第5話 きりきり舞いと風の便り

 一難去ってまた一難、初めの難が新たな災害を呼んでいるのか。そもそも初期微動のように、前触れとして訪れるものなのか。それは結局、後に来る不幸を報せる悪戯に過ぎない。


「ひでぇなこりゃあ..」

扉を開けた景色は散々で、吐き出された残飯のようなものだった。


「橋を越えた辺りからですかね、強い風が吹いて、目の前の木が斬れたんです。不吉に思い街へ来てみれば、こんな風に..。」


「風に切られる街ってか?

くだらねぇ怪談話が出来上がったな」

「嘘ではありません。」


「わかってるよ、だから云ってんだ。

馬鹿馬鹿しい現実だよなぁ」


完全に癒えてない体で無理矢理駆けた痕跡が見られる。根性論は死しても尚根強く残っているようだ。


「取り敢えず中入れ、斬られんぞ」


一先ず小屋へ戻り体制を立て直す。道中では運良く傷を負わなかったが、次の瞬間にどうなっているかは判らない


「何の仕業でしょうか、やはり風..?」


「んな訳あるか、鎌鼬だよ。」


鎌鼬かまいたち?」


「ああ、両腕に刃物付けた化け物だ」

 流動的に空を流れ、巻き起こす風に乗り見境なく対象を斬る。遣り口としては辻斬りのそれに近いようだ。


「風が凶器に変わるのですか⁉︎」


「馬鹿馬鹿しいと思ったか、だとすりゃお前の神経はマトモだ。」


「はやく止めましょう!

でないと街の皆さんが次々と..。」


「あんなもん実体の無い魂ばっかだ、救う価値なんざありゃあしねぇよ」


「私は巡査です!

刑事程では無いかもしれませんが、正義は未だ持っているつもりです。」


「...嘘つけ、てめぇの浄化の為だろうったく、猫の次はイタチかよ」

一旦小屋へ戻り、取り出した紙切れを炭で黒く焼いたものを由魅子へ渡す。


「なんですかこれは?」


「古い暦だ。」


「カレンダーですか」


「...知るか、奴は生み出した風に不純物が混じるのを嫌う。紙を焼いた焦げなんてのははた迷惑だろうな」


「これをどうすれば?」


「俺の眼を貸してやる。基本的には瓢箪の中から指示するが、視力で見えた一番でかいつむじ風の中にそれを投げ入れろ。」


「はぁ、またですか..」


体の休まる暇が無いとはこの事だ。生きていれば「パワハラ」と訴えられていた事だろう。


『見えるか?』「...見えます。」

鬼は瞳も紅いとは余り聞かぬだろうが酒呑童子の眼は遠近でフォーカスし、距離を設定できる。童子に詳しく聞いたところで「他の鬼は知らん」と言うだろうが、彼の眼はそうらしい。


『凝らし過ぎんなよ?

角膜を傷める、鬼の目にも涙ってな』


「意味違いますよ?」


『うるせぇな、ここじゃあ物理的な意味と捉えるんじゃなかったのか』


眼の標準を合わせている間も街の人々は次々と斬り裂かれていく。断面鋭く斬られる割には血の類は溢れない。

童子に聞けば元々

「あいつらはそういうもの」らしい。


『...見つけた、風呂屋脇の煙突近く』


「確かに大きな竜巻ですね、肉眼で見えないのが不思議なくらい。」


 霊障に近い鎌鼬のつむじ風は姿を隠す為の道具であり移動手段でもある。風に風にと飛び移り、最も大きな規模の風が本体となり居場所となる。


『あそこにブチ当てる訳だが、力を貸してるのは眼だけだ。』


「大丈夫です。自分で言うのは気が引けますが、投擲能力はピカイチです」


『上出来だ..なら打ち込め。』


胸を張り、利き手を後ろへ引くように適切なフォームは分からないが、運動部でも無いのに常にボールは遠くへ飛んだ。その派生か銃撃も上手い。


「はっ!」

竜巻の如くスクリューを纏い、体を燃やしながら風に飛び込んでいく。尻を拭く以外で紙が人を救うのは、もしかすると初めての事かもしれない。


「きゃんっ!」「何か落ちました。」


『すげぇな、風の中の鎌鼬に丁度ぶつけやがった。やるじゃねぇかよ』


元を断てば風は止む、単純な道理で土の浮かぶ地上では小さな野性が顔を出し、姿を現す。


「これがカマイタチ、本当だ、腕が鎌になってます。これに斬られたんだ」


『俺の酒もやられた

見境が無いにも程があるぜ。おい、そのケダモノ連れて帰れ、今日の晩飯にする。酒を駄目にした罰だ。』


「動物虐待はいけませんよ、それに貴方はお酒を呑み過ぎです。私も一つを飲まされましたが相当度も強い、いくら鬼といえどやり過ぎです。」


『うるせぇな、仕方ねぇだろ

俺は〝そういう〟バケモンなんだよ』


 酒呑みの鬼、贖罪でも何でもなく好きで酒を呑んでいる。しかしそれは構造的にも必要な事であり、無意味ではない。

真正の「飲まないとやってられない」体質の暴君である。


「どんな化け物ですか」


『知るか、ぬらりひょんに聞け。』


「どなたですかそれは」


『呑み仲間だ、頭の長いジジイだよ』


ここには色々な異形が居るが、良くも悪くも癖を持ち力を持っている。在り方や住処も様々だが、一つだけ共通した特徴がある。


「びっ..!」「なんですか、鼬が..。」


『馬鹿が、適当に放っとくからだ

手間かかるぜ鎌鼬じゃ、面倒臭ぇ。』


「びっ..びびっ...!」

殆どの妖は皆、二段階成長する。


「あれはイタチ...いや、狐⁉︎」


『さぁ、何だろうな。

見た事も無きゃあ知りたくもねぇぜ』


真白な毛に覆われた長い尾が、銭湯の煙突から垂れ下がり煙を浴びている腕に生えていた両刃は背中に、翼のように生え変わる。


【我が名はヨミ、漸く目覚めた。】


『話しやがるのか、いつからあんな上の方で見下げてたんだ?』


「例のつむじ風で舞い上がったのでしょう、規模は分かり兼ねますが。」


姿形の有無をともかくとする辺りは頗る鈍感といえる。それよりも事後がお互いに気に溜まる、周囲に及ぶ被害身体に与えられる傷などの影響を加味して頭を働かせれば、変化の衝撃など容易く馴染む。


『どこまで拡がる?』


「恐らくですが、ここら一帯は跡形も無いかと。」


『なら眼だけじゃあ足りねぇな』

「助力願います。必要なのは、拳と腕力。勿論無理の無い程度に」


『仕方ねぇなぁ..なら〝アレ〟を出すか、それなら負担は随分消える。』


 少々の酒を呑ませ、意識と腕を借りバトンタッチと踏み込んで害獣駆除を試みる。

『ちょいと眠ってろ、起きる頃には大概終わってるからよ。』


【終息を促すのは我の役、恥を知れ】


『知るか、我儘に汚ねぇ野生児がよ』

 風が吹いたと思えば既に姿は消えている。高台の煙突からは煙だけが噴き上げられ、薄く空を曇らせている。


『っぶねぇ!』【避けたか..】


目の前で姿が見えたと思えば鋭利に磨きをかけた鎌が俊敏に斬り付ける。

直接的に変わったのは速さと打撃力程度だがそれが以前とは桁違い。気を抜けば、前述の瓢箪のように真っ二つという事もあり得なくは無い。


【やはり鬼、力自慢という訳か。】


『お前の力不足だ、馬鹿たれ』


【....風神、斬り裂け。】

つむじ風を鎌に触れさせ神の如き出で立ちの偶像を創り出し、ぶつける。


『あの野郎..なんでもアリかよ』


【力を補ったつもりだが..?】


風の噂が形となりて災いとなる、鬼の体で負担を掛けるであろう風の塊を、人の体で受けてしまえば跡形も無いだろう。鬼では飽き足らず、人の目にすら涙を浮かべる事になる。


『豪傑憤怒殺戮武人...鉄の番人..』


印は助力を受け渡す、鬼と対をなす戦陣の一振り。


『神の薄板吹っ飛ばせ』


つむじ風のきりきり舞いにものを云わせず、弾いた先の雲を斬らせる。


『破裂音がするな、空を斬ってやがるモロに受けたら酷ぇ目に遭う。』


【何と思えば只の金棒か、力任せが】


『不服かよ。

だが現に風は断ち消えてるぜ?』


【調子突くな、妖風情が。】


竜巻を小振りな刃物のように斬り刻み無数の斬撃を飛ばす。すかさず金棒で打ち返すのだが、乱雑に当てると周囲に被害が及びかねない。丁寧に打ち返し、ヨミを目掛けて当てに行く。


【律儀だな暴君、臆病なのか?】


『うるせぇ奴が一人いるからな、説教は御免だ。厄介だがなっ!』


【ならばこれはどうだ?】『あん?』


 飛ばした斬撃を直前で風に戻し、小さな竜巻を発生させる。規模は小さくも威力の高い竜巻は金棒を巻き込み、いつかの風神の如く金棒を天高く打ち上げた。


『..やられたな。』


【ああ終わりだ、お前は形も残らん】


『違ぇよ、お前の事だ。』


【……何?】


人差し指をくんと捻る、虚空に消えた金棒は宙を舞い戻りヨミの頭を一撃しその後腹を殴り叩いた。


【がっ..金棒が一人でに...⁉︎】


『神通力って知ってるか、前にタチの悪りぃ毒蟲に噛まれてよ。それから覚醒しちまったのよ、おかしいよな』


【神通力...だと..。】


地に落ちるのはこれで二度目だ、一度目は肩を落とした。しかし二度目は肩すらも崩れゆく。二段階目の変容を終えた魂は完全に浄化され消滅する。

二度と元には戻らない。そのまま受け入れるか、消えて無くなるか、諸刃の剣と呼べる末路を歩むことになる。


『ふん、重てぇカナヅチだぜ。』


「なら早くしまってくださいよ..」


『ん、もう酒が切れたか。

少し休め、部屋を貸してやる』


「言われなくてもそうしますよ。」


飲んだら乗るなと言われたが、金棒を降る羽目になるとは思わなかった。酒は飲んでも飲まれるな、飲まされてもペースに呑まれるな、という訳だ。

➖➖➖➖


「……」


 腐海山ふかいやま、という人の寄り付かない高い山が有る。そこには嫌な噂も無いが、有益と呼べる時間も存在しない。無の腰掛けとされている


「へぇ、あの鎌鼬を壊したか。

なかなかやるね、鬼公の割にはさ?」


咥え煙草を吹かす花魁が頂点から街を見下ろし煙を落とす。


「これはアタシらも、そろそろ動く頃かねぇ。どう思いやす?」


誰かに問いかけているのか、無窮にただ語りかけているだけなのか、女が織りなす怪しい笑みは、少なくとも何かに向けられていた。


「..まぁ焦る事は無い、静かにゆっくりと、やらせて頂きやす。」


街を囲って逃がさない、まるで女郎の糸のように絡めて縛られ捕われる。


「愉しみにしてるよ、童子...。」

無窮に一縷の騒めきが流れ込んだ

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