第6話
「やあ、二人とも待たせたね。さっそくだが、すぐに向かおう。詳しい話は、向かいながら車の中でするよ」
鞘師警部が、探偵事務所にやって来た。
僕たちは、鞘師警部の車に乗り込んだ。
「男性の名前は、
と、鞘師警部は、車を運転しながら言った。
「スポーツ用品店ですか。それじゃあバットも、売っていますね」
と、僕は言った。
「例のストーカー騒ぎのときに、念のため指紋も取ってあったんだが、そのときの指紋と、バットに付いていた指紋が一致した。それだけじゃなく、柊木さんの家の中から複数の指紋が見つかった。そして、柊木さんだが、このバットで2回殴打されたようだな」
「鞘師警部! そ、それじゃあ春香さんを殺した犯人で、決まりじゃないですか!」
僕は、だんだん興奮してきた。まさか、こんなに簡単に、犯人が分かるとは思わなかった。
明日菜ちゃんにも早く教えてあげたいけれど、おそらく今はロケの真っ最中だろうか。
「明宏君、まだ彼が犯人だと決まったわけじゃないぞ」
「そ、そうですけど――」
「鞘師警部には、何か気になることでもあるんでしょうか?」
と、明日香さんが聞いた。
「バットの写真を店に送って見てもらったんだが、あのバットは先週の月曜日に発売された、新しいバットだそうだ。バットの在庫を調べてもらったんだが、在庫は一致したそうだ。何本か売れているが、小田桐航太自身が購入したということはないと、店主は言っていた」
「店主の勘違いとか、もしくは他の店で買ったとか」
と、僕は言った。
「もちろん、そういう可能性もある。いろいろな可能性を考えて部下に調べてもらってはいるが、購入した店舗を特定するのは時間がかかるかもしれないな。そうだ、忘れるところだった。君たちに、一つ確認をしておきたいことがあったんだが」
「確認ですか? 何でしょうか?」
と、明日香さんが聞いた。
「実は、台所の勝手口の鍵が、開いたままになっていたんだが。君たちが、開けたわけではないよな? ちなみに、勝手口の内外のドアノブからも、小田桐航太の指紋が見つかっているが」
「いえ、私は触ってすらいないです。明宏君は?」
「僕も、勝手口には触っていないです」
「明日菜も、触っていないと思います」
「そうか、分かった。それじゃあ、もともと鍵は掛かっていなかったのか――小田桐航太が、開けたのか」
「鞘師警部、それが事件と何か関係があるんですか?」
と、僕は聞いた。
犯人(小田桐航太?)は、玄関から出入りしているわけだから、勝手口は関係ないと思うけど……。
「いや、それは分からないが、勝手口の外に靴の跡が残っていてね。事件の前日に、かなり雨が降っただろう? 勝手口の外側は、かなり日当たりが悪そうでね。昨日の夜の時点では、まだ少しぬかるんでいたんだ。入ってくる跡と、出ていく跡と、両方残っていたんだ。もちろん、事件とは何も関係ないかもしれないがな」
「ここだな。このアパートの二階に、一人で暮らしているようだ」
そこは、結構古そうな二階建てのアパートだった。
「二階の201号室が、小田桐航太の部屋だ」
僕たちは、今にも壊れるんじゃないかと思える、古びた階段を上がっていった。
201号室の前まで来ると、鞘師警部がチャイムを押した。
「出てこないですね。留守でしょうか?」
と、僕は言った。
「もう一度、鳴らしてみよう」
と、鞘師警部が、再びチャイムを押した。
「鞘師警部、もしかしたら、どこかに逃げたんじゃないですか?」
「そうかもしれないな。ここの大家に連絡を取って、鍵を開けてもらうか。他の住人に、大家の連絡先を聞いてみるか」
と、鞘師警部が、他の部屋に行こうとした。
「明日香さん、何をしているんですか?」
明日香さんが、郵便受けの隙間から部屋の中を覗き込んでいる。
「すみません。鍵、開けてもらえますか?」
明日香さんは、郵便受けに向かって微笑みかけた。
「君が小田桐航太で、間違いないな? 警察の者だ」
と、鞘師警部が、警察手帳を見せながら聞いた。
僕たちは、小田桐航太の部屋の中にいた。
「――はい」
と、小田桐航太は頷いた。
身長は、僕と同じくらいだろうか。防犯カメラに映っていた人物とも、だいたい一致するということだ。
「くそっ! あんたら、警察だったのかよ。あんなに、かわいい女性が覗いていたから、警察だとは思わずに開けてしまった……。警察にも、あんなに、かわいい女性がいるんですね」
と、小田桐航太は、よく意味の分からないことを言い出した(明日香さんが、かわいいというのは同意だけど)。
どうやら、僕たち全員を警察官だと思っているみたいだ。
「どうして、我々がやって来たのかは、心当たりがあるだろう?」
と、鞘師警部が、優しい口調で聞いた。
「さ、さあ? 俺を、警察にスカウトでもしに来たのかな?」
と、小田桐航太は、ふざけた口調で言った。
「柊木春香さんを、知っているな。君と同い年の、女子大学生だ」
と、鞘師警部は、無視して聞いた。
「――ああ、知っているよ。分かっているくせに。だから、ここに来たんだろう」
小田桐航太は、素直に頷いた。
「それじゃあ単刀直入に聞くが、君が柊木春香さんを殺害したのか?」
「ち、違うっ! 俺じゃない! 俺は、何もやっていない! 本当だ! 信じてくれ!」
小田桐航太は、鞘師警部に掴みかからんばかりの勢いで否定した。
「しかし昨日、君は柊木さんの家に行っているだろう? 防犯カメラに、柊木さんの家に入っていく人物の映像が映っていたんだ。それに家の中から、君の指紋が出ている。もちろん、凶器のバットからもだ」
「家の中に、指紋があるのは当然だ。何度か、入ったことがあるからな」
「何度か? そんなに何回も、ストーカー行為をしていたのか。しかも、家の中まで」
と、僕は言った。
「ち、違う! 俺は、ストーカーなんかじゃない!」
「でも、ストーカー行為で通報されていますよね?」
と、明日香さんが聞いた。
「それは、誤解なんだ! ちょっと、ケンカみたいな感じになっただけで。近所の人が勝手に勘違いして、警察に通報しただけなんだ」
「それじゃあ、どうしてそのときに警察官に誤解だって、言わなかったんだ?」
と、鞘師警部が聞いた。
「言ったよ……。だけど、信じてくれなかったんだ……」
小田桐航太は、今にも泣き出しそうな雰囲気だ。
「そもそも、君と柊木さんは、どういう関係なんだ?」
「それは……。春香とは付き合っていたわけじゃないけど、友達以上恋人未満っていう感じかな」
「それじゃあ、昨日は何をしに柊木さんの家に行ったんだ?」
「メールで、呼び出されたんだよ。大事な話があるから、午後4時頃に家に来てくれって」
「では、そのメールを見せてくれないか?」
「もう、ないよ。消してしまったから」
「消した? どうして?」
「メールの最後に、書いてあったんだよ。読み終わったら、すぐに消してくれって」
小田桐航太の言っていることは、本当なんだろうか?
どうにも、信じられないが――
「でも、どうして呼び出された時間よりも、1時間も早く行ったんだ?」
と、僕は聞いた。
「えっ? 何のことだよ。俺は、約束通り4時に行ったよ」
「そんなわけないだろう。防犯カメラに、午後3時過ぎに黒っぽいフードで顔を隠して、バットを持って玄関から入っていく姿が映っていたんだから」
こいつは、この期に及んで、まだ嘘をつくのか。
「ちょっと、待ってくれ! それは、俺じゃない。俺は4時頃に、勝手口から入ったんだ。フードなんて付いてないし、ましてやバットなんて持って行かないよ」
「勝手口?」
僕たち三人は、顔を見合わせた。
「ああ、玄関の方は絶対に通らないで、裏の勝手口から入ってくれって、メールに書いてあったんだよ。今まで、勝手口から入ってくれなんて言われたことはなかったから、おかしいなとは思ったけど」
「それで、午後4時頃に勝手口の鍵は開いていたのかい?」
と、鞘師警部が聞いた。
「ああ、開いていたよ。勝手口のところから呼んでも返事がなかったから、靴を脱いで上がったんだ。それで二階に上がってみたら、春香が死んでいたんだよ」
「どうして、そのときに警察に通報をしなかったんだ?」
「いや、それは……。通報しようとは思ったけど、ストーカー騒ぎの件があったから。もしかしたら、俺が犯人だって疑われるんじゃないかって――」
「それで、逃げ出したのか?」
「…………」
小田桐航太は、無言で頷いた。
「春香さんの部屋で割れていたのは、あなたがストーカー騒ぎのときに持っていた花瓶かしら?」
と、明日香さんが聞いた。
「えっ? さ、さあ? 春香の部屋には入らずに逃げたから、分からないけど。そうか、使ってくれていたんだ」
「今から、任意で警察署の方に来てもらえないか。そこで、もっと詳しく話を聞かせてくれないか?」
と、鞘師警部が聞いた。
「俺は、本当に殺していません。信じてください」
と、小田桐航太は呟いた。
「君の話が本当なら、おそらく真犯人が、君に罪を擦り付けようとしている。君の疑いを晴らすためにも、我々に協力をしてくれないか」
「――分かりました」
と、小田桐航太は頷いた。
「昨日、柊木さんの家に履いて行った靴を、持ってきてくれないか? 靴の跡を、調べてみたい。一致すれば、少なくとも、君が勝手口から出入りしたということは証明される」
「分かりました。すぐに、準備します」
「明日香ちゃん、悪いが私は彼と一緒に署の方に戻るよ」
「はい。私たちは、バスか電車で帰りますから」
「明宏君も、すまないね。何か分かったら、また連絡をするよ」
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