だよ】

【合わせて角は何本だろうかね。】


『洞穴は広いな、こんなものまで身を潜めていたとは。』


「勝手に侵入はいっただけだ」


「妖如きが鬼様の邪魔すんな。」

鬼さんこっちだ

腕を鳴らすのも鬼のようだが...。

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