第9話 人で有り人に有らず
街を蠢く蟲達は一つ一つが土蜘蛛程の力を持ち野性で動く。人は勿論鼠や化け猫、狐も平然と喰らい尽くす。身を剥ぎ中の魂を抉られ貪られる、醜く耐えがたい末路を辿る事となる。
「街の人が次々と、蝕まれている..」
『お主も気を付けるがいい。
最早奴らは見境が無い、我も備える』
お巡りが逃げ惑うとは笑い者だ、浄化どころか捕食される寸前なのだから。
蟲はより高度な魂を追って来る現在街でより目立ち高らかな魂を持つのは童子だが、集中して狙われる事が無いのはひとえにお菊がいるからだ。
強い者の横に下回る魂が有るとき、蟲の野性は標準が合わなくなる。
「燃えても生きてんのか、嫌な女だ」
「..これでも結構痛いんだよ。
まぁ、死にはしないんだけどねぇ」
「生き地獄ってやつか、くだらねぇ」
魂を売っても変わらない。
痛みは全身を駆け巡り顔は引きつる、人は苦痛からは逃れられない。残念ながら、そう体現している。
「はぁっ...‼︎」「なんだ?」
心臓が裂けるように鼓動し腹を叩いている。「回収」の時間が来たようだ。
「待ってくれないみたいだね..。
悪い童子、あたし人間辞めるよ」
「あん?」 「あはぁっ!」
腹を裂き、無数の脚と胴体が延び完全な蟲へと変態する。幾つも節を持つ、九十九の神の姿をもって、街中にて喰らった魂を集束せんと蠢く。
「
「吼舵さんあれ!」
「大蜈蚣だと、一体何処から...まさかお菊か?」
ムカデの背の一部には、着物を着た女の皮が、べたりと張り付いている。
「移動しながら..蟲達を喰べている、何処に向かっているのでしょうか?」
「洞穴だ」「童子さん!」
漸く会えた、しかし災難は目に見えている。探していたものはがらりと大きく形を変えて脅威となり得た。
「昔からああですか?」
「似たようなもんだ、変わらずな」
『話している場合か。奴を止めるぞ、人の子、意識はここに置いていく』
腰の守りに軸を置けば二段階目の上限は無くなる、神通力とはそういうものだ。鬼と狐が対となり、街を駆ける日が来るとは思ってもいない未来の話そして追っているのがかつての知り合い、蟲にまみれた腐れ縁だとも。
「狐、力貸せ!」
「命令するな、鬼公。」
吼舵の神通を鬼の脚へ宿す、跳躍力は飛躍的に
「力仕事は奴に任せる、となれば少し動きを鈍らせておくか..。」
尾を撫で切る刃物に変化させ跳び上がり節を斬り付ける。ムカデの身体は斬る度に毒を溢れさせ刃を腐食させた。
「くっ..ダメか、こんなものでは」
斬る以前と比べて若干動きが遅くも見えるが然程の変化は見られない。
「ならば道を封鎖する」
街々を駆け回り、ムカデの軌道を阻害する角度で木々を倒し道を塞ぐ。通常であれば流動的に木々を避け進むだろうが、節の傷痕がここで効く。
「どうだ菊、踠くのは苦しいだろう」
木に圧され土に突っ伏すその様はムカデというより這うミミズ、うねるのみの生物に成り下がった。
「吼舵さんやりました..!」
「ご機嫌だな、祭りか何かか?」
振り向く以前に声が聞こえる、野太く不吉な音に鼓膜が直ぐに気付いた。
「...誰ですか、貴方。」
黒い布で顔を隠した男の眼だけがこちらを睨み、見つめている。
「わからんか、こちらはお前を知っている。烏間...由魅子」
「私の名を、一体何者ですか..!?」
【八咫烏...神の、遣いだ。】
黒翼が拡がる異界の風貌、顔は未だ見えない。得体が知れず恐怖も有ったが由魅子は無意識に、男の心臓に銃口を向けていた。
【それをこちらに構えるか、成る程】
「動かないでください。」
瞳は真っ直ぐ狙っている、しかし腕は震えて標準を上手く捉えない。
【撃て!】 「……。」
手を広げ抵抗せずと発砲を促す。
「..顔を、見せて頂けますか」
【顔を?
