第6話 過去の記憶と亡き今
狂おしく、思い出す..
直前の出来事と景色の映像。
「烏間!烏間!」「安藤さん...私..」
「死ぬな、死ぬな烏間!
お前まで死んだら俺は、俺の魂は!」
リプレイなのか繰り返し流れ、消える
「....は!」「なんだいきなり」
「..またあの夢だ、何度目でしょう」
「知るか、傷は癒えたのかよ?」
「……痛くない。」「そうか」
節々の痛みも、傷も殆ど消えている。一睡しただけだ。一度横になり、眠っただけで、体調が優れている。
「どうしてでしょう..?」
「少しばっかり浄化されたんじゃねぇか、お前動きっぱなしだったろ。眠った事で体に馴染ませたんだ」
「..本当だ、少し体が軽いです。」
寝ながら腕を天にかざしても、透けたりはしていない。だが何となくふんわりと、開放された感覚がある。
「童子さん体は痛まないのですか?」
「舐めてんのか、俺は鬼だぞ。
..ケダモノに傷なんか負うかよ」
「……。」
体に憑依されるとき、全身では無く一部のみだった為か意識は飛んでいなかった。しかし言葉のあやとみなし、童子の〝体の構造〟の事は、口に出して聞く事は出来なかった。
「...はっ!
そういえば街の人は、沢山犠牲者が出た筈ですよね⁉︎」
「いねぇよ、犠牲者なんて」「え?」
「街やその辺を歩いてる連中は流浪の魂だ、削がれてもすぐに戻る。仮に消えてもまた新しい魂が流れてくるだけだ。気にするだけ無駄ってもんだ」
「でも完全に消されてるかも..!」
「〝仮に〟って云ったろ。
鎌鼬級がいちいち相手にするかよ」
街を彷徨う人々は、現世に未練を残しつつも天国へ辿り着けず住み着き馴染みを持ったもの。黄泉の街に点在する〝無意味〟というものだ。
意味は無い、しかし廃棄する程ではない。結果的に街を歩いている。
「なら私は何故体が傷むのでしょう?
疲労も感じるし心もある。」
「お前はまた特別だ、なんてったって死因がな。殉職といえど殺害だ」
気概を加えられ散った現世の魂は、悪しき他所の魂を混じらせる事で混濁した性質を残してしまう。
「現世のモンが色濃く残ってんだお前ん中はな。だから浄化する」
「……待って下さい。という事は私もいつか、街を彷徨い続ける身になるとそういう事ですか?」
「まぁそうだな、俺の事もわかんなくなるだろ。鬼という認識じゃなくなる一端の人だってな」
「そんな、嫌です!
ただ街を彷徨うだけなんて。そんなもの、私は浮浪者になるんですか!?」
「...贅沢云うな、死んでんだ。
魂の権利は既にお前には無ぇんだよ」
閻魔や釈迦が決める魂の在り方、しかしここは管轄外の下落の街。何も感じず歩き回るのは、寧ろ幸福といえる
「..何とも思わないんですか?
人の魂が残材に扱われているんです」
「文句なんざ云ってどうする。
釈迦も閻魔も好きじゃあねぇが、俺が口を挟む事じゃあ一切無ぇよ」
「見損ないました。
少しは街へ感情があるかと、貴方も同じです。街の彷徨う人々と」
「あぁ!?」
腰を上げた体は入り口の方に向かい、勢い良く扉を開ける。
「..どこ行くつもりだてめぇ?」
「彷徨いに行くんですよ。
アテも無く、心を削ぎに行くんです」
「馬鹿かてめぇは。」
「ええ馬鹿ですよ、大馬鹿です。
犯人を捕える事も出来ず、それをずっも忘れられないでいるのですから」
「……そうかよ。」
それだけ言い捨て出ていった。
極端に現世に捕われ、死を受け入れたつもりでも、後悔の念を巡らせる。
〝生き地獄〟とは、こういう事かもしれない。死して尚残る情念、未練とは思うより、硬く寄り添うものらしい。
「あの女...いつまで云ってんだ。」
「ごめんなさい、童子さん。
一度自分で、未練の浄化を試みます」
改めて街へ出れば確かに意味が理解出来た。ぼんやり動く人型の魂、無機質にすら見えてくる。
「私もこうなるのかな..だとすれば、他人事では決して無い。」
性格的に人を馬鹿にした事は一度もないが、本質的に掘り起こされる景色では悪意が滲み出る。体を失えば、嘘など無意味だという事だ。
「一人で歩くの久し振りですね..。」
気が付けば橋を超えていた。
以前よりも街との距離が近い気がする
「道端の人も魂か、寂しいですね」
挨拶をしても返答は無い。
朝・昼の区別が無いからだ、日中の礼儀は存在しない。
「あれ..住宅街が無い?
