第42話

 そして御子が神になるとかで、一夜の内に腹から居なくなった御子を思い、尼僧となって尼寺に入寺してしまった我が娘の中宮。

 それをいい事に、性悪な娘が亡き妻をひたすら思い続けている法皇を、たぶらかして関係を迫り、その思いの執拗さに、夫たる今上帝に背徳行為をした、悪女の様な言われ方だから、典侍ないしのすけは幾度となく辞職を願い出たが、それはお許しを頂けず、こうして今だに宮仕えをしているわけだが、夫との関係もあり、信頼して預けてになったのだから、典侍は法皇にいい感情は抱いてはいない。

 まっ、娘は御子が神になるのだから、今は仏門に入って幸せだと、交わす文に書いてあるので、それはそれでよかったと思おうとする典侍である。

 何にしても、貴族の娘として誕生したならば、一度は夢に見る中宮という、この国の女のトップとなったのだ、幸せな女というべきだと思う。それに、背負っていかねばならない一族というものが、父関白の死によって失くなっているのだから、神の御子を得たと、ちょっとイタイ感じで母としては哀れに思うが、当人が幸せというならばそれでいいと思っている。そんな典侍ないしのすけが、まだ伊織の母が知らぬ情報を、流してくれた。


「かのお方が出張ってお越しになられれば、東宮は直ぐに決まりましょう……したらば……」


 その先は、不気味な笑みを作って口をつぐんだ。

 つまり言ってはならぬ状況である……と示唆している。


「……その前に、お目覚め頂ければ宜しいのですが……」


 伊織の母は目で頷くと、慌てて清涼殿へ向かった。

 すると中の様子がなんだか変だ。

 伊織が出て来る様子もないし、蔵人が出て来る様子もない。

 伊織の母は、恐る恐る御寝所の夜御殿よるのおとどに入って行った。

 すると御側にはべっているはずの者が一人も居ずに、それどころか御子様と皇子様の乳母も居ない。

 これは大変!と清涼殿を探し回り、殿上の間で気を失っている、蔵人達を見つけた。

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