何故そんな事を気にする。】
「確証は有りませんが、貴方とは一度どこかでお逢いした気がするんです」
【.....ほう?】
神の知り合いがいる筈もない。妖の友人もいない。がどことなくだが彼には〝懐かしい〟感覚があった。
【ならば撃て、撃って顔を確認しろ】
「...お断りします。
無抵抗の方に銃を使う理由はありません、丁寧に対応させて頂きます」
【真面目だな。】
「非常によく言われます。」
〝堅物は曲がらず〟
鋭い刃物で隙間をこじ開けても、丁寧に手入れし元に戻すのが真面目。毀れた刃すらも綺麗に研磨し整える、怠惰に隙を与えない、そんな生き物だ。
【惜しいな烏間由魅子、何故死んだ】
「私も後悔しています。
つまらない死に方をしたと、本当に」
【せいぜい生きろ、延々とな。】
皮肉か声援か、由魅子の言葉を聞いた烏は高らかと笑いながらそう言うと翼をはためかせ飛び去っていった。
「今の内だ鬼公。」
「わかってらぁよ!
神通力とやら、扉閉めるぞ?」
かつてより宿る力を腕に込め、黒い空を掴み穴を抑え、塞ぐ。
「くっ、硬てぇ...閻魔の野郎よくこんなもん開け閉め出来たもんだぜ。」
縛るように両端から空を引っ張り穴を埋めるのは、拳が裂ける程負担のかかる力量を要する、鬼ですら悲鳴を上げる所業である。
「急げ童子。
いつまで持つかわからん祠に居過ぎたな、体が鈍って仕方無い」
【ならそのカラダ、冷やしてやろう】
「..貴様、こんなときにか。」
雪を司る天候の妖、毒と混じりて災いを生まん。着物の白が不幸を告げる。
【木など固めて砕くに限る】
拘束していた木々を氷で粉砕し、ムカデに活力を与える。負の刻は再び蠢き穴へ
「童子やられた!
気を付けろ、奴が来る」
「ちっ、使えねぇ狐だぜ。
結局力仕事で終わりじゃねぇかよ!」
ムカデの脚は素早く動き、直ぐに童子の背後へ迫る。分かっていても手を止められず、力は前に集中される。
「..蟲女、醜くなったなオイ。
うざってぇから云わなかったけどよ、まぁまぁ良い女だったのになぁ...!」
【…今さらなんだい】「....あん?」
ムカデにお菊の意識は無い。
腕に患った毒から伝い、残った魂の声が直接響いているようだ。
「男ってのはいつもそうだ、忘れた頃に冗談言って。あたしゃ嫌になるよ」
「なんだお前?
まんざらでも無ぇってのかよ。」
「野暮な事いわせるな鬼助!
あんたも閻魔も皆馬鹿ばっかりだ、狐は獣臭いしねぇ..。」
「お前、まさか...閻魔の為に。」
「..あいつは妖の封印と共に洞穴に自ら落ちた、そうしなければ閉じる事は出来ないからね。」
「てめぇ。
閻魔救う為に穴落ちる気か!」
「化物が奈落に落ちて何が悪い?
不細工は外も歩けないのさ。」
人間のままの姿では、洞穴を塞ぐ力は無い。妖に転生すれば充分に力を賄える。美と欲を捨ててまで選択した女の執念は、たかが鬼では護れない。
「だからどいてくれるかい。
いくらあんたでもあたしは喰うよ?」
「一つ、条件が有る。」「...何さ。」
童子は手を止め背中を齧られた。
その後ムカデは扉を破り中へ入り、街の暗い空には、洞穴が開かれた。
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