第2話 巡回します、刑事です。
古ぼけた街並みは常に夜を模し暗い道を照らす灯りには
「..すみません、先程から町をただ歩いているだけなのですが。」
『そのまま歩き続けていろ、世迷い事は自然と起こる。そういう町だ』
「瓢箪から声が、本当に発信器のようですね。需要性を感じます」
『だからそう云っただろうが、覚えが悪いのかお前は。一回で解れ』
「すみません..精進します。」
見慣れない物を一つ確認しただけなのだが、この界隈での常識を珍しがるのは無知に値する。完全に立場は下、まさか死を迎えても尚上下関係を体現するとは、皮肉なものである。
アーチ状の橋を渡り、少し歩いて進んでいくと家屋の並んだ人の気配がふんだんに漂う場所が見えた。
「住宅街..ですかね、何か情報を掴めればいいのですが。」
『情報なんざいらねぇよ。お前はお廻りだ、刑事じゃねぇんだぞ?』
「..そうでしたね。
とにかく、向かってみます」
今までの道にも人はいたはいたが建っている家は少なく、歩いていてもすれ違う程度だった。冥界に落ちて、死を迎えた筈だが正直、街並みや人々の振る舞いをみるとついつい「平和」だと思ってしまう。
「死後の世界が暗い場所だというのは勝手な先入観なのでしょうか、余りにも平穏に満ちている。」
『そうか?
思うほどでもなさそうだぞ』
「くそっ、またやられた!」
「..どうしたんですか⁉︎」
住宅街に一歩踏み込んだ初めに見える手前の家屋で悲鳴を聞く。自然と問題がうまれると聞いたがまさに突然、しかし自然と呼ぶには急すぎる。
「鼠に飯を喰われたんだ、これで三度目。まったく嫌んなるぜ」
「鼠に..ですか、継続的に被害を?」
「ああ、何度追っ払ってもキリがねぇここら一帯はみんな被害を受けてんだ巣穴を探してるんだが、見つかりやしねぇ。本気で迷惑だ」
『旧鼠だ』「え?」
『一定の土地に住み着いてその場の餌を喰らい糞をする。そうして数を増やすんだ、あいつらはな』
「フンが鼠になるんですか?」
『そうだよ、さっき云ったろ。やがて住処の餌を喰い尽くしたら、別の場所に移動する。』
元居た場所には何も残らない。喰い散らかした残飯と、汚らわしい唾液だけゴミ捨て場の如く腐敗する。
「ところでお前さんは誰だ?
好きに話しちまったが素性を知らん」
「あ、申し遅れました。
地獄巡査の烏間 由魅子と申します」
『..地獄じゃねぇ。』
「なんだ?
役人のお廻りか、御苦労なこった。」
「先日、配属となりました。
至らぬ点が多々有りますが、精一杯見廻りをさせて頂きますのでお力添えを宜しくお願いします。」
『硬てぇな、渋柿みてぇだ』
「..なんだかよくわからねぇけど、あんたも気を付けろよ?」
「御心配、有難う御座います!」
「おう元気でな。...あのねず公、次見つけたら今度こそとっちめてやる」
男は文句を言いつつ家の中へと戻っていく。鼠の被害は既に増大しており、複数の家を襲っているようだ。
『...どうすんだ?』
「一つ、心当たりがあります。」
『心当たりってのは、解決策の事か』
思考は健在、事件と呼ぶには小さく悩み事程度の話題だが変わりない。多かれ少なかれ、頭を使う事柄の一つである事は同じ。
「窮鼠は猫を噛む、弱い者も窮地に陥れば強者に噛み付くという意味合いの言葉ですが、ここでは物理的な意味合いで使われるようです。」
『だとすりゃなんだ?』
「フンで増えるおかしな鼠がいるのなら、化け猫の一匹や二匹捜せばいる筈です。」
『...それが窮鼠猫噛みか』
「はい。」『立場逆だろなら。』
「……………はい?」『誤魔化すな』
〝窮鼠猫を噛む〟改め、化け猫鼠を噛み千切るを体現させてやるようだ。
「という事で童子さん、化け猫の手掛かりを何か知りませんか。」
『知るかそんな事、捜せばいるんだろその辺の草っ原にいるんじゃねぇか』
「わかりました、探してみます。」
『人を疑え、生真面目お廻り』
「すみません、精進します。」
プロファイリングをこなす刑事だが実際に肝となるのは証拠や証言、疑うどころか信じる事が軸として展開される疑うのは、それらが不具合を生じさせてからだ。
「少し町を出てみましょう。
ここでは何も得られませんし、草原や住処も見られません。」
家屋の並ぶ街並を抜け、野道の続く場所へ出る。見える範囲に、緑の草原も何となく存在する。
『化猫か..そんな簡単に見つかるか』
「いました!」『嘘だろ?』
草原の真ん中で、規格外の大きさを誇る猫耳の獣が蝶々を追いかけている。
「ニャ!?」
「少しお話し宜しいですか。」
「ニャー!」「ちょっと、話を..!」
『猫に言葉が通じるか。』
有無を言わさず飛び掛かってきた。間一髪避けたが相手は知っている猫じゃない、野生の上に化けている。
『何をやってる、避けてるだけか?
