雨鼓 琢磨

 駐輪場を後にしたオレは、どこに行くべきか…… と移動先の候補をいくつか、頭の中で思い浮かべた。

 優先順位としては瀬戸さんに会いたかった。理由は二つ。

 彼女を見張っていればそのうち、あの蛇のエモータルが現れるかもしれないのと、あのエモータルが生まれた理由を明確にしておきたかったから。

 まあ『蛇』ということから、その正体にはおおよそ予想が付いているのだけれど。

 オレは正面玄関を目指して、校舎の周りを歩いていく。

 途中で瀬戸さんの居場所を知っておいた方がいいか、と思い至り、オレはポケットから携帯を取り出した。

 画面をタッチ。チャットアプリを起動して、ヤツの名前を選ぶ。

 自称、情報屋。

 そんな肩書きを自称している時点でお察しだとは思うが、オレの呼び出しているヤツは、その例に漏れず残念な奴だった。

『……あ、もしもし明太あらたぁ?』

 オレの呼び出しに、ヤツが出た。

 その声に華やかさはなく、むしろ対極の暗さと粘り気を混ぜて固めたようだった。

 つまりは男だ。そしてコイツの声と性格にそれほどの差はない。

「お、『豊満なる豚ビッグ・ピッグ』だな? 首尾の方はどうだ?」

『……特に変わらず。っていうかその悪口みたいなコードネーム、いい加減やめてよぉ』

「愚問だな、お前のことを的確に表現していて最適だと思うぞ。さすが、我が優秀なコピーライターが考えただけはある」

 通話先の相手は、雨鼓あまつづみ 琢磨たくまという人語を理解する豚だった。

 その豚は奇妙なことにオレと同じクラスに、しれっと混ざっている。

 オレはその違和感に早々に気付いた者の一人だったが、他のクラスメイト達は優しさなのか何なのか、ヤツに特別な反応を示すことはなかった。

 それはヤツが群れることを嫌い、常に一匹狼を気取っていたせいでもでもある。

 つまりは豚のくせに狼のフリをしていたのである!