そうか、化け猫の巣だったんだっけ、鼠はその後どうなったんだろう。」
連なっていた家ごとこぞって消えている影も無い空間には、食べ散らかした残飯すらも見られない。
「化け猫が化けた人は話していたっけ
....何で話せたんだろう?」
変装というものは持ち合わせたイメージでするものだ。野性の猫であれば見たままの物を模倣する筈。
だとすれば、彷徨う人々は会話をしない。言語を使う事は有り得ない。
「誰かが言葉を教え込んだ?
もしくはイメージとして刷り込んだ」
「考え事でありんすか?
年頃の
「誰ですか、貴方..?」
景色に際立つ派手な着物に光る
少なくとも魂の他に自我を持っていることがわかる。
「それを知る事に意味などないさ」
「先ずは名を名乗って下さい。
挨拶は人の基本です。そうですよね」
「食ってかかるね、おう怖っ。
それよりも探してるもの、見つかったのかねぇ..」
人の言葉をするりと躱し、掴み所無く沼に引き摺る。情報が無ければ捜査も出来ない。ましてやお巡りには、手も足も出させる気力すら伺わせない。
「旧鼠の居場所です。」「旧鼠?」
勝負に出た。疑念や警戒心を度外視し、裸一貫まっさらで返答をする。
どう出るか、乏しいプロファイリングだが無造作にも情報を得なければ、女の冷えた禍々しい気迫にはとても耐える事は出来なかった。
「あぁ..汚い野鼠達の事。
そんなもの探してどうするのさ?」
「野放しにすると大変なんです、また他の街や家屋が荒らされて..!」
「心配しなさんな、たかが野鼠の群れ如きで世界が沈むと思いはる?
支離滅裂でありんす。有り得ないさ」
口調が疎ら、使い分けが下手なのか様々な言葉で話が展開される。
「それに野鼠はもういない」「え?」
「アタシが頂きましたから..。」
着物の背中を突き破り無数に生える蟲の脚が、幾つもの鼠を貫いている。
「貴方..いったい何者ですか...⁉︎」
「さぁ、何でしょう?
聞いてみたらいいさ、お前の知ってる鬼公にね。」
「鬼公...童子さんの事ですか?」
「それ以外に心当たりは無い筈だよ、あいつはアタシの..」
『しゃべり過ぎだぞ、クソ女..!』
繋がりを断つのを忘れていた。腰の瓢箪は聞いている、蓋は閉まれど音は鼓膜で受け取るものだ、関係は無い。
「おや、お出ましか。元気かい」
『馬鹿云うな、万全ならとっくにてめぇの首はそこに着いてねぇよ』
内側から蓋を開け、以前のようにスルスルと外へ出る。皮肉にも化け猫と相対したのと同じ場所だ。
「生身で平気なのかい?」
「うるせぇ
気にすんならとっとと治せ。」
何か因縁があるのは目に見えて解る、どんな因縁かも、なんとなく分かる。
「貴方もしかして、毒蟲..ですか?」
「はて、何の事やら。」
首を傾げて誤魔化して見せるも背中にふよふよと蠢く脚が何よりの証拠。
「お前聞いてたのかよ」
「童子さんに何をしたんです?
