1章

茶館 奈々

「ってことが昨日あってさぁ!」

「最近それ系の話多くない? なんのマンガの影響?」

 ガヤガヤと雑談の絶えない教室で、オレは後ろの席に語りかけていた。

 朝、1時限目が始まる前は、こうして親友にオレの活動を報告するのが日課だった。

「いやマンガとかじゃなくてね、それは現実に起こったことなのだよ!」

「……3m級の蛇とメンタが戦ったの?」

 オレの親友、茶館ちゃたて 奈々ななは小首をかしげた。それに合わせて暖簾のれんのような前髪も揺れる。

「……あ、それならボクも一番最初に倒したやつが、そんな感じのやつだったなぁ」

 奈々は一人称がボクだったり、口調が少年チックなのでつい忘れてしまいそうになるが、女の子なのである。

 まあ、小学校からの長い付き合いだし、オレは昔からこいつのことを男だと思って接してきたから、今更女の子として扱えというほうが難しい。

 体型はひょろっこいし、身長も低い。顔は恥ずかしがり屋さんなのか何なのか知らないが、常に前髪で隠れているような印象がある。

 だからこそ奈々は、今でもオレの親友たりえた。

 オレはもっとぼんきゅっぼーんな女子が好みなのだ。ありとあらゆるところが控えめな奈々では、話にならない。

 ついでに補足すると、奈々はオレのことを「メンタ」と呼ぶ。

 それに深い理由はなくて、オレの本名が六刺ろくさし 明太あらただから。

『女の子だったら、明太子めんたいこちゃん、だったのかなぁ……』といつだか呟いた奈々は、じゅるりと口元を拭っていたような気がする。

 以上、余談は終了。

 どうやら奈々はオレの物語を信じていないようで、こともあろうに自分も大蛇と戦ったことがある、などと言い出す始末だ。

「でも、そんなに強くなかったかなぁ…… なんせ、ボクの弓矢で一撃……」

「いいか奈々、オレをバカにするんじゃねぇ!」

 だからオレは、奈々に人指し指と厳しい目を向けた。それから奈々の眼前に高々と右手首を掲げて見せてやる。

「このブレスレットに選ばれたのは、オレだけなのだからな!」

 今日も今日とてオレの右手首には、怪しげな輝きをたたえたブレスレットが嵌められていた。

「……でもそれ、メンタのお母さんのおさがりじゃん」

「ぐっ!」

 痛いところを突いてくる。さすがは奈々だ、オレの親友なだけはある。

「しかーし! キミのまなこは曇り切っていると言わざるを得ない!」

「うぇぇ…… また聞かされるのぉー?」

「そう、これは久遠くおんの時の彼方、はるか遠い昔、まだ空に龍が飛んでいた時代……」

「それもう5回は聞いたし! この前は海賊の残したお宝じゃなかった?」

の残した、だ! 間違えるでない!」

「うーわ、めんどくさ……」

 奈々はオレのブレスレットにまつわる、悲劇的で壮大なストーリーを聞きたがっている。

 頬杖をついて溜息を漏らす奈々の目は、どこか眠たげに細められていた。

「なんやかんやあってメンタのお母さんが手に入れて、そこからメンタにたどり着くんでしょ」

「ぬぅ…… なぜそれを」

「5回も聞かされれば、そりゃ予想も付くでしょうに……」

「そうか、ならば詳しくは語るまい。そう、そのようにして…… 神の手によって作られた古の王の家臣の逆賊の墓守が手に入れ、王国に破壊と滅亡をもたらした呪いを解くために作られた秘密の地に行くための鍵を記した海図を手にした名のある海賊が死闘の末に傷つき部下に託したとされ、のちに龍に昇華した太古の僧の手によって神の力が結晶化したのが、この『破滅はめつのブレスレット』なのだ!」

「……あっそ」

「うむ。興味を持ってくれて、オレは大変嬉しい!」

「あぁ、もうツッコむのもめんどくさくなってきたわ」

 奈々はあまりに理解の及ばない世界に圧倒されたのか、自らの額に手を当てた。頭痛で悩まされている人のようにも見える。

「本当はアクセサリー好きのお母さんがネットオークションで買って、やっぱり好みじゃないからメンタにくれただけ、でしょ?」

「そのネットオークションにブレスレットを出品したのは………… ククッ、闇の組織なのだよ」

「なんでだよ!」

 奈々はまた額に手を当てた。裏社会の巨大さに恐れをなしているのだろう。

「あー、それで? そのブレスレットには怪物を見る力があるんだっけ?」

「そのとおーり!」

 しかし、なんだかんだで話につきあってくれる奈々の優しいところが、オレは好きだ。

「オレは奴らのことを《感情に踊り殺されし悪魔》と呼んでいる」

「長いからエモータル、にしたんじゃなかった?」

「……そうだな。我が弟子でし、奈々がそう名付けてくれたのだったな!」

「わ、分かりにくいからだし!」

 奈々はなぜか頬を赤くしていた。周囲の目を気にするかのように深い前髪の中にさらに隠れてしまう。

 オレの弟子呼ばわりされたことが恥ずかしかったのだろうか?

