第137話

 百鬼夜行が過ぎて行く……。

 目の前をグロくて恐ろしい様のもの達が、それは妖しい動きをしながら、此方の気配すら感ずる事無く過ぎて行く……。

 だんだんと、その集団の姿が小さくなって行く……と共に天がしらじらと明け始めた。


「朱明よ、時刻だ……」


「父上?」


「私はそなたに、を見せてやりたかった。唯一そなたに遺してやりたかった私の記憶だ……それが果たせて私は幸せ者だ……もはや心置きなく逝ける……」


 童子が少しずつ、姿を薄くし始めた。

 朱明は名残惜しさに手を取ろうとして、それが叶わぬ事を知らされた。


「お父上!!」


 童子が消え牛車が消え……そしてしらじらと朝を迎えた。

 昨夜闇の中で笑っていた天の代わりに、けたたましい鳥達の声が聞こえた。


「孤銀……」


 傍らに神妙に佇む孤銀を見つめて、朱明は力なく笑みを作った。


「……聞いていたか?」


「……はい……」


 孤銀も、神妙な体で佇んでいる。


「お父上は必ずや、お前を連れて逝くと決めておられた……だから三尾の孤銀を連れて逝かれた……それはお前を、本当の主人に返すという事だ。今生には己以外にかしずかせぬという事だ」


 神妙に聞く孤銀に、朱明は視線を向けた。


「……だから俺も連れて逝くよ。五尾の孤銀は俺だけの物だ……そしてで九尾となって、大神様に仕えるも他の者に仕えるもお前の自由だ。だけど今生では俺だけの物だよ……俺が死ぬまでさ」


「……ならば長くお生きください」


 孤銀が、神妙な面持ちのままで言う。


「人間の生などたかが知れてる……だけど俺は、父上の与えてくださった任を全うして逝きたい」


「……はい」


 朱明と孤銀に、朝の木洩れ陽が降り注いだ。


「おお?少しは解放致したようだの?」


 朱明が憧憬する姿と全く違う、こっぱ天狗が大高下駄を履いて言った。

 ……まるで他国の道化師の様だな……と朱明は不敬にも思った。

 不思議なもの達を拒否して来たから、存外に畏敬の念が足りない。

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