4
目覚めた。
ホテル。
自分だけ、ベッドの上。
彼は、ベッドの縁に背中をつけて座って眠り込んでいる。スーツのまま。
自分の身体。
「私もスーツのままか」
ちょっと、おかしくて、笑った。年頃の男女がホテルに泊まって、着の身着のままで眠りこけている。
「つかれたな」
つかれた。とても、つかれた。いままで、押し隠していた疲れが、延々と押し寄せてくる。
「シャワー」
せめて身体だけでも洗ってから、寝よう。このままだと硝煙の香りが余計に疲れさせてくる。
よたよたとふらつきながら、シャワールームに入った。服。なかなか脱げないので、シャツとスカートは破った。
浴槽にしゃがみこんで、浴びる。
だんだんと溜まっていくお湯を、見ていた。
扉が開く。
「おっとすまない」
すぐに閉じる。
「いいよ。一緒に入ろう?」
沈黙。
「すまない」
再び開く扉。
全裸の彼。
「うわ、すごい傷」
全身に、刃の痕。シャワーの煙の間から見える。赤くなっていたり、黒くなっていたり。
「そんなに大変な仕事だったの」
「いや。これは単純にナイフを自分にひっかけちまってできた傷だ。自傷行為と変わんねぇよ。別に痛いわけでもない」
「そうなんだ」
「お前の身体は綺麗だな」
「硝煙くさいよ」
彼の鼻が近付く。同時に、ふわっとした香り。
「たしかに。花火の匂いがするな」
「なんであなた良い匂いなの」
「たぶんナイフの手入れだな。切れ味を落とさないように花の油とかで磨いてた」
「硝煙もお花で作ればいいのに」
「無理だろ。俺も浴槽に入れてくれ」
「あ、ごめん」
詰めた。普通に、二人で入れる大きさの浴槽。
「ねぇ」
「ん?」
「ぜんぜん男女の雰囲気にならないね」
「ならねぇな。なんでだろう」
「不思議」
彼。腕組みして考える仕草。
「仕事仲間だからじゃねぇか。お互いのことを知らない」
「生理現象じゃないの?」
「俺は愛する人しか抱かない」
「うわ、童貞じゃん」
「なぜ分かった」
「いやたぶん皆が皆わかったと思うよ」
「悲しいなぁ。お前は処女じゃないだろ」
「処女膜はないよ。ガンアクション中に破けました」
「あれ、てことは」
「男性経験はないです」
沈黙。
「お互いに異性と触れあうの初めてなのに」
「男女の雰囲気にならない」
おかしくなって、二人で笑った。
「背中流してあげる」
「頼む」
「うわすごい。背中きれい。傷がない」
「ナイフを背中に向けることがあんまりないからだな」
「私の背中も」
「あっ」
「うん?」
「おまえ、胸」
「胸?」
胸ポケットにしまっていた拳銃の跡が付いている。
「あ、じゃあこっち流して。私手首柔らかいから背中自分で洗えるし」
「わかった」
彼が、私の胸と格闘しはじめる。
「もっと強く擦っていいよ」
「いや、やってるんだけど、乳房が動いてうまく力が入らん」
「ちょっと待って」
背中を洗ってから、胸を両手で押さえた。
「どう?」
彼が笑う。
「いやすまん。拳銃の跡、全然気になんねぇな」
「うそ」
胸の谷間に、綺麗に隠れる。
「ほんとだ。じゃあ洗わなくていいかな」
「ちょっと待ってろ」
彼が、浴室から出ていって、すぐに戻ってきた。
「研ぐのに使ってる花の油だ。これは傷や打ち身にも効く」
胸に、油が塗られる。
「あれ、不思議。冷たくない」
「そうなんだよな。なんかしっとりするんだ。よし。塗れた」
胸を押さえるのをやめた。シャワーで、油が洗い流される。いい匂い。
「あれ、跡が」
さっきよりも明らかに薄くなっている。
「効くだろ」
「これだけやってるのに、男女の雰囲気にならない」
「どうせだから、二人で抱きあって寝るか」
「いいね。外は雪で寒いし。人恋しくなるクリスマスだし」
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