「ちなみに感情のエモーションと、不死のイモータルを掛けているのだよな!」

「せっ、説明すんなし!」

 オレは分かっているぞ、と笑顔で親指を突き立てたが、なぜか奈々は片手を振るってオレに攻撃をしてくる。

 む、解釈が間違ってたかな? いや、でも『エモータル』はなかなかいいぞ。やはりこの手のネーミングは、奈々のセンスに限る!

「それで奈々えもんよ、また頼みがあるんだけど……」

「人のことをドラ焼き好きの青狸みたいに呼ぶな。 ……で、何?」

「いやー、昨日の大蛇戦でね、そう言えばこのブレスレットに宿る刀に、名前がまだないなーって気が付きましてね」

「ふむ…… その刀に、名前が欲しいと?」

 さすが奈々、オレの親友なだけはある。

 オレの言いたいことを即座に把握して、既に思考タイムに入っていた。傍から見ると、どこかの司令官みたいだった。組んだ手の上にあごを乗せた姿がキマっている。

「……その刀、どんな見た目なんだっけ?」

「どんな見た目…… かぁ、えっと、ちょっと長めの日本刀みたいな感じで、鞘は真っ黒かな?」

「……漆黒丸」

 ボソッと奈々が呟いた。

聞き間違えかと思うくらい小さな声だった。というか聞こえなかった。

「え? なに? なに丸だって?」

「い、いやっ、その、なんでもない! 先! 先続けて!」

 奈々は慌てた様子で、オレの刀の詳細を求める。「そう?」とオレは特に気にしないことにして、話を続けた。

「で、えーと、鞘から抜くとね、こう刀身がメラメラ~って感じで燃えてる…… のかな?」

朱羅しゅら滅一文字めついちもんじ…… いや、太陽剣・シャーナ……」

 何やら奈々がまたブツブツと呟き始めた。漏れ聞こえてくる名前はどれもカッコよさそうだ。

 やはりこの手のネーミングは、奈々のセンスに限る!

「あっ、でも完全に燃えてるって感じじゃないんだよね。なんだろうこう熱を出しててね、空間がゆらゆらーってなってるように見えるっていうか……」

陽炎かげろう…… いや漢字が違うな、影に狼で影狼かげろう……かな。影に桜で影楼かげろうってのも、乙だなぁ……」

 奈々はどうやら自分の世界に入り込んでしまったようだ。思いつく名前をあげては、一人でフッと笑っている。

 ここまでくると見ているこちらもなんだか痛々しい気分になってくる。

 奈々の中二的センスは素晴らしいけれど、妄想は大概にしていただきたい、という思いがないわけでもなかった。

 オレがニヤけている奈々をじっと見ていると、奈々はそんなオレの視線に気づく。

「…………」「…………」

 オレと奈々は、しばし無言で見つめ合った。

「な、なんだよぉ、別に、いいじゃんかよぉ……」

 オレはまだ何も言っていないのに、奈々はそんなことを言った。しきりに前髪をき始めて、髪の後ろに隠れようとしているみたいだった。

「や、オレはいいと思う。お前のそういうところが、友達続けてる理由でもあるしな」

「うぅ…… あ、ありがとう?」

 奈々はオレの言葉を、フォローとして受け取るべきか迷っているようだった。

 オレからの賛辞なのだから、素直に受け取ればいいのに……

 そんな奈々に、やれやれとしながらオレは告げた。

「じゃ、刀の名前は『影狼かげろう』にするわ。一番ビビッと来たし、速そうだし強そうだし、なによりカッコいいしな!」

「うあぁ~、聞こえてたんかい……」

 オレの決定を聞いて、奈々はついに撃沈した。机に突っ伏してしまう。

 下半分は机に、上半分は前髪に隠れて、奈々の顔は見えなくなった。唯一、姿を見せている耳は沸騰したかのように真っ赤だった。

「ああもう! ここまで来たのなら、最後までつき合ってやるよ!」

 机に伏して、ぶっきらぼうに奈々は叫ぶ。目だけをオレに向けて尋ねてきた。

「それで? 結局その『エモータル』は誰の、どんな感情だったのさ?」

「お、よくぞ聞いてくれました!」

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