第7話 摘みの狐
土蜘蛛を葬った後、漸く癒えた体を再度傷め小屋で療養する羽目になった
「気持ち悪りぃから説明をしとく。
あの女の事だ、名前はお菊。異常な体質で俺は妖なんじゃねぇかと踏んでるが、元々の身なりが余りにも人間に近過ぎる。そこは定かじゃねぇ」
聞かずとも応えるのは都合が良いが、
童子ですらも余り根本の素性については詳しくなさそうだ。
「名前まで知ってるんですか?」
「向こうから名乗ってきやがった、呪いみてぇな毒を撃ち込みながらな。お陰でこのザマだ、ロクに小屋から出られねぇ。」
左腕肩付近の痕は皮膚に滲むシミか何かだと思っていたが、どうやら毒を打たれた名残らしい。長く外気に触れると全身に激痛を伴うようで、敢えて致死量を避けた容量で与えられた。
「何故そんな事を..」
「洞穴を開くには俺が邪魔なんだろうよ、素面じゃ腕っ節で勝てねぇと踏んだのよ、嫌な女だぜ」
姑息かつ周到な行いは人間の性から放出される悪意に近いがだとすれば何を企んでいるのだろうか?
洞穴とやらを開き妖を解放する事で、何を変えようというのだろうか。
「その毒の改善は可能なのですか?」
「..まぁ出来なくもねぇが、完全には無理だ。緩和っていうんだろうが、それなら出来る。」
「直ぐにやりましょう!」
「嫌なこった、行くか〝あんなとこ〟
いけ好かねぇ!」
気は進まなくとも馴染みの場所があるようで、体の調子を度外視する程忌み嫌う何かが存在するらしい。
「体をお貸しします、共に行きましょう。洞穴が開けば私も無事では済みませんし、浄化も程遠い。」
「...お前だって何されるかわかんねぇぞ、あの卑怯者相手じゃあよ」
「安心して下さい、決して死ぬ事だけはあり得ませんから。」
「...云うじゃねぇかよ、おい」
鬼の体を瓢箪に携え道案内通りに進む
アーチ橋を抜け街を越えた小さな藪の向こう側、奥の木々の先に小さく祀られた祠がある。それは「稲荷の祠」と呼ばれ、侵された魂を浄化する衛神が眠ると云われているという。
「ここですか、稲荷の祠..」
『ああ、つまんねぇ場所だろ?
カビ臭せぇし品が無ぇ、この世の終わりみてぇな場所だ。あり得ねぇよな』
祠一帯に墨のような埃を被る盛大な綻びっぷりから凄まじい年季を感じる傍にな注意書きか説明文のような文章を刻む看板が立てられているが煤けて文字はまるで見えない。
「これは酷いですね..かえって病気になりそうな気がします」
酷い物言いだと指摘したかったが、これでは確かに童子の言葉通りだと言えてしまう。
『おーい、出てこい!』
「...何やってるんですか。」
『見りゃわかんだろ、呼んでんだよ』
器用に瓢箪の蓋の隙間から声を漏らし祠に投げ掛ける。しかし返事はおろか木々の騒つきすら聞こえない。
『..もういい女、お前銃持ってたろ?それブッ放せ。』
「いや、それでは祠が..!」
『破壊してもかまわねぇ、どうせ返事しねぇんだ。無いのと同じだろが』
ラチの開かない状況を壊せと拳銃を要求してくるので、取り敢えず構えて様子を見てみるが流石に引き金を引くことはできない。
『撃て、壊せ、粉々にぶっ壊せ!』
「完全に煽ってるじゃないですか。
..壊さない程度に刺激をしてみます」
引き金を引き、少し的をずらして弾を撃つ...つもりであったが癖のように染み付いた生真面目が祟り、的確な位置のまま弾を放出してしまう。
「あっ!」『いいぞ女上出来だ!』
崩壊を煽る銃弾は一直線に進み、それをまさに形としようとしていた。しかし祠に当たるすれすれの辺りでぴたりと動きを止め、その場にふよふよと間抜けに漂い始めた。
【何が良い事か悪坊め】『ちっ..。』
「なんですか、祠から声が。」
重く鋭い声が耳から中へ響いて来る。語りかけるというよりは、浸透させるといった感覚に近い。
『お前がさっさと出てこねぇからだろうが、勿体ぶりやがって』
【お前こそ耳を傾けろ、我を呼び出したいのであれば〝稲荷の供物〟を捧げろと、何度も云った筈だが?】
『生意気いうな神でもあるめぇし!』
「神様ではないんですか?」
『神な訳あるかよ。
只の妖狐だ、その辺のと変わらねぇ』
【聞き捨てならん物云いだな。】
祠から浮き出すようにぼんやりと現れたのは、瀬戸物の土産の様な顔をした小さな狐の妖であった。仮面を被ったようなその顔立ちは、不気味な風こそ纏っているが神の威厳はまるで無い。
「わっ...初めまして。」
「..人の子か?