 オレはその矛盾にいち早く気付き、だから、声をかけてみた。

 最初はふごふごと言っていたので要領を得なかったが、一度ブタ語を理解すると、案外いい豚なのだということが分かった。

 なので、オレは定期的に弁当のおかずを恵んでやっている。

 生姜焼きをくれてやると特に喜ぶので、オレは複雑な気持ちになりながらも、その豚がうまそうに共食いしているところを見ていることがあった。

『そのコピーライター、絶対痛い目見せてやるからなぁ……』

 電話口の向こうで豚がすごんだ。その口調に割と黒いものが含まれていてあせる。

 奈々ななが名付け親であることは絶対に秘密にしておかないと、と再び胸に強く刻み込んだ。

 なにせこの豚、犯罪まがいの趣味を持っているからだ。

「いやー、あいつも悪気があって付けたコードネームじゃないと思うし……」

 と、形だけのフォローはしておく。

 実際、奈々に琢磨のコードネームを依頼した時、即座に回答された。

 オレも流石に、それは悪口なのでは……? とは思ったのだが、変更は受け付けられなかった。

 奈々に悪気はない、と信じたい。

『僕が思うに、茶館ちゃたてさんがそのコピーライターなんでしょ? 意外にセンスあるよね?』

「いやいや、奈々ではないんだなー」

 オレは平静を装って嘘をつく。語尾にまだハテナが付くということは、琢磨も特定はしていないということだ。

 コイツにバレたら、どんな仕返しが奈々に待っているか分からない。

 ……なにせ奈々は女の子だから。

 そして琢磨という豚は温厚だが、とんでもない特技を隠し持って持っているのだから。

「ところで本題なんだが、いま瀬戸さんはどこにいるんだ?」

『……陸上部の練習中。第二体育館の前あたりで、たむろってるよ』

「動く気配はないか?」

『ついさっき、校外を走ってきたところだから、しばらくは休憩なんじゃないかなぁ?』

「了解、そのまま見張りを頼む」

 オレがこの豚とつるんでいるのは、単に琢磨がいいやつだから、という理由だけではない。

 世間的に見れば悪い方に傾くコイツの趣味が、オレの仕事には役立つからだ。

『ねー明太。あのエモなんとかって妄想と戦う遊び、いつまでやるの?』

 電話口の向こうから、琢磨がのんびりと尋ねてきた。

「妄想でも遊びでもない! そしていつまでかと問われれば、エモータルがこの世から滅びるまでだ!」

『……ふーん、ってことは、たぶん当分終わらないってことだよね?』

「不満か?」

『いやー別に。僕も僕の趣味を理解してくれる人がいるのは、喜ばしいことだからさー』

「言っとくけど、オレはお前の趣味を理解したわけじゃないからな?」

 そこだけは念を押しておく。

『分かってるよぉ、でも知ってる人がいるのといないのとじゃ、安心感っていうかね…… そういうのが違うんだよ』

「お前のそれは半分犯罪だからな」

『……それを知ってて止めない明太も、同罪でしょ?』

 そんな風にしれっとオレを巻き込んでくるから、この豚は不快だ。

 琢磨の趣味は、まあ平たく言うなら人間観察である。 ……それも女子限定の。

 なんでしょうねー。琢磨がまだしも爽やかなイケメンであったのなら許されたのかもしれませんが、それを行っているときの琢磨の顔は、もはや人の性欲を煮詰めたような顔だからなぁ……

 フォローできません。この豚は変態です。

 まあ頑張ってオレなりに琢磨を擁護すると、普段は本当に無害。

 昼休みなんて腹いっぱい食って満足したブタみたいな顔で心地よさそうに眠ってるし、そういうところだけを見たら、まあ大丈夫。大きなトト○みたいなもんだ。

 ただちょーっとだけ、モテたい…… みたいな欲が強いみたいで、そのための努力が間違った方向に突っ走っちゃっているだけなのである。

 その結果が琢磨曰く『観察』という行為になっているだけで、「決して手を出すことはないから安心して」というのが本人の言い分である。

 琢磨の『観察』は女の子であれば誰でも対象になるらしく、だからまあ、深くは語らないけど、その観察がオレにとっては有用に働くのであって……

 つまり依頼すれば琢磨は、どんな女の子でも、どんな時間までも見守ってくれるのだ!

 琢磨はオレと同じく帰宅部なので、家に帰ってもやることがないらしい。

 せめてそういうことだけはせずに、もっと無駄な時間の使い方はあるだろ…… とさとしたくもなるが、これはこれでオレの役に立っているのだから、オレも琢磨にとやかく言うつもりはなかった。

「オレはお前を都合よく利用しているだけだ。お前の趣味に手を貸しているつもりはない!」

『でも明太が、女の子を見張ってほしいっていうから……』

「だぁ~、この話はやめだ! とにかく今、お前はどこにいるんだ? オレもそっちに合流するから……」

 と、オレは話を強引に切り上げて、琢磨の居場所を問う。

『……えっと、第二体育館の向かい側』

「真正面から観察してんのかよ! お前、度胸ありすぎだろ……」

 大胆なのか奥手なのか分からない琢磨の肝っ玉に、オレは呆れた。

『ははっ、僕なんてどうせ誰にも相手にされないからね。堂々としていても、誰からも気付かれることはないのさ……』

「……お前、もうちょっと自分に自信持て。普段の性格はいいと思うから」

『それって裏を返すと普段の性格以外は良くないってことだよね?』

「そうやって裏を返しちゃうとこがいかんのだ! とりあえず、そっち向かうから……」

『あ、待って、そう言えばまだ僕のコードネームの』

 プツ、とオレは通話終了のマークを押した。

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