第8話

「伊織の母御様は、今上帝の母御様も同然でございましょう?」


 伊織の屋敷で皇子に乳を与えながら、瑞獣女御の碧雅は、愛娘の内親王を抱いて遊ぶ、内侍司ないしのつかさ典侍ないしのすけの、伊織の母に言った。


「何と畏れ多い……私は乳母に過ぎませぬ」


「……とは申されても、お育てになられたは確かにございます。今上帝もそう申しておりました」


「主上が?」


「お母君様はおられぬが、乳母様が我が子同然にお育て下されたと……ゆえに今生の母と思うておると、仰せでございます」


「……まぁ?何と畏れ多くも有り難い……」


 伊織の母御は、袖口で目頭を拭って言った。

 典侍の伊織の母御は、屋敷に碧雅が里下がりをしているので、女主人のいない屋敷ゆえに、内親王の時も此度も碧雅の事を案じて、屋敷に下がっていた。

 さすが乳母を務めあげたお方だ、気遣いは半端ないし、今上帝と前の中宮とはいろいろとあったのを、碧雅が寵愛を一身に得る様になった折に伊織から聞いて、乳母として精魂込めて御育てした今上帝の、長年の思いやら辛い思いに涙を流したが、それらを忘れられて今上帝が愛している女人おかたなので、それは大事に思っている。

 それにこの女御は、今上帝の御寵愛はなはだしく、他の女御に気が行かぬ程に、この国の天子を溺れさせている……という噂を聞いていたが、いざ出産に当たり、対屋たいのやは別であっても同じ屋敷に在って、よくよく話しをしてみれば、全く鼻にかける所はなく、持ち前の愛嬌なのか、実に可愛いらしい純な心根の持ち主で、いっぺんで典侍は気に入ってしまった。

 そして何よりも、心底今上帝を愛している。

 諸々の儀式においての不満も、典侍ないしのすけの老婆心ながらの助言に、素直に聞き入れる従順さも見受けられ、母御様母御様と、高々の乳母の自分を姑の様に慕ってもくれる。

 今上帝が他の女御に、目もくれぬのも理解がいくと思う様になった。

 貴族の姫として、それは大事に育てられたものとは全然違う。










 

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