外に余り出られないのもそれが原因ですか、応えてください!」
「..えらい勘の良い事、可愛げの無い女は男が寄らぬでありんす。」
「質問に答えて下さい」
「黙りなんし!」
水と油のような性質が混ざり合い、馴染む事は無さそうだ。相性や理念ではなく、根本の芯が異なってる。
「お前を糧にするのも面白いかもね」
「調子に乗んなよクソ女。
害虫がしゃしゃってくだらねぇ事..」
「黙れと云った筈だよ童子?」
「がっ..!」「童子さん⁉︎」
赤い体躯が地べたに突っ伏し狼狽ている。盛られた毒に呼応して反応しているのだ。
「何をしているんです、今すぐ解放してください!」
「そうかっかっしなさんな、同じ力をそいつにも与えたんだ。感謝して欲しいくらいなのさ、こちらとしてはね」
「ぐうぉぉっ..‼︎」「ほれほれ♪」
愉しみながら指を下ろし、圧力を掛けていく。鬼の面が歪んでいる。
「はやく瓢箪に戻さなきゃ..!」
「やめとけおい...痛い目見るぞ..。」
「童子さん..」
「それ!」「うがぁっ!」
指で弾かれつつも地に着けず、浮かべた頭で注意を促す。何故こうして衛るのか、それは単純に、出会い身を借りてしまったからだ。器が傷みを伴えば確実に蟲を蹴落とす術が無くなる。
「毒で死んだと思ったけどね!
しぶとく生きていやがって、アンタだけが癌なのさ。あんたがくたばってくれりゃ余計なものは無くなって、早々と〝洞穴〟を拓く事が出来るのさ」
「結局それが目的かよ..?」
「なんですか、ドウケツ...。」
「ほとほと呆れる、何も話してないとはね。勝手な阿呆だよお前は」
「てめぇが云うな、下品な毒蟲が。」
妖の洞穴
かつて街中には妖、妖魔などと呼ばれる異形の怪物が多く存在していた。当時は格領域に閻魔や釈迦が存在しており、当時街の管轄であった閻魔大王が洞穴と呼ばれる無間地獄に妖を纏めて閉じ込めた。
「今は閻魔と釈迦が一人ずつになり、この街も管轄から外れた事で洞穴も緩み始めてる。」
「あなたはそれを解放するつもり」
「ま、そういう事さね。」
「させねぇぞ..んな事ぁよ...!」
「そろそろくたばりなんせ、どうせ体も限界なんだろう。毒と圧の二重苦、耐えるって方が狂ってるよ」
「知るかよ..だが約束されちまった、お前が護れと無責任にな。」
「閻魔の爺の言う事を魔に受けるなんて律儀だね、いや、只の馬鹿だね」
「童子さん…。」
何か出来る事はないかと模索していたしかし力どころか武器も持たない姿の人のままでは余りにも足りない。
「私は元刑事です。今は何者でもありませんが名残の一つくらい何か...。」
隈なく辺りを探した。
死んだままの格好の自分、黒のリクルートスーツから今は何も出ない。手帳も無かった、威厳も持たない、刑事であった事を証明するものは何も無い。
「死しても尚、正義は死なず..!」
亡き上司の言葉だ。心に留めた、希望の言葉であったが今は、死の裏でもがく盲目の言葉に聞こえてしまう。
「..もう駄目だ、いっその事目を閉じよう。開けていても意味が無い」
心眼という言葉がある。
目を閉じれば真の景色が見える、信じてはいなかったが、背けただけではもう既に隠せない。
「暗い..何も見えない、死んでも同じだ。
目を閉じると、不思議と声や音も聞こえない。真の景色に到達したのか?
試しに右手を上着のポケットに入れてみる。..すると中には、触れた事のある冷たく重たい感覚が存在した。
「…何で〝コレ〟がここに?」
再び景色が立ち戻る、童子は土に圧えられ蟲の花魁は怪しく笑っている。
「もう面倒だねぇ..。
サクッとやってしまおうか、ねぇ?」
充分に延びた童子の体は太い爪の格好の的となっていた。先端には当然毒を滴り、突き刺せば、傷口から媒介し全身にまわる。
「終幕でありんす..つまらん幕引きに御座いました。さようなら童子」
「させませんよっ..!」
久々に手に握り、構えた。遣い方は忘れる訳も無い。引き金をひいて撃つだけ、それだけで脚の爪は吹き飛ぶ。
「何をしてるのさ、お前。」
「童子さん、瓢箪の中へ!」「おう」
一瞬空いた隙を狙い童子を瓢箪へ避難その後再び女の方へ銃口を向ける。
『そりゃ銃か?
