第171話

 ……そう。あの池の先の御簾が、煌々と輝いて光って見える。

 その荘厳なる光景に、以前の朱明ならば萎縮している程の神々しさ。

 だが今日の朱明は、その目を射る程の光を睨め付け、決してその視線を今上帝と思しき微かなる人影から逸らさない。


 ……どうかお妃様ご助力を……


 朱明は高々と、祭場の床を蹴った。


 朱明は自分でも驚く程の、声を高く上げて祝詞を唱えた。

 その声は大きく響き、多くの僧侶達の唱える読経に、掻き消されぬ程の響きを天に向けた。

 助手の孤銀が素早く鈴を手に、祭場の端に立つ朱明に駆け寄って差し出すと、朱明はその鈴を持って大きく体を動かして、舞を舞うようにしながら、祭場狭しと動いて尚一層声を張って祝詞を唱えた。

 魔除や祓には刀剣を用いる事が多いが、今日は魔除でも祓でもない。

 瑞獣皇后様の無事のお戻りと……

 朱明はクルクルと回りながら、大きく飛び跳ね天を仰ぎ太陽神を仰いで、その大空に碧く美しい羽を広げて、舞うよう飛んだであろう、瑞獣様を思った。


 ……碧雅の気配が微かに戻った……


 そう金鱗は言った。それは三日程前からだという。


 ……ならば……ならば……


 神社仏閣で、祈りをあげさせてからだ……。

 それは青龍には一切関係のない、ただただ純粋に、皇后様御帰還の祈りだ。だから皇后様は気配を、神仏に託されたのだろう。

 ならばもはや今上帝は、その気配は感じているのだろうか?


 ……それともはまだか……


 朱明はそれすらも、考えられなくなっていく……。

 ただ無心に体が動き、口が動いている。

 物凄く不思議だ。祝詞はただ口が勝手に唱え、体はまるで何かに操られる様に動き回り飛び跳る……こんなに自分が動けるなんて、当人すら知らなかった程だ。そしてその一連の動きは、決して頭で考えて動かしている事ではない。

 全てが予想外だ……手も足も口も……全てが勝手に動いて、それも自分でも信じられない程の激しさで動き、止めども無く言葉が溢れ出て流れいく……。

 ただ無心で……ただ金色の輝きを見つめて……。


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