第24話

「主上におかれましては、昼御座ひのおましにて御意識を失くされ、そのままにございます」


「何と?何処がしいのです?」


「侍医には解りませぬ」


 伊織が心もとなく首を振る。


「何と?」


「ゆえに祈祷を……」


 伊織が言うと、乳母の典侍はふらつく様に体を揺らした。


「……それゆえか……この蔵人が機転を利かせて、此処へ連れて来てくれたのです……」


 典侍が指して言ったので、先程から来ている蔵人は恐縮して身を屈めた。

 逃げる時の車とて、身分の低い者達が乗る車を、屋敷の気の利いた家人が調達して逃してくれた。

 さすがは切れ者と噂される、我が息子の家人達だと、初めて我が子を心の底で褒めやった。


「私は何も……」


 蔵人は恐縮する様に言った。


「他の者達は?一体如何しているのです?」


 典侍は伊織に問い詰める。


「……それが……主上が御倒れになられてのどさくさより、あの者しか姿を見せぬのです」


 伊織は母の間近に寄って、囁く様に告げる。


「なんと?」


 典侍は眉間に皺を作って、緊張を走らせた。


「女御様は大いなる力をお持ちのお方ゆえ、大事は無いかと……」


 伊織は御子様方を見つめながら、典侍の母から身を離して言った。

 できるだけ伊織は平然を装っているつもりだが、乳母は皇子を抱いて、内親王の小さな手を握って顔面蒼白だ。異様な状態である事は、乳母の目にも一目瞭然なのだろう。

 それでも今上帝の御側に居れば、御子様方が護られると言ったのは、今上帝の現在いまの状況を把握しての事か否かが不安だが、青龍が存在するからには護ってもらえるのだろうか?

 どんな事になっても、二人の御子様だけはお護りしなければならない。

 伊織は御帳台を見つめて思った。

 

時が経ったが読経が響くだけで、今上帝は目覚める様子はなく、例の蔵人しかやって来ない。

 男官の殿上てんじょうの間、女官の台盤所だいばんどころと云われているが、今は殿上人てんじょうびと蔵人くろうども女官も忙しいのか誰も此処には居ない。

 


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