第174話

「全くそなたはいざとなると、非情なる処がある……私は……」


 クドクドと繰り言を仰せの皇后を、今上帝は走り寄って抱きしめられた。


「碧雅……」


 悲痛なる御声の今上帝は、きつく抱きしめられたまま、縋る様に仰せになられる。


「碧雅よ……私は……私はそなたが居なくば、狂うてしまうのだ……」


 苦しそうに辛そうに、仰せになられる。


「私はまことに非情なるものである……ゆえに御父君様を殺し、左大臣を殺し……子まで殺した……さほどに私は狂うてしまうのだ……そなたなしではただ狂うてしまうのだ……」


「今上帝……すまぬ。神力がなかなか回復致さず……まことすまぬ……結局お母君様お長兄あに君様が、お戻りまで時を要した……」


 今上帝の御苦悩が、御体の震えと共に伝わる。

 ずっとずっと愛されたいと願いつつ、愛される事のなかった御父君様への御苦悩が、最愛なるお方を失せられて解き放たれたゆえの結果が、今上帝を途轍もなく孤独にして、狂気へと御走らせになられたのだ。


「………私はもはや、そなたなしでは生きてはいけぬ……」


 今上帝はそう御言葉を、最愛なる瑞獣碧雅に残されて、意識を失われてしまわれた。



 

 今上帝はずっと、御帳台の上で眠られている。

 からずっと、目覚める事なく眠っているように……。

 あの日は最愛なる碧雅が産んだ、最愛なる親王の湯殿の儀式の最後の日だった。そして碧雅が皇后となるはずの……今上帝は眠り薬を飲まされ、そのまま長い眠りについた。そうだあの日からずっと、眠り続けているのだ。そう今上帝は願っている……ただただずっと、己は眠り続けていたなのだと……。



「今上帝よ……」


 御父君様の法皇が、それは御優しげな声音でお呼びになられたから、だから今上帝は、精一杯の力で御目を御開けになられた。

 すると思った通りの御優しい笑顔を、御父君様は御向けになられている。


「最愛なる者が戻って参ったな……」


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