六刺明太は救われない

月丘 庵

序章

公園での戦い

 太陽が沈んでから、しばらく経った。

 空は9割が藍色になって、残り1割のオレンジが進行形で削られていくところだった。

 ……そろそろ現れる頃だろう、とオレは目の前の広場に視線を移す。

 駅近くの小さな公園。

 住宅地の端っこに作られたこの場所は、全国のどこにでもあるような公園だった。

 正方形の広いとも狭いとも言い切れないような空間を申し訳程度の木々で囲み、すべり台、シーソー、ブランコなどの人気の高そうな遊具を配置して、ベンチや時計、公衆便所などをポンと置けば、この公園ができあがるだろう。

 それくらい偏在的へんざいてきに存在するような公園だった。

 しいて特徴をあげるとしたらベンチの数が多い…… ような気がする。

 この公園はすぐ近くに駅があるので、もともとはその利用者のために作られたのものかもしれない。

 ここに来ることは初めてで、そして今後はもう来ないだろうから、無用な知識が増えてしまった。

 時計台を見上げると時刻はそろそろ夜の7時を告げる頃で、だから公園内に人の気配はない。

 近くの駅も小規模で、改札も券売機もない無人駅だから、電車もそうそう止まらない。

 つまり、オレの住むこの町は、田舎いなかということになるな、うん。

 何度も認識した事実を再確認したところで、オレは小さく溜息をついた。

 ……だけど、そんな田舎の町だから、オレはを続けられているのかもしれない。

 そんな風に前向きに捉えることにした。

 電車の数が少なくて、駅の利用客もいなくって、こんな時間だから子供たちの姿も公園にはなくて…… ようは人に見られる心配がない。

 そんな格好の場所だからこそ、高校生のオレがこんな時間に、こんな場所を訪れる。

 ……ズルズル、と何かが這いずる音がした。

 だからオレは意識を集中させた。右の手首をひたいにコンと当てる。

 ――オレの手首には、奇妙な模様が描かれた金属のブレスレットがはまっていた。

 それから小さく息を吐く。

 そういう一種のルーティーンを行うことで集中力が高まる。とオレは設定していた。その設定のおかげか、オレはそれを見ることができる。

 ズルズルと不気味な音を立てるモノの正体を。

「……ヘビかな?」

 公園の中央には、巨大な蛇がいた。そいつは一般的な蛇と比べると、とんでもないデカさだった。

 アマゾンの奥深くになら、もしかしたら生息しているのかもしれない。

 だけど、ここはただの田舎町で、さらには住宅地だ。

 オレの背丈と同じくらいの蛇が生息しているはずもない。鎌首を持ち上げてそのくらいだから、全長は3mくらいか?

 昔のオレならビビってちびっていたかもしれないが、最近の『慣れてしまった』オレはむしろ、戦いへの高揚を感じていた。

 大蛇がオレを見た。いや、オレを見たと言えるのだろうか、これは?

 その怪物ヘビは、奇妙なじれ方をしていた。

 尻尾のほうは正常なのに、頭のほうに向かうにつれて天地がひっくり返っているのである。

 頭が捻じれて反転していた。口が上のほうに、目が下のほうについていた。

 まるでその蛇はイナバウアーをしているみたいなのだ。

 そして、そんな呼吸が苦しそうな姿勢のまま、蛇は無表情でズルズルとオレに近づいてくる。

 エクソシストを目の前にしたような不気味さに、俺は思わず鳥肌が立った。

 ぼさっと突っ立っているままではやられてしまうだけなので、ひとまずオレは動くことにする。

 今まで戦ってきたヤツの中じゃ強そうな部類だけど、よく見るとまだ愛嬌がある。

 反転した口からはチロチロと舌をのぞかせているし、赤く光る眼もヘビそのものだった。

 ……余談だけど、オレは爬虫類が好きだ。トカゲや蛇はキモいと言われがちだけど、オレはかわいいと思う。

 だから、こんな大蛇を目の前にしてもオレは動けるのかもしれなかった。

 よしんばコレがもし、巨大なゴキブリだったとしたらオレは発狂していたかもしれない。

 そんな想像に顔を引きつらせながら、頭を振って想像ゴキブリを脳内から追い出す。

この先、出会わないことを祈ろう。

 散々練習したバク転で、蛇が槍のように突き出してきた尻尾をかわす。そのまま慣性に任せて、数歩ほど後ろにステップした。

 タイミングがバッチリ合って、初めて成功したことからオレは、大蛇にドヤ顔を向けた。

「どーよ! かっこいいだろ?」

 両手を広げてアピールしても、大蛇は無機質な目のままで、舌先をチロチロとのぞかせるだけである。

「……まったく、エモータルは無反応だから、やんなるよなぁ」

 オレはため息交じりに後頭部を掻いた。

 だけど反応してくれるような一般人がいても、一人で見えない敵と戦うイカれちゃった高校生しか映らないだろう。

「しゃーない、今はヒーローごっこで我慢するか……」

 オレはやれやれと呟いた。こういうあきらめた言い方もツワモノっぽくていい……

 そして本日の最大の見せ場。

 オレは右手首のブレスレットを口の前に構えた。決め台詞は……

「安心しろ、オレが消しゅてやる……」

 噛んだ。

 いや、噛んでない! と思い込むことにする。

 だって誰にも聞かれてないしー、相手もヘビだしぃー、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 だけど、思いっきりカッコつけた反動がデカい。一人だけどそれがまた辛い。むしろ思いっきり誰かに指摘してほしかった。

 身体の芯がカッカとしてきて、夜の風が涼しい。

 紅潮しているであろう頬を隠すために、俺は腕を前に突き出して叫ぶ。

顕現けんげんせよっ!」

 俺の呼びかけに応じて、ブレスレットが光を放つ!

 それは周囲をカッと包む眩しいようなやつじゃなくて、ボヤーっと目に優しい感じの光だった。

 あの折ると光るやつに似てる。……サイリウムだっけ? 色は朱色だった。

 この光を見るたびに、オレはなぜか小学生の頃のお祭りの帰り道を思い出す。

 あの時、恥ずかしくて手を繋げなかった女の子は、今頃どうしているだろうか……

と、催眠術にかかったような虚ろな眼で、俺は手の中に一振りの刀が現れるのを見ていた。

 ブレスレットの光が弱まり消えて、ハッとする。

 今はノスタルジーに浸っている場合ではない! 大蛇と戦う熱いシーンなのだ。

「……聖剣…… いや、魔剣………… いや、秘刀…… この刀に、名前はまだ無い!」

 オレは大蛇におごそかに告げた。

 対峙する大蛇はオレの言葉に反転した首をかしげた。おそらく、オレとこの刀に畏怖を感じているのだろう。

「安心しろ…… オレが、消してやる」

 オレは大蛇に優しく告げた。

 ……それは大蛇を生み出した『彼』への誓いでもあった。

「動くな! 動くなよぉ~」

 小声でささやきながら、オレは神妙な面持ちでゆっくりと大蛇に近づいていく。

 召喚した刀を途中で抜き放ちながら、そのさやを捨て、刃を返す。

 蛇にズンズンと近づきながら、オレは蛇への手向たむけをうたった。

「オレに斬られるお前も悲しかろうが、お前を斬るオレも悲しい」

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