第17話

 中津國は、とても高貴なお方の御成人の儀に当たる加冠の儀の後、異性を当てがわれるという風習がある。つまりその時に親の選んだ相手と、結婚するという事だ。

 そして朱明は当然ながら、そんな身分の者ではないから、加冠の折にそういった風習をする必要はなかった。どころか陰陽寮の学生がくしょうとなり、それはそれは忙しい毎日を過ごしたわけだから、妻とか恋とかにうつつを抜かしている暇はなかった。そして陰陽寮に入っても、それは忙しい日々を送った。

 当然の事ながら仕事を覚えたり、お家柄の所為でいい様に悪意を持って使われたり……、幽霊やあやかしの類いと、関わりを持たれたり……これが一番のネックと言っていいだろう。こちらは関わりたく無いのに、何だかんだと関わりを持ちかけられる。

 だから一般の世の女性は、決して関わり合いたく無いタイプの人間だと朱明は思う。もし自分が女性だったら、決して関わり合いたく無い男性のタイプだから、どうしても同僚には妹を当てがいたくはない。まっ相手もその気にはならないだろうが……。

 だから朱明まだ結婚していない。

 こんな自分なんて……なんて悲観的な気持ちもあるし、そんな自分を隠して、もしかしたら関わる事になるかもしれないのに、気に入った女性に取り入る事は、正直者の朱明には決してできない事だ。

 そんな事を考えながら、母屋で孤銀と座していると、何と池の金鱗が顔色を変えてやって来た。

 それもかなり慌てているものらしく、ビショビショに床を濡らしている。


「これは魚精王様……」


「陰陽師……朱明よ……」


 そう言うと、金鱗は床に腰を落とした。


「どうされたんです?」


「碧雅の気配が消えた……」


 金鱗は矢継ぎ早に言った。


「え?」


 理解できない朱明が聞き返す。


「碧雅の気配が消えたのだ。人間であろうと、魚の精であろうと、瑞獣であろうと出産には体力を使う。ゆえに前の出産も此度も、遠くに在りても碧雅を気遣っておったが……急に……急に気配が消えたのだ」


 金鱗は搾り出すような声で言った。

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