第167話
そして麻が振り落とす水泡が、キラキラと光って浮かんで、小さな窓から差し込む月詠様の御心のこもった月明かりに照らされて、湯殿いっぱいに漂っている。
一連の祝詞を唱え終えると、二人の肌からは白く気が立ち込め始めていた。しらじらと明け始めた頃、朱明は麻の束を浴槽に捨てやって、真新しい単衣を纏って、入り口の火を吹き消した。 と同時に宙に浮いて漂っていた水泡が、音を立てて落下した。
湯殿の外に出ると、整えてあった袴を身に付ける。
孤銀が同様に支度を整え終えるを、命より大事な烏帽子を被って待った。
そして再び渡殿を通って、父の葛籠のある対屋に向かう。
その頃になると使用人が起きて、閉じ下ろしていた
朱明は昨日使用人に言い渡して、この対屋の全ての御簾を持ち上げさせていた。そして蔀戸を全て開けさせ、塗籠の戸も開けさせていた。
葛籠の蓋を開けたままにして、朱明は神宮の方にひれ伏して座した。
後方では孤銀が、同じ様にひれ伏している。
そしてひれ伏したまま、高らかに祝詞を唱える。するとパーと一瞬明るくなってその光を落とした。
「
朱明は言い淀む事を知らずに、つらつらと神々様に祈りと礼の言葉を述べる。
天が明るくなったと見ると、朱明はひれ伏していた身を擡げて立ち上がった。そのまま対屋を出て渡殿を渡り、一旦寝殿の母屋へと戻り女房達が支度を整えてくれるの待って軽く朝餉を取った。
そして太陽の高さを確認して再び母屋を出ると、我が家の尊き池から湧き出す初めて見る神泉の水を見つめた。
神泉の水は池の中で湧いているものだが、今朝だけは金鱗の力でその神聖なる姿を朱明に現してくれていた。
孤銀が桶を使って神泉の水を汲むと、それを受けて手にした朱明が、神聖なる水を、大事な烏帽子を脱いで頭から浴びた。二度、三度と浴びて祝詞を唱える。
朝陽を浴びて体から、湯気が立ち上がる。
それは孤銀が真夜中に、水を汲む前に禊としてやった事だ。
だが朱明は、孤銀が同じ事を終えるまで祝詞を唱え続け、最後に天を仰いだ。
その姿はひ弱で気の弱いだけの、朱明ではなくなっていた。
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