第70話

 朱明の言う処の小物達は、小賢しい悪戯や悪事しかしないから、朱明はよく痛い目にあわされていたし、怨霊や妬みを持つ者の癒されぬ魂は、悪意を持って浮遊する。そんな物達の調伏は素直過ぎる陰陽師には、なかなか手強い相手となる。なんだかんだと同情したり、情けをかけたりするから痛い目にあうのは当然で、そんな経験が朱明をどんどん、不思議なもの嫌いへと追いやっていったし、関わりあいたく無いという感情を大きくして行ったのだ。

 山のふもと迄来ると、朱明は牛飼童うしかいわらわに命じて帰らせた。

 此処は人間達が言う処の霊山だから、ふもとといってもかなり入って来た所で待たせては、どんなものが降りて来るか解らない。だから帰らせた。

 それが解るだけで朱明はいるし、正二位の特権を頂くのに相当といっていい。ただそれを解らないのが、朱明当人というだけだ。

 此処は人間達は霊山と崇めているが、大鬼丸が言った通り、眷属神が主に住まう、神々が住まうと言われている神山では無いから、いろいろな妖しげなもの達が存在する山だ。だから不思議な事や妖しい事が起こるから、此処の者達は霊山とするのだろうが、神山の様な神が住むだけでは無いから、とんでもない物が憑いたりしかねない。大体そんな事は普通の人間には解らないから、決していい事ばかりでは無いのがこの山だ。だから険しい修行の場となるわけで、此処で修行をすれば確かに、不思議な異界の物達との付き合い方とか、ない術を取得でき、崇高なる悟りも開けるというものだろう。

 朱明はかなり急な、道無き坂を登る。


「大事はございませぬか?」


 孤銀がしばしば聞いてくれるが、朱明は最初は和かに返事をしていたが、それも徐々にできなくなって行く。そして孤銀が少しずつ、その姿を変えていき、朱明が荒い息を弾ませ始めた頃には、それは見事な銀色の毛並みの、五本尾を揺らす銀孤へと姿を変えていた。

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