どこで拾ってきやがった』
「わかりません、ですが助かります」
懐に相棒は常に眠っていた。
過去のパートナーだと思っていたが、以前と変わらず頼もしい。
「邪魔してくれたねぇ..手に持ったそれは何なのさ」
「拳銃と呼ばれる現代の武器です。何故だか所持をしていました」
「...余計な事を考えるから、一時的に現世と繋がりを持ったのかもね。」
千切れた脚を見つめ溜息を吐き、右肩を軽く押さえ、鳴らすと、背中に生えた蟲の脚が全て土の上に落ち、自立し立ち上がる。
「もういいさ、あんた達にくれてやるアタシの体の一部でありんす。」
既にやる事は無いと背を向けて、興味を削がれたと去っていく。代わりに残したのは大きな蟲、脚を一つ失った糸を吐く畜生だ。
「何ですか、この大きな蟲」
『土蜘蛛とかいうデカブツだ。
脳味噌を持たねぇ割には狡猾なのよ』
長く延ばした糸に絡め、街の魂を喰らっては大きくなる。由魅子を敢えて避けているのは女の意向か、童子の言う自信の狡猾か。
『余り逃げるなよ、餌を増やしてよりデカくなる。そうなりゃ手がつけられなくなっちまうぞ』
「なら成長する前に、四肢を断つ。」
急遽得た武器が妖に通用する事は既に立証済み、後は狙って当てるのみ。
「要領はさっきと同じ
考えず..勢いで強く、鋭く!」
射撃訓練では、徐々に距離を変え威力を変えて撃ち込んでいく。故に同じ威力で距離を稼ぐ事は酷く難しい。
『脚を二本潰せ、そしたら後はやってやる。口だけ借りるぞ』
鬼のマスクをはめ射撃を繰り返す。弾の残量は定かでないが、どちらにせよ時間を掛けてはいられない。
「当たれっ!」
一打が左脚に命中、爪を砕き土を削る
「よし!」
『後は右の後ろ側だ』「はい!」
八本と多い蜘蛛の脚の内一つは既に破壊済み、その後一本を撃ち壊し、ノルマはあと一本だというが、余りにも自由を与え過ぎではないか?
由魅子は深く考える。童子を信用していない訳では無いが、念には念を、込める力を強めようと試みる。
「童子さん、腕をお借りできますか?
私に考えがあります。」
『ぶっ倒れんなよ?』
少量の酒を与え腕に憑依、動く位置を街の中心から、大きく脇に逸らして土蜘蛛を誘導する。
『大丈夫かよ?
犠牲者とやらを増やしたくないんじゃないのか、そんな右側を走って進んだら家が幾つ吹っ飛ぶか』
「それが肝ですよ、相手は私達を追って走って向かって来ています」
家は魂の住む倉、不思議なもので人々同様再生する。しかし人も家もどちらも同じく〝過程〟というものが存在する。
「脚に蹴散らされ壊された家は元に戻っていく、しかし走るリズムは変わらない。家の建つ間隔に応じて順応できない蜘蛛の脚は、再生途中の家に巻き込まれ...見てください。」
壊した家に絡められ枷のように脚を取られる。必死に片側の脚でもがき脱出を試みるが、弾は充分に残っている。
「無駄な抵抗はやめて下さい。」
撃ちこんだ弾はもがく剥き出しの穴を縦に貫通し、身動きを止めた。
『でかした女。
動きが止まりゃこっちのもんだ』
瓢箪に酒を注ぎ口に含む。右腕にそれを吐きかけると、燃え上がり、赤をより強調させた。
『酒は良く燃えるんだぜ?
お前は消炭になるだけだがな!』
メラメラと燃え盛る右の拳が蜘蛛を家ごと焼き払う。腕の炎は蜘蛛の体に全て燃え移り、素の赤色を露わにする。
『お前には、冥土も似合わねぇ』
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