第9話

 僕たちは車から降りると、花屋の店内に入っていった。

 店の中には、色とりどりの花が、たくさん並んでいる(まあ、花屋だから当たり前の光景だけど)。

「いらっしゃいませ。おはようございます」

 と、店員が声を掛けてくれる。

 そんなに広くない店内だけど、他に客の姿は見当たらない。この時間帯は、そういう時間帯なのだろうか?

「どういったお花を、お探しでしょうか?」

 と、30代半ばくらいの女性店員が、僕たちに話し掛けてきた。

「すみません。私たち、お花を買いに来たんじゃないんです」

 と、明日香さんが言った。

「私、警察の者ですが。こちらのお店のアルバイトに、朝比奈奈緒さんという女子大学生の方がいらっしゃいますよね?」

 と、鞘師警部が、警察手帳を見せながら聞いた。

「私、この店の店長の、山之内やまのうちと申しますが、朝比奈さんが何かしたんでしょうか?」

 と、山之内店長が聞いた。

「最近、殺人事件がありましてね。被害者の方と朝比奈奈緒さんが友達だということが分かりまして、朝比奈さんに被害者の方のことを、お聞きしたいんです」

「殺人事件ですか? 朝比奈さんが、何か疑われているんでしょうか?」

「いえいえ、被害者の方の関係者全員から、お話をうかがっているんです」

「そうですか、分かりました。もうすぐ、出勤してくると思います」

 と、山之内店長は、店内の時計を見ながら言った。


「店長、おはようございます」

 しばらく店内で待っていると、若い女性店員が入ってきた。

 僕と、身長は同じくらいか。この女性が、朝比奈奈緒さんだろうか?

「朝比奈さん、おはよう。こちらの刑事さんたちが、朝比奈さんに聞きたいことがあるそうよ」

 と、山之内店長が言った。

「刑事さん?」

 朝比奈さんが、チラッと僕たちの方を見た。

「朝比奈奈緒さんですね? 私は、警視庁の鞘師です。朝比奈さんに、柊木春香さんのことで、お話を聞きたいのですが」

 と、鞘師警部が、警察手帳を見せながら聞いた。

 朝比奈さんは、柊木春香さんの名前を出されても、表情が変わらなかった。警察が訪ねて来ることを、予期していたのだろうか?

「分かりました」

 と、朝比奈さんは頷いた。

「鞘師警部、他のお客さんもいるので、お店の外に出ませんか?」

 と、明日香さんが言った。

「そうだな」

 僕たちは、朝比奈さんを促して、店の外に出た。


「早速ですが、朝比奈さん。あなたは、柊木春香さんのことを、ご存じですよね?」

 と、鞘師警部が聞いた。

「はい。同じ大学の同期で、友達です」

 と、朝比奈さんは言った。

「お二人は、かなり親しかったんですか?」

「かなりというのが、どの程度のことを言われているのか分かりませんが。彼女の家に遊びに行くくらいには、仲がよかったです」

「そうですか。朝比奈さん、金曜日の午後3時頃から3時30分頃ですが、どちらにいましたか?」

「金曜日ですか? 一昨日の3時頃は、確か配達に出ていたと思いますけど。午後2時40分頃にお店を出て、三軒まわって4時ちょうどに帰ってきました」

「花の、配達ですか? 三軒で、そんなに時間が掛かるんですか?」

「はい。一軒だけ別方向で、少し遠かったので。山之内店長に聞いていただければ、分かると思います」

「そのときに、柊木春香さんの家の近くには、行っていませんか?」

「行っていません。彼女の家とは、違う方角ですから。彼女の家にまで行ったら、4時には戻れません」

 と、朝比奈さんは、きっぱりと否定した。

「実は、その時間に、あなたを目撃したという人がいるんですよ」

 と、明日香さんが言った。

「人違いじゃないですか?」

 と、朝比奈さんは否定した。

「そんなことはないです。お婆さんは、確かに朝比奈奈緒さんだったと言っているんです。それに、防犯カメラに、フードを被って柊木春香さんの家に入っていく人物が、はっきりと映っているんですよ!」

