第13話
「明宏君、よく思い出してみて。途中で、森久保さんが防犯カメラに映っていない時間があったでしょう?」
と、明日香さんが言った。
「そういえば、何分間かありましたね」
と、僕は言いながら、森久保さんの方に視線を向けた。
「あれは、ペンキをこぼしたから片付けていただけだって、言ったはずです。疑うんだったら、警察で玄関の汚れを調べてもらってもいいですよ」
と、森久保さんは、あくまでも強気だ。
「もちろん、調べることは可能だが」
と、鞘師警部が言った。
「鞘師警部、その必要はないですよ。あれは、ペンキで間違いないと思いますから。もしも血痕だったら、そのままにはしておかないでしょうから。それよりも思い出してほしいのは、森久保さんが着ていた作業着です。一度映像から消えてから再び映ったときに、作業着の汚れが増えていたように見えたんです」
それは、僕も気がついた。
「それは、こぼしたペンキが付いただけだ!」
「私も、最初はそう思っていましたが。ですが、あれは血痕じゃないでしょうか? あなたが、春香さんを殺害したときの」
「そんなの、言いがかりだ!」
「それでは、作業着を見せてもらえませんか? 森久保さん、会社が新しい作業着を支給してくれないって言っていましたよね? 処分したくても処分できずに、まだ使っているんじゃないですか? 洗濯をしたくらいでは、証拠隠滅できませんよ」
「令状は、あるんですか? ないんだったら、お断りします。これから、また出掛けるんで、帰っていただけますか?」
令状か――何かやましいことがある人の、常套句だな。
「令状はありませんが、あなたが柊木さんの家に入ったことが証明できれば、調べさせていただけませんか?」
と、鞘師警部が言った。
「な、なんだって?」
「何か、問題でも?」
「い、いや、別に問題なんかない。僕は、入っていないんで」
「それじゃあ明日香ちゃん、始めようか」
「それでは森久保さん、車の鍵をお借りしますね。三人で、防犯カメラの映像をリアルタイムで見ていてください」
と、明日香さんは言って、森久保さんから車の鍵を受け取ると、一人で外に出ていった。
僕たちは、森久保さんの寝室で防犯カメラの映像を見ていた。この部屋でしか、映像は見れないそうだ。
僕たちが防犯カメラの映像を見ていると、明日香さんが森久保さんの車に乗って出ていった。
そして、すぐに戻ってくると、あの日の森久保さんと同じように、バックで玄関前に停車した。
明日香さんは車から降りると、トランクを開けた。
「これで、柊木さんの車の玄関は見えなくなったな」
と、鞘師警部が言った。
「鞘師警部、もしかして春香さんの家の玄関が見えなくなったのって、偶然じゃないんですか?」
と、僕は聞いた。
「まあ、最後まで見ていよう」
明日香さんはトランクを開けると、玄関の方へ姿を消した。
森久保さんは、その様子を黙って見ていた。
「鞘師警部、明日香さんはどこに行ったんでしょうか?」
明日香さんが、映像から消えてから数分経ったけど、どこに行ってしまったんだ?