猫くらい簡単に叩けるだろ』
「あなたは知らないんです。
猫というのは物凄く腕力の高い生き物です。家猫の大きさを超えたら、人の身体など造作も無い。」
『ったく、世話の焼ける。..おい!
瓢箪の蓋を外せ、手ェ貸してやる。』
「蓋..これですか?」
瓢箪の先端に詰まったコルクのような木の詰め物を外し相手に向ける。穴の空いた入り口から、見覚えのある赤く太い腕がするすると外に飛び出した。
『よぉ、ケダモノ。
一緒に呑み明かそうぜ、なぁ?』
「ニャ!?」
理性を持たない野生の猫も、突如目の前に現れた目つきの悪い鬼公に驚きを隠せないでいる。
「ふぃ〜...久々に外に出た。
やっぱし臭ぇなぁ、外の匂いは」
首を鳴らしつつ酒臭い息を吐き、虚な瞳で化け猫を睨み見る。
「ニャ!」「なんだ、酒嫌いか?」
「猫に言葉は通用しません。」
「わかってるようるせぇなぁ..」
「ニャー!」「だから出てきたんだ」
爪を立て、鬼へと向かう。
人の飼育の域を超えた拳は童子を殴るが、鬼はケダモノを超えた存在。一匹の猫程度、造作も無い。
「簡単に腕を振らせんな」「ニャ..」
赤い鉛玉を受けた化け猫の後頭部が地面に向かって落ちていく。童子はぎりぎりでそれを掴み、身体を捕まえる。
「倒れてる場合じゃねぇぞ。」
「ニャ⁉︎」
「云ったろ、一緒飲み明かすってよ」
猫の身体を掴んだまま、瓢箪の中へ戻っていく。心無しか以前よりも少し腰が重たく感じる。
「すごい...童子さん、お強いんですね
それより中は、なぜ化猫を瓢箪に?」
『うるせぇなぁ少し待ってろ。
..よし出来た。匂いを嗅いでみろ』
言われるがままに、瓢箪に鼻を近付け匂いを嗅ぐ。キツい獣臭、鼻腔を通った香りはとても良い香りとはいえない代物である。
「うっ、なんですかこれ..?」
『
「変装を解く道具ですね、成る程。仲間という意識を持たせて街へ誘導させれば鼠を追い払える。」
増殖した鼠を叩くには、多くの猫がいる。話が通用しないなら鼻を騙して連れて行く、そういう理屈だ。
『時間は限られてる。酒の効力が切れる前に猫を探すぞ』
「はい、橋の向こうの街に戻りましょう。元来た道なら分かります!」
新規の道を手探りするより、歩き慣れた道を行く方が心強い。そう考え、先ずは鼠の巣穴住宅街を抜ける。
「待ってて下さいね皆さん、直ぐに猫を連れてきますから。」
『変な感じだな、猫の酒呑んで鼠の巣穴を通るたぁ。野暮もいいとこだ』
駆け足で渡ると街並はあっという間だ高い屋根が次々と通り過ぎる。もう少しだと入り口が差し掛かったところで覚えのある男の声が、由魅子の走る足を止めた。
「おう、お廻りさん急いでんな!」
「あなたは先程の。
只今少し立て込んでおりまして、すみませんがまた今度お話しを..!」
「なんだよ、立ち話できねぇ程か?
世知辛ぇなぁおい..ん、この匂い..。」
漂う瓢箪の獣臭に漸く気付いた。
鼠に慣れて臭みに耐性があるのだろう
「わかりますか、この臭い!
これで町の鼠を追い払うんですよ!」
「...そうか。見ねぇ顔だと思ったが、あんたも仲間だったんだな。」
「え?」
男の身体は豹変し、毛を生やし、鋭い爪を伸ばす。臭香酒の匂いによる効果は〝同じ種族が姿を表す〟だ。
「どういう事ですか、これ..?」
『成る程な、云った通りだ。
猫は人を騙すんだよ、こうやってな』
「ニャー!」
『蓋を閉めとけ、もう遅いだろうが』
常に暗い夜の街道が、眩く光を放って駆けてきた道を照らしている。
『この街一帯、猫屋敷だぞ。』
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