鬼に喰われずよく参ったな。」
『余計な事をいちいち云うな化狐』
犬猿の仲とは聞いた事があるが鬼と狐もまた相性が悪いようだ。
「我の名は
「生き残り..ですか?」
『一緒にするな、死に損ないだ』
洞穴に多くの妖が吸収されたとき、咄嗟に自らを祠に封印し難を逃れた。妖狐は万物の邪を退くと云われ多くの病や災いを回避・治療すると信じられる程の力を持っていた。
「お陰で軟禁状態だ、妖の消えた街では尋ねる者も極端に減り..久々に顔を出すかと思えば野蛮な鬼とはな」
『俺だって遭いたかねぇよ。
だがやむを得ずだ、力貸せ古狐』
腐れ縁が講じ粗方の出来事は理解しているがあくまでも腐れ縁、寄り添い支え合う絆など微塵も持ち合わせていない為に会えば共に粗をほじくり合う。
「私からもお願いします。童子さんの毒を和らげてあげて下さい!」
「毒を..成る程な、腕を出せ。」
『...ほらよ』
以外にもすんなりと要件を飲む狐の姿に、聞いていた程の卑劣さは感じない小さな前足を傷口に軽く置き、眉間にしわを寄せる。
「どういう風の吹き回しだ童子?」
『どうもこうもあるかよ、この時期に近くに人が落ちたんだ。じゃなきゃあ来ねぇよこんなとこ』
「お菊に遭ったのか?」
『...まぁな、相変わらず悪りぃ顔色してたぜあいつは。』
「そうか、成る程な..」
うっすらと聞こえた話に距離を取り、敢えてしっかりとは聞かなかった。
部外者な上無関係、人の昔話程干渉して得の無いものは無い。損得感情を抜きにしても踏み込むべきではない。何故かそう思った。
「器用なものだな、それ程小さな瓢箪の隙間から腕のみを出して。どこで覚えた、鬼にしては出来過ぎてる」
『..狐の仕業じゃねぇのか?』
「……。」『なんだよ、黙るなよ』
かつて稲荷の祠には二つの顔があった。病災いを抑える左の
「斜洸の声は聞こえるか、童子よ。」
『..さぁ、知るかよ。
だが忘れねぇ、俺の中にいやがるよ』
お菊に毒を被ったとき、斜洸という片割れの狐が依代となり魂と馴染む事で緩和させ命を与えた。それを更に和らげる為吼舵の手を借りるつもりであったが洞穴の封印により流れた。
『お前と組むつもりは毛頭無ぇが、やる事はわかってるな?』
「菊を止めて、その先の災いを堰き止める。..いつかの閻魔のようにな」
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腐海山
床一面に濁り色の水が満たされる。山の名称が指すのはここで、浴びる事の無いであろう朽ちた水分が山を覆っているからだ。
「......やはり人の魂では足りないか、捧げるといっても一苦労だね。」
【旧鼠では賄えないのか?】
「...
無理さね、いくら隙間が空いてるとはいえ僅かだからねぇ」
黒い翼をはためかせ空から降りたそれは、やがて目に傷を持つ男の姿となり山の肌に脚をつけた。
「そうか、ならばやむを得ないな。」
「おやぁ?
何をするのさ、野蛮な事で」
小さく空間に貼られる穴蔵の蓋に指を突っ込み無理矢理に隙間を拡げる。自力では当然限界があるが、「開いた」という事実があればそれでいい。
「外に無ければ内から探る。
何匹かを街へ放して栄養を搾取して貰う、人も妖も見境無くな」
「滑稽でありんす。
男は品が無いからいけないねぇ、上手くいくかねぇ...〝百鬼夜行〟は。」
「さぁな。
行ってこい、古き街人たちよ。」
夜を刈る三つ四つの影
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