それからしばらくして、明日香さんが再び防犯カメラに映った。
明日香さんは玄関の方から出てくると、車に乗って元の場所に停めた。
「それじゃあ、我々も外に出ようか」
と、鞘師警部が、僕たちを促した。
「明日香さん、どこに行っていたんですか? 森久保さんの家に入ってから出てくるまでに、結構かかりましたけど」
と、僕は聞いた。
「もちろん、春香さんの部屋よ」
と、明日香さんは微笑んだ。
「えっ? どうやって、入ったんですか?」
「森久保さんと、同じ方法で入ったのよ。まずは、春香さんの部屋に行ってみましょうか。私が、さっき入ったという証拠を置いてきたから」
と、森久保さんの方を見ながら言った。
僕は、春香さんの家の玄関のドアを開けた。
「鍵が開いていますね」
と、僕は言った。
「私が遺族から借りていた鍵を、明日香ちゃんに渡しておいたんだ」
と、鞘師警部が言った。
「事件当時は、朝比奈さんが鍵を開けたまま出ていったから、開いていたはずよ」
と、明日香さんが言った。
僕たちは、家の中に入った。だんだん日が沈んできて、家の中は薄暗い。
「あれ? 明日香さん、何か、ありますよ」
玄関を上がったところに、何か小さなものが置いてあった。
「あれが何かは、森久保さんが一番ご存じのはずよ」
と、明日香さんが、森久保さんを見ながら言った。
「――僕の……、キーホルダーだ」
と、森久保さんは呟いた。
「そうです。これは、森久保さんの車の鍵に付いていたキーホルダーです。このキーホルダーを、外して置いておきました。事前に、仕込んでいないという証拠です」
森久保さんは、その場に崩れ落ちた。
「明日香さん、いつ入ったんですか?」
と、僕は聞いた。
「簡単なことよ。車で春香さんの家の玄関が映らないようにして、自宅の勝手口から外に出る。そして、自宅の裏の道を通って、前の道に回り込んで、玄関から入ったのよ。自分の車と、ブロック塀で姿を隠してね」
「そんな、単純な方法で? っていうか、どうしてそんなことを? その時点では、何が起こっているのか分からないのに」
「分からないからこそ、そうしたんじゃないかしら。もしも大変なことが起こっていたら、自分は入っていないことにしておいた方が、いいかもしれないと思ってね。そして家の中に入って、森久保さんは倒れている春香さんを見つけた。現場の状況から何があったのかを察した森久保さんは、今なら朝比奈さんのせいにできると思ったんでしょう。落ちていたバットで、春香さんを殴った。そして、
同じルートで自宅に戻った。作業着の汚れが増えていたのは、春香さんの血痕よ。森久保さん、間違っているところはあるかしら?」
「どうやら、僕の負けですね……。あの女に、罪を被せられると思ったのに……」
森久保さんは、素直に犯行を認めた。
「いったい、春香さんを殺害した動機は?」
と、僕は聞いた。
「あの女――僕が優しくしてやったのに、告白したら断りやがった」
と、森久保さんは吐き捨てるように言った。
「どういうことですか?」
「彼女が小さい頃は、ただの近所の子供くらいにしか思っていなかったんだ。だけど、僕がこっちに戻ってきてから再開して驚いたよ。まさか、あんなにかわいくなっていたなんて。僕は両親を亡くし、離婚もした。彼女も両親を亡くし、一人になった。これは、運命だと思ったんだ。お互い、同じ境遇だということもあって、彼女も僕に優しかった。いろいろ手伝いを頼まれて、僕は喜んで手伝ったよ。当然、向こうも僕に気があると思うじゃないか!」
森久保さんは、訴えるように僕の目を見てきた。
「いや……。それは、ただのご近所さんとしてじゃないですか?」
「同じだな――君も、彼女と同じことを言うんだな。それから僕は、だんだんと彼女を憎むようになった。最近、近所の人の僕に対する目付きが変わったんだよ。これは、あの女が僕が告白したことを話したんだと思った。そんなときに、千載一遇のチャンスが訪れたんだよ。これは、運命だと――」
「何が、運命だよ! そんなことで、人を殺したのか!」
僕は、だんだん腹が立ってきた。
「森久保英一郎。続きは、警察署の方で聞かせてもらう。一緒に、来ていただけますね?」
と、鞘師警部が言った。
「――はい」
「明宏君、私たちも帰りましょう」
と、明日香さんが言った。
鞘師警部が森久保英一郎を連れて行き、柊木春香さんの家の前には、僕と明日香さんが残っていた。
辺りは日が沈み、暗くなってきていた。
「今夜は、寒くなるかしら」
「さあ、どうでしょうか?」
「明日菜にも、報告しなきゃね。でも、その前に、ちょっと早いけど、ラーメンでも食べて帰りましょうか」
僕たちは、公園の駐車場に向かって歩き出した。
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