第139話

「……はい。貝耀様は主上の面前に出られ、御憤り激しい主上様の青龍に呑み込まれる処を、法皇様に助けられ逃げる様にと、申しつかったそうにございます」


「な、なんと?法皇様が、御救い下されたのか?」


 高僧はも言われぬ表情を浮かべて、天を仰いだ。


「なんと……なんというお慈悲……私と袖を分かったは、に貴き兄とのを、お与えくださるという、神仏の思召しであったか……なんとも……なんとも有り難い……」


 高僧は天を仰いだまま、歓喜の声を上げた。


「それで兄者は……鬼島に?」


「はい。主上には大鬼が、さらって行った事になっております……確かに大鬼丸が、貝耀殿を小脇に抱えて去りましたゆえ嘘にならぬと……」


「し、しかし、鬼の島に連れ去られ、兄者は大事ございませぬか?」


 兄弟子は色を変えて聞く。


「うーん?大鬼は雑だからのぉ……まっ、わしの頼みゆえ、食ったりは致すまい」


 えええ……!!!


 兄弟子のみならず、朱明まで色を変えて天狗を見つめた。


「いやいや……は不出来な弟子ゆえ、多少の痛い目はよいかもしれぬ」


 歓喜の声を上げていた師匠までそんな事を言うから、朱明と兄弟子は呆然と尊い二人を見つめる。


「大鬼丸はあれでなかなかのものゆえ、あれの傍らにおらばよい修行となろう」


 とか言って天狗がカラカラと笑うから、師匠まで楽しそうに笑っている。


「……という事であらば、五一もその内戻って参ろう……」


 そう言うと師匠は、怪訝気に朱明を見つめた。


「……そう申さば神座かみくら様は、如何してこの様な所に?」


「……お師匠様に、ご相談致したき事柄がございまして……」


「私に?ございますか?」


「はい……」


 朱明の様子を見ていた天狗は、師匠の元に身を寄せて、ヒソヒソと師匠にだけ聞こえる様に言った。


「あれのを、解放させた……」


「はっ?」


「……全てではないがな……後はあれ次第という事だ」


 天狗はそう言い残すと、サーと竹のうちわを振って風を巻き上がらせて消えた。



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