 と、僕は言った。

 これは、決定的な証拠だ。朝比奈さんも、観念するだろう。

「フードを、被っていたんですか? それじゃあ、顔は映っていないんじゃないですか?」

 僕の予想外の反応が、返ってきた。

「えっと……。た、確かに顔は――」

「それじゃあ、どうしてそれが私だって言い切れるんですか?」

「い、いや……。背丈も、だいたい同じくらいで……」

「私、身長169センチです。169センチの女なんて、世の中にたくさんいますよ」

「そ、そうですね……。僕と、一緒です」

「女では、高い方かもしれませんけど。そっちの女性なんて、私より高いじゃないですか」

 と、朝比奈さんは、明日香さんを指差した。

 いつの間にか、論点が女性の身長の高さに変わっているような――

「…………」

 指差された明日香さんは、何も言わなかった。

 そういえば、明日香さんは、『身長は、168センチくらい』と、言い張っていたな。

「まあ、身長のことはともかく、そのお婆さんの言っていることが、正しいという証拠はあるんですか? 失礼ですけど、お年寄りですよね? 目だって、悪くなっているんじゃないですか?」

「そ、それは――」

 僕は、明日香さんと鞘師警部に、目で合図を送った。

『助けてください――』

「もう、明宏君が余計なことを言うから」

 と、明日香さんが言った。

「すみません、よろしいでしょうか?」

 と、そこへ山之内店長がやってきた。

「お話を聞いていて、これを持ってきました」

 と、鞘師警部に、何かを渡した。

「これは、領収書の控えですか?」

 と、鞘師警部が聞いた。

「そうです。その日、朝比奈さんが配達に行って、全て現金でお支払いいただいたようなので。これで、証拠になりませんか? 領収書の字は、朝比奈さんの字で間違いないです。指紋でも取っていただければ、配達先の方の指紋も付いているのではないでしょうか?」

「そうですか、それではお預かりします。指紋については、必要になれば、また後日お伺いします。それでは、こちらの住所を教えていただけますか?」

 鞘師警部は、手帳に住所をメモした。

「最後に、そのときに使った車を見せてもらえますか?」

「分かりました。朝比奈さん、私は戻るから案内して」

 と、山之内店長は言うと、店の方に戻っていった。


「この車です」

 と、朝比奈さんが指差した。

 店舗の裏に、車が数台停まっていた。従業員の車と、店の配達用の車だろう。

「白い車ですね。お婆さんが言っていた、車でしょうか?」

 と、僕は言った。

「朝比奈さん、この車にドライブレコーダーは?」

 と、明日香さんが聞いた。

「付いていません」

「そうですか」

 ドライブレコーダーが付いていれば、朝比奈さんが柊木春香さんの家の近くの公園に、行ったかどうか分かったのだが。

「朝比奈さん、ちょっとお店の方をお願い!」

 山之内店長が、呼んでいる。

「すみません、店長が呼んでいるので失礼します」

「ああ、構いませんよ。私たちも、これで失礼しますから」

 と、鞘師警部が言った。

 朝比奈さんは、走って店の方に戻っていった。

「それにしても、古そうな車ですね」

 と、僕は改めて車を見ながら言った。

「お店の名前とかも、書いていないのね」

 と、明日香さんが言った。

「本当だな。だいたいこの手の車には、店の名前や電話番号が書いてあるものだが」

 と、鞘師警部が言った。

「あんまり、儲かってないんですかね?」

 と、僕は言った。

「それは、分からないが」

「あれ? 鞘師警部、あの車――」

 僕たちの目の前で、車が停まった。


 その車には、この店の名前と電話番号、それとホームページのアドレスが書かれていた。そして何よりも、この車は新しそうだ。

 車の窓が開くと、金髪の20歳くらいの若い男性が顔を覗かせた。

「ちょっと、そこに車を停めたいんで、どいてもらってもいいっすか?」

 と、金髪の男性が言った。

「ああ、これは失礼」

 と、鞘師警部が言った。

 僕たちが移動すると、バックで金髪の男性は車を停めた。2、3回、切り返したけど、結構斜めに停まった。

「いやぁ、バックで停めるのって、難しいっすよね。店長が、バックで停めろってうるさいんで、やってるんだけど」

 と、ぶつぶつ言いながら、金髪の男性が車から降りてきた。

「この店の方ですか?」

 と、鞘師警部が聞いた。

「いや、店の名前の入った車から降りてきたんすよ。当然っしょ。関係ない人が降りてきたら、大問題っしょ」

 と、金髪の男性は笑った。

 なんて口の聞き方だ、この店員は。店長の教育が、なってないんじゃないか?

