第128話

 だから孤銀はまだ、瞬間移動ができない。

 故に朱明を背に乗せて、大きな妖狐となって天狗山に向かっている。

 月が大きく輝いて、聖なる山に誘う様に朱明には思えた。

 孤銀は、獣道すら無い山を駆けて行く。

 馬すら乗れない朱明は、孤銀にしがみ付いて、振り落とされぬ様に必死だ。

 天狗山の奥深く入った所で、孤銀はその主人譲りの褐色の眼光を光らせた。

 暗闇の中で光る眼光は褐色では無く、主人がかしずく神の名の如くに朱色に光る。


 ……グルルッ……


 と孤銀が普段は見せない、それは鋭い牙を光らせた。


「ほぉ?」


 大木の上にが声を発した。


 孤銀は微かに、月明かりで輝かせる銀色の毛を逆立たせて、しがみ付いている朱明を背にして臨戦態勢を取った。


「……なかなか良いを遺したな?さすがは朱の側近であるわ」


 大木の上のはそう言うと、スタッと殺気漂う孤銀と、朱明の前に立ち姿を見せた。

 すると臨戦態勢の孤銀が一瞬にして戦意を失して、耳と尻尾を垂れ下げる様にしたかと思うと、思いの外首も垂れているかもしれない。

 そんな孤銀の背に跨ったままの朱明が、目を懲らす様にして面前に佇む姿に食い入った。


「……天狗?」


 朱明は小声で孤銀に囁いた。

 朱明の想像する天狗とは、大鬼丸と迄はいかないものの、かなり大きく鼻が高く、ちょっと厳つくて以外と格好良くてニヒルで、それでいて意地悪ぽいけど実は優しくて、背に小さな羽を持ち、その羽が必要に応じて大きく開いて、それは颯爽と空を飛ぶ……。一体全体どこから仕入れたイメージなのか、突っ込みを入れたい程の概念を持っているのだが、目の前の天狗?は、背はひ弱な朱明より低く、体躯も朱明の様にひ弱で細く、鼻は高くてちょっと赤味を帯びていて、背に微かに、羽が無い事も無い。

 そして手にそれはデカイ竹のうちわを持っていて、そして目を見張る程の高〜い高下駄を履いている。

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