竹川くん

「……というわけで、これから調査を始めたいと思いまーす」

 誰に言うでもなく校舎裏の壁に貼り付いて、小声で呟く。

 こんなことを誰かに聞かれたらイタいやつ確定なので、周囲に誰もいないことは確認済みだ。

 放課後、奈々はボランティア部に行くというので誘うわけにもいかず、オレは一人で調査を始めることにした。

 ターゲットは隣のクラスの竹川くん。理由は、彼が蛇のエモータルの生みの親だからだ。

本人にその自覚はないのだろうが、まあ見えていないのだから当たり前だ。

 ……昨夜のエモータルとの戦いは、実はまだ終わっていない。

 それは別にアフターストーリーがあるとか、実は倒したあとが大変だ、とかそういう話ではない。

 単純に、昨日の蛇には逃げられてしまった。

 思ったより蛇エモータルは手ごわく、ヤツを公園に居座らせたまま、オレが公園から追い出される、という不測の事態が発生してしまったのだった。

 オレはまだまだ戦えたが、蛇の尻尾をオレの強靭な肉体で受け止めてしまうことに、オレは深い罪悪感を抱いたのだった。

 ゆえにオレは、涙を流しながら公園を後にした。現在、腹部には意外と酷いアザを隠している。

 というわけで、状況説明は以上。調査に戻る。

 竹川くんはどうやらオレと同じで帰宅部らしかった。

 陰鬱な表情で長い髪をうっとうしそうにしながら、駐輪場から自転車を引き抜いている。

 竹川くんとオレに面識はない。一方的にオレが竹川くんを知っているだけだ。

だから、こちらから堂々と近づいていっても、特に警戒はされない。

 ちらっと竹川くんがオレを見たが、案の定、帰宅部仲間と認識されたようだ。声を掛けられることもなく、彼は帰宅の準備を進めている。

 オレは彼にほど近い自転車に近づいて、それがあたかも自分の自転車であるかのように、カゴにバッグを置いた。横目で竹川くんを盗み見る。

 竹川くんはオレの「あれー、鍵どこやったかなぁ……」の演技にすっかり騙されているようで、オレがもたついていても、特に興味を示さなかった。

 それに彼の目は、オレを見ていなかった。

 彼は少し離れたところにある、淡いピンクの自転車を見つめていたのだ。

 当然、竹川くんは自転車に欲情する紳士、というわけではない。

もしかしたらそうなのかもしれないが、ここは常識にのっとって、その自転車の所有者について思いをせていると考えた方が無難だろう。

「はぁ……」

 竹川くんが、オレにまで聞こえるくらいの大きなため息をつく。

ここ数日、彼はずっとそんなことを繰り返している。

そして、名残惜しそうに自転車を一瞥した後、彼は駐輪場から去っていくのだ。

「……………………よしっと」

 彼が校舎の裏側に消えていくのを見送ったあと、オレは行動を開始した。

 やはり、あのエモータルの出現理由は、竹川くんとあの自転車の所有者に関係していそうだ。

 周囲を確認して誰もいないことを確かめながら、ピンクの自転車に近づいていく。

この学校は校則として、くそダサいお名前シールを自転車に貼りつけなければいけないので、自転車の所有者はすぐに分かるようになっていた。

だが今だけは、この校則に感謝だ。

「1年4組、瀬戸せと 織姫おりひめ…… ですよねー」

 実はもう、彼女のことも調査済みなのである。

 というか、彼女のほうを先に知った。知り合い順でいくと、瀬戸さん→竹川くんなのである。

 その理由は単純明快で、彼女のことをあの大蛇エモータルが狙っているところを発見したのが、今回のミッションの始まりだったからだ。

 エモータルは負の感情である。そして奴らに憑りつかれるとその身に不幸が起きる。いわば呪いのようなものだ…… と高い数値でオレは確信している。

 誰かに抱いた負の感情は、大抵はそんなに大きなことをせずに消えていく。

 しかし、相手に対する思いが強ければ強いほど、大きなことを引き起こしてしまうのだ! と思う。

 それが究極的な負の感情にまで達してしまうと、『死』さえも引き起こしてしまうのだろう。

 ちょうどあの時のサラリーマンのように。

 そんな存在をオレは見えてしまうがために、阻止することができるがゆえに、エモータルと戦っているのだ。

「……影のヒーローっぽくてカッコイイじゃん?」

 オレは一人呟き、バッグを肩にかけ、颯爽と駐輪場を後にする。

 たとえ奈々に心配されようとも、オレはこれを止めるつもりはない。

 もちろん全員を救えるわけじゃない、なんてことは分かってる。

 だからオレは、オレの手の届く範囲で、に限定されてしまうけど、それでも誰かを助けたかった。

 誰かを助けることができると、心がスッキリするのだ。ゆえにオレはエモータルと戦う。

 不幸を引き起こすような人の負の感情を、野放しにはできないのだ!

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