「そうですね」

 と、僕は適当に、相槌を打っておいた。

「それじゃあ、この車は、こちらのお花屋さんの車ですね?」

 と、明日香さんが聞いた。

「だから、当たり前っしょ――って、いやぁ、かわいい! 彼女、俺とデートしない?」

 と、金髪の男性は、明日香さんをデートに誘いだした。

 明日香さんがかわいいのは、同意するが、明日香さんをデートに誘うなんて、絶対に許せない。

「すみません、お話を聞いてもよろしいでしょうか?」

 と、鞘師警部が、警察手帳を見せながら割り込んだ。

「け、警察!? ご、ごめんなさい! ほんの、出来心だったんです! 一つ余っていたから、食べちゃったんです! まさか、奈緒さんが食べていなかったなんて、知らなかったんです!」

 と、金髪の男性は意味不明なことを言い出した。

「な、何の話ですか?」

 鞘師警部も、さすがに戸惑っている。

「えっ? 店長が買ってきたケーキを、僕が二人分食べちゃったからじゃ……」

 何を言っているんだ、この男は。

「そんなことで、警察は来ませんよ」

 と、明日香さんは、優しく微笑んだ。

「よかったぁ……。奈緒さん、めちゃくちゃ怖いから」

「そうなんですか?」

 と、僕は聞いた。

「あの人、男に対しては、めちゃくちゃ厳しいんすよ。店長と、もう一人女の子がいるんですけど、そっちに対する態度が、あからさまに違うから。今日は休みなんすけど、もう一人男がいるんですけどね、こっちに対する態度が全然違って。奈緒さんって、男が嫌いなんすかね?」

 いや、僕に聞かれても困るのだけど……。

「そろそろ、本題をいいかな?」

 と、鞘師警部が言った。


「あなたの、お名前は?」

 と、鞘師警部が聞いた。

山之内貴史やまのうちたかしっす。20歳に、なったばっかりっす」

「山之内?」

「店長の、親戚っす」

「そうですか。この車は、配達用の車ですか?」

「そうっす。今朝一番で急な配達が入ったんで、行ってきたんで」

「この車って、ドライブレコーダーって付いてます?」

 と、明日香さんが聞いた。

「もちろん」

 と、山之内君は頷いた。

「こっちの古い車は、付いていないですよね」

 と、僕は聞いた。

「そうっすね。まあ、どうせ滅多に使わない車なんで」

「滅多に使わない? でも一昨日、朝比奈さんが、こっちの車で配達に行ったんですよね?」

 と、鞘師警部が聞いた。

「一昨日? どうだったっけ? ああ、そういえば。奈緒さんが、こっちの新しい車を洗車してくれって言い出したんだ。それで、そっちの古い車で行ったっす」

「朝比奈さんは、どうして洗車を?」

「昨日の雨で、ちょっと汚れてるからって。俺は、そんなに汚れてるとは思わなかったけど。でも、どうせなら、もっと早く言ってくれたらいいのに」

「朝比奈さんは、一昨日は何時頃から働いていたんですか?」

「一昨日は、1時くらいには来てたっす。その時間、たまたま暇だったんで、そのとき言ってほしかったっす。俺こう見えても、やらなきゃいけないことが多いから」

「朝比奈さんは、いつも1時くらいからですか?」

 と、明日香さんが聞いた。

「いえ、大学の関係でばらばらっす。ちなみに、木曜日は休んでたっす。大学の授業が忙しいとか言ってたっす。昨日と今日は、9時からっす」

「最後に確認ですが、朝比奈さんが配達に出掛けたのは、2時40分くらいで間違いないですか?」

「間違いないっす。確か出る前に、『領収書が切れていた』って言って、事務所に戻ってきて。それから出発したのが、2時40分くらいっす」

「朝比奈さんは、ちゃんと三軒分の花を積んでいましたか?」

「俺も手伝ったんで、間違いないっす」

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