浄化の世周り〜鬼どもの宴〜

アリエッティ

第1話 余生って言うけど..。

 人生のテーマが『後悔』ってどう?

ありえないよね、そんなの。


烏間 由魅子からすま ゆみこ

職業刑事 死因 殉職


「..よう、起きろ。」「……誰?」


「お前は由魅子だ、烏間由魅子。」


「私じゃなくて、あなたの事です」


生前の直前の記憶は、人を追っている景色だ。最後まで刑事だったと誇りに思うべきだろうか?


見慣れない木の小屋、見た事無い古い街並み。そこが明確に名前があるかは分からないが、なんとなくわかっていた。ここが死後の世界だと。


「あなたは死神ですか?」


「俺が死神?

馬鹿云え、こんなイカつい死神がどこにいる。どう見ても鬼公だ。」


真っ赤な肌に尖った角、余りにも思った通りで気が付かなかった。瓢箪を傾け酒を喉に流し込む様は地獄絵そのもの。絵に描いたようなとはこの事か、と手を打って納得した。


「お名前は?」


「..酒呑童子、童子でいい。」


見下すように睨み付けながらガブガブと酒を喉に流す。しかし一つ疑問なのは、何故このような地獄絵の具現化が近くにいるのかという事だ。


「私を喰べるんですか?」


「なんだそりゃ、人の勝手な想像か?

喰う訳ねぇだろ死者の肉なんざ。」


「やっぱり私は死んだんだ..」

俯く顔を向けたところで相手は鬼、同情の余地は無く見向きもしない。


「未練はあんだろ、人生に」


「ありますよ、死ぬ寸前も事件の犯人を追っていた。ここにいるって事は殺されたのでしょうが、そんな事は知りません。捕まえる事が出来なかった...職務を全う出来なかったんです。」


命を超える自責の念は高らかと生涯を上回り、魂を他所に配置する。


「だからここに落ちたんだ。

不完全な死を遂げれば狭間に落ちる、簡単なハナシだろ?」


「..ここは、地獄とかですかね。」


「生意気云うな、天国とか地獄ってのは閻魔だの釈迦だの偉ぶったでかい連中が取り仕切るとこだ。ここはそんなカッチリした場所じゃねぇ」


 〝不完全な死〟というのは未練の事だろう。快い死を遂げられず中途半端な魂が行き着く場所、それがここらしい。古い町を模したようなレプリカの冥土、未練は死をも支配する。


「私はどうなるんですか?」

「どうもなるか、もうどうにかなった後だお前は。〝死人に口無し〟だ。」


「どうにかならないんですか?」


「頭悪いのかお前、さっき応えたろ。未練は断ち切れない。気にならない程度に浄化するくらいは出来るがそんなもんは気休めだ、虚しい矜恃だろ」


「浄化する方法..参考までに、お聞かせください。」


「試すのか、変わってるな」


名誉ある死にはならないだろうが、どうにか意味のある死にしたかった。そうでもしないと人生になど、見切りを付けるのは残酷過ぎる。


「硬い女だ、教えてやるよ。

未練の浄化は名残の継続、お前の場合死に方が殉職だから仕事を続けろ。」


「私はまた刑事を名乗れるんですか!死して尚、事件を追います。」


「あぁ..だが生憎この世界軸には刑事なんざ大それた組織は存在しねぇ、役職はせいぜい〝おまわり〟ってとこだ

格好悪りぃがお前が望んだ事だ。」


「全うします、しっかりと..!」


「面白ぇ..力貸してやるよ。」


 取り柄は真面目一徹曲げない精神、これに限る。死の要因もそれが災いしたが未だ曲がらず。死んでも治らないという事は馬鹿だったのか、死を超えても尚不器用なのか。


「受け取れ、腰に付けろ。」


「何ですかこれは」


「瓢箪だよ、見りゃ解るだろ?」


掌ほどの瓢箪を投げ渡され腰に付けろと命ぜられる。言われるがまま装着はするが、不明な用途に戸惑っている。


「人間界じゃあ〝ケータイ〟って言うのか、それで俺と対話が出来る。」


「あなたと

バディを組むということですか?」


「..まぁそんなとこだ。お廻りに出来る事なんて限られてるからな、面倒くせぇが腕振るってやる。」


「何故私に協力をしてくれるんです?

有難いですが、理由がありません」


「なんでも真相が無きゃ駄目かぁ?

疑い過ぎなんだよおまわりの分際で」


「すみません、元刑事なもので。」


「...過去は捨てろ、くだらねぇ」


 捨てられていたらここにはいない。死ぬ間際の記憶は廃棄処分に近い、走馬灯に歴史を流し、削除する。良くも悪くも記憶というものは、一律された適切な『過去』に一括りされる。


「消えねぇ記憶ほど愚かなものは無ぇゴミにすら捨てられねぇ代物だ。」


「..私は覚えています。

無意味かも知れませんが、己の実体よりも強く濃く、はっきりと。」


「だからそれを浄化しろって言ってんだ、覚えてちゃ駄目なんだよ」


「...精進します。」


せめて余命が欲しかった、そうすれば備える事も出来たのに。

悲劇は突然、死は偶然、想像も出来ない事柄にはプロファイリングは不要だと言う事。というより、不可能だということが理解されてしまう。


「元警視庁捜査一課 烏間 由魅子。

本日より地獄巡査に移動しました!」


「..だから地獄じゃねぇっての。

移動っていうか異動な、間違えるな」


敬礼は緩まず、大門を表す。

過去の記憶を浄化したとき、頭には何が残るのだろう。決定権があるのなら彼女は一体何を残すのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る