第4話 留まらずただ満たされず

 鬼が憑依している間、人の意識は眠らされ内側に閉ざされる。解放されるのは酒を切らして酔いが冷めた頃、人の体から徐々に鬼が抜けていく。


「はぁ、はぁ..すみません、全身に激痛が奔るのですが。」


『成長痛かなんかだろ、気にすんな』

「幾つだと思ってるんですか」


『幾つだ?』


「女性に年齢を聞かないで下さい。」


『気難しいなお前、なら聞くなよ』


体の貸し借りは行えど、意志の疎通はままならぬ。現実の実体が消えゆく後も心を残すのは、やはりまだ享受するものがあるからなのだろう。


『一旦小屋に戻ってこい、そこはもう大丈夫だ。残党が無きゃあな』


酒にやられてクラつく頭を押さえながら童子の待つ小屋の方まで歩いていく

化け猫を叩いた後の帰り道になるのだが、これは〝職務を全うした〟と言えるのだろうか。


「私は浄化されたのですか?」


『..まぁ多少はな、恐らくだが』


上面でそうはいうが実感がまるで無い

節々や頭の痛みは別としても、身体の調子は依然と変わらないまま。


『ゆっくり歩けよ、じゃねぇと酔いが冷まねぇ、傷も癒えねぇぞ』


「好き勝手使ったの貴方ですよね?」

『けっ、知るかそんな事。』


童子は訳あって、外には出られない。

 酒の効果で出られても、直接は無理そういう意味では人を探していたのかもしれない。勿論扱いやすく接しやすい、手頃な人間の筈だったが。


「ちいっと動き過ぎたかもな、腕に獣の臭いが染み付いてやがる。こうなりゃ酒の味は期待出来ねぇな」


幾つも並ぶ瓢箪の中から好みの大きさを選び、ランダムに傾ける。今回は中程度の大きさで辛味の酒を気分とした


「あ〜.....でぇっ!」


胡座あぐらをかいた膝が濡れている。瓢箪の腹がすっぱりと裂かれ、中の酒を溢れさせたようだ。


「なんだぁいきなり?

..猫か。いや違うな、こりゃ爪じゃねぇ、刃物でサッとやった後だ。」


誰かが入り込めるような隙間は無い。戸は閉めきり、連なる酒瓶の蓋はしっかりと塞いである。


「窓が少し空いている..風か?

...まさかな、んな事ある訳ねぇ。」


僅かに開いた窓を閉じ、別の瓢箪を手にとって口に近付けたとき、正面の戸ががらりと開いた。


「はぁ..はぁ...!」「早かったな。」


勢いよく開いた扉の向こうには息を切らし、血相をかいた由魅子の姿があった。どうやら急いで帰ったようだ。


「そんなに家が恋しかったか?

それ程までに息切らすたぁよ。」


由魅子は言葉の返答に、思いもよらぬ奇怪な事を口にする。


「街が風に切り刻まれています...!」

「なんだと?」


休む暇は無い、巡